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騎馬と銃弾

 


 戦闘が一段落した宿場町ホドでは、その後始末が行われていた。


 騎兵と住民により、敵脚甲騎の内、機関が破壊された機体の操縦士と機関士が拘束され、庁舎の牢に監禁される。胸を貫かれた機体の操縦士は、操縦席もろともバイソールの剣で貫かれて死亡、鉄甲騎ガイシュの操縦士は、イバンに敗れた直後、操縦室で機関士を射殺し、自決したものと思われる。

 彼等が使用していた脚甲騎だが、イバンの判断により、機関が破壊された方の機体は町に提供された。その後、住民達が寄って集って分解し、町の備品になるか、売り払われて財となるだろう。


 町の格納庫では、設備を借り、ヘルヘイの手でバイソールの点検が行われていた。その傍には、先ほどまで激闘を繰り広げていたガイシュが、右肩が砕かれたまま、横たわっている。部品取りに使用するのだろうか。

「……思っていたより、あちこちガタが来ています。こりゃ、過剰充填どころか、戦闘行為そのものを避けたいところですね……」

「過剰充填はともかく、短時間でいいから、戦闘に耐えられるようにしてくれればいい」

 イバンの言葉は、機関士には無茶振りとしか思えなかったが、断れる状況でもないことも承知していた。しかも、その言葉には、

「出来るだけ早く、な……」

 と、更にハードルを上げる追加注文まで付けてきたのだから、たちが悪い。

 実のところ、イバンはかなり苛立っていた。敵は砦に迫りつつあり、今すぐにでも出発しなければならないというのに、機体が言うことを聞いてくれない現状……

 それでも、機関士に強くは当たれない。そも、機体に無理をさせたのは操縦士である自分の判断であり、それは自分の責任なのだ。

「ここは、シディカとドルージ殿の指揮を信じるしかないか……」

 イバンには、興味深げに覗き込む子供達が、ナラン達と重なって見えた。



 兵舎――

 プロイは、寝台で寝かされているナランとセレイの傍にいた。

 ナランは、巨人に助けられた直後、再び気を失い、いまだ目を覚まさない。一方、アリームによって運ばれてきたセレイは、

「早く、お城に知らせないと……」

 と、起き上がろうとするが、竜巻に巻き込まれたことで全身を痛めつけられ、飛ぶどころか立ち上がることさえ、ままならない。

「ダメよ……薬と治癒術でも、直るまでには時間が掛かるって、医務の先生が言ってたじゃない……お城の方は、副隊長が遣いを送ったから、セレイは、温和しく休んでいて!」

「でも……」

「大丈夫よ……セレイが持ってきてくれた証拠を見せれば、悪い人たちはみんな捕まえられるって、シディカ様が言ってたから、貴女(あなた)は安心して体を治して?……」

 だが、[安心]という言葉が気休めでしかないことは、プロイ自身もわかっていた。

 振動に気付いて、兵舎の窓から外に目を向けると、城外へと駒を進める鉄甲騎と、城門外殻塔から指揮を執る祖父の姿が見えた。


「第二、第三小隊は城門の外で待機、第一次砲撃の後、前進し、横一列に展開、敵鉄甲騎と遭遇したら、各個に戦闘開始だ。騎馬には目もくれるな……鉄甲騎だけを相手にしろ!」

 拡声器を手に怒鳴りつけるドルージは、自分の役目を自覚しつつ、街で困難にあったプロイやナランの傍に居てやれないことに苛立ちを覚えていた。

「……俺は、駄目なじいちゃんだ……」


 そんなドルージの立場を、プロイは十分に理解していた。

 ――おじいちゃんは、砦のため、街のために戦っている……

 そんな祖父を支えたいと思っても、ブロイには戦う力はない。

 ――だから、自分が出来ることで支えよう……

 プロイの傍では、自分を庇って傷ついたナランがいる。

 セレイは、肝心なときに城へ駆けつけられず、寝台で悔し涙を流す。

 今、プロイが出来ることは、そんな二人を慰め、励ましつつ、ドルージを含む砦の人たちが戦いに専念できるよう、影から支えることだけだ。



 ウーゴ市街では、蜘蛛猿鉄甲騎の驚異から立ち直った人々が、こちらも自分たちのやれることを続けていた。

 瓦礫を撤去し、逃げ遅れた人を捜し、怪我人を治療、そして、遺体収容と、身元の確認……

 今は、悲しんでいる場合ではない。砦には、更なる脅威が迫っていることは市民も気付いていた。今すぐにも、大事な商売相手の客人や、女子供などの非戦闘員を郊外に避難させなげばならないのだ。

 そんな中、アリームは郊外の屋敷を開放し、使用人を指揮して怪我人の治療や炊き出しなどで自警団の活動を支えていた。

「本当に、助かります……」

 自警団団長と警吏隊隊長が、アリームに深々と頭を下げる。

「頭をお上げなされ……ワシら商人は、こんな時のために、財を貯めておるのじゃ……寧ろ、役に立てて光栄じゃわい……」

 この屋敷は、厳密にはアリーム本人の所有物ではない。本来は、ナーゼル商会の支店長のために建てられたもので、ナーゼル家の親族や、重要な客を迎える為の迎賓館として使われる為のものでもある。

 アリームはその屋敷を、自分の権限で開放したのだ。

「まさかワシが初めてこの屋敷を使うのが、こんな形になろうとはな……」

 小声で呟くアリームに、ムジーフと、後ろで控えるナーゼル商会のウーゴ支店長は、揃って「全くで……」と苦笑する。

 周りでは、ナーゼル商会に倣い、商人達が自身の屋敷の庭などを開放し、同じように支援を始めている。商家によっては、沈黙を決め込もうとするものもいたようだが、最大手の一つであるナーゼル商会が率先して支援活動を始めたものだから、さすがに黙っているわけには行かなくなり、気が付くと、全ての商家が、何らかの支援活動を始めていた。

「モミジは……どうなった?」

 その声に振り向いたアリームの目の前には、刀を杖代わりにしたダンジュウの姿があった。兜と胴を脱ぎ、小具足姿で弱々しく歩み寄るサムライに、ムジーフが駆け寄り、肩を貸す。

「いけません!……ダンジュウ殿は、もう少し休まれよ……」

「……これしきで〈気〉を消耗しちまうとは、俺も未熟者だな……」

 老いた執事に肩を支えられ、苦笑いを浮かべるダンジュウ。

 先の戦闘後、ダンジュウは気を失っていた。

 気操術による疲労、消耗によるものだった。


 ダンジュウがツバサビトに対して、そしてモミジを救う際に披露した神業は、〈気操術〉と呼ばれる、やはり心象具現の一種である。

 気操術は自身が望む身体の強化を具象、実現させるもので、鉄甲騎と渡り合うことはもちろんのこと、伝承によれば、翼も無しに千里を飛び続けたとか、拳一つで山を砕いた、などの逸話が残されている。

 この術が気操術と呼ばれる由縁は、蒼玉のような触媒を使用せず、生き物全てが持つ生命力、精神力と云ったものの源とされる〈気〉と呼ばれるものを直接、媒体として具現化する為と云われている。

 だが、この術は通常の心象具現化と違い、効果の強さ、確かさは、使用者の思考力と精神力だけではなく、肉体そのものの強靱さにも比例するとも云われている。すなわち、いくら術で技が強化されても、技に肉体が耐えられなければ意味はない。従って、他の心象具現化以上に、習得は困難と云われている。

 また、この術は、自らの〈気〉を直接的に酷使するため、他の心象具現化以上に精神力、そして体力の消耗が激しいのも欠点であり、ダンジュウが気を失ったのは、乗り物酔いで体調を崩したところに、立て続けに技を使用し続けた為と思われる。


「……嬢ちゃんの事なら心配はいらん。砦まで丁重に運ぶところは見届けたからな……ツバサビトの嬢ちゃんともども保護されとるよ」

 アリームの言葉に、ダンジュウは呆れ顔で突っかかる。

「おい、砦は戦場(いくさば)になるんだぞ?……何で、こっちに運ばなかったんだ……」

「仕方なかったんじゃ……ワシらでは、あの娘を運ぶ手段はないし、砦は切羽詰まっているようじゃから、足の遅い脚甲騎を郊外まで寄越させるわけには、いかなかったんじゃ……」

 アリームの言い訳はもっともに聞こえるが、やはり納得がいかないダンジュウは、再び武具を身に纏おうとする。

「……しょうがねぇ、俺も砦に行くぞ」

「待て、お前さんはまだ、体を休めねば……」

「止めても、俺は行くぞ!」

「誰も、止めるとは言ってはおらん……今、自警団を再編成して、砦へ応援に向かうようじゃから、それと一緒に行こうじゃないか……?」

 アリームは、ダンジュウが無理をしており、そして止めても無駄であることにも気付いていた。故に、砦に向かう時間を可能な限り遅らせ、少しでも休息を取らせようとしていた。

 そんなアリームの意図にダンジュウは、意地を張っても仕方がない、と諦めた表情を見せた。



 そのモミジは、ウーゴ砦、鉄甲騎の格納庫に寝かされていた。

 当初、気を失ったままのモミジをアリームは、ナーゼル邸で預かることを提案し、第二小隊のリストールに搬送を依頼した。

 最初こそ、突然現われた巨人の来訪者に戸惑いを隠せなかったウーゴ市民と守備隊であったが、アリーム他、モミジを知る商人の説明と説得もあり、身を挺して脅威と戦った少女を無碍にするわけには行かず、第2小隊はその依頼を受けることにした。

 とは言ったものの、足の遅い鉄甲騎が郊外のナーゼル邸へとモミジを搬送し、その後に砦へ帰還するとなると、大変な時間が掛かり、作戦に支障を来してしまう恐れがある。

 思案の結果、第二小隊隊長は、モミジを砦で保護することにした。


 砦に搬送されたモミジを格納庫に寝かせることに、最初は給仕長とプロイが反対した。女性を油臭い機械が置いてあるような場所に寝かせるわけにはいかないと言うことであろう。

 だが、鉄甲騎格納庫はこの施設の中では城壁に並ぶ頑丈さを持ち、万が一、敵の鉄甲騎による城壁内部への投擲物が飛来したとしても、安全が保証できると言うことで給仕長も納得してくれた。

 いまだ目を覚まさないモミジを、傍らに鎮座するサクラブライの鎧が見守っていた。

 少なくとも、人の目には、そのように見えた……



 その砦の外では、緒戦の火蓋が切られようとしていた。


 出陣した騎兵三十騎は、所定の位置に到着し、布陣を展開する。

「十騎は騎馬を下り、所定の位置に展開……土嚢と機関銃、重擲弾筒を設置しろ!……二十騎は、俺に続いて敵に突撃、敵の装甲騎士が出てきたら、後は作戦通りに行動するんだ!」

 騎兵達は騎兵隊長トゥルムの下知に従い、各々の役割に応じた準備に入る。

「……騎兵が、下馬して支援火器とは……これ、歩兵の仕事じゃないのか?」

「名誉なぞに拘る奴は、この場で斬り捨てる! この闘いの役割に、貴賎はないと心得よ!!」

 不満を漏らす若い騎兵に渇を入れつつ、眼前に迫る敵を見るトゥルムは、相手の布陣を見て、馬鹿にするよう鼻で笑う。

「……歩兵と騎兵を前面に嗾け、鉄甲騎は大将を守るように布陣……よほど御身が大事か、それとも、砦の前に来るまで、攻撃を受けないと思い込んでいるのか……どちらにせよ、都合がよい」

「だったら、重擲弾筒で一気に吹き飛ばしてしまえばいいじゃないですか」

 よほど下馬戦闘が不満なのか、先の若騎兵が機関銃を三脚に取り付けながら述べる文句に、騎兵隊長は少々哀しげな表情を見せる。

「……敵の身にもなれ。騎馬突撃も出来ず、一方的に砲撃で叩き潰されたら、それこそ騎士の面目が立たないではないか……」

 実のところ、騎兵隊長もこの作戦には思うところがあった。自らは敵の装甲騎士とは違い、騎士階級ではない。だが、その誇りは互いに通じるものがあり、甲冑でその身を鎧い、槍を合わせる戦いこそが、本筋と考えている。

 それ故、その誇りを否定する形となる今回の作戦は、隊長にとっても不本意ではあるのだ。

 後にトゥルムは、その判断を悔やむことになるのだが。

 ――我らが敗れれば、市街に害が及ぶは必定!

 決意を固め、面頬を閉じた騎兵隊長は、騎馬の整列と、後方の支援準備を確認する。

「揃ったな……では参ろうぞ……全軍、前進!!」

 その合図と同時に、馬首を揃えた二十騎の騎馬が前進を始める。


「敵騎馬隊、我が方に向けて進軍を開始!」

 その報告を受けたゼットスは、

「そんな奴らさん、鉄甲騎で踏みつぶしてやれ!」

 と、スパルティータの上から怒鳴り立てるが、それをドルトフが制止する

「命令するのは、我が輩である!……装甲騎馬は、前進して敵騎馬兵を迎え撃ち、歩兵はその後方を支援するのである‼」

「なんだそりゃ、わざわざ敵さんの戦いに合わせてやるのかよ!?」

 ゼットスの不満に、ドルトフは当然、と云った声で答える。

「……鶏を屠るのに牛刀を持ち出す必要はないのである……」

「(やべえ……こいつ、典型的な駄目将軍だ……)」

 ゼットスは、この時点でドルトフを見限る事を考え始めた。

 どちらにせよ、裏切るつもりではあったのだが。


 だが、ドルトフの心境は違っていた。

 先ほどはゼットスの手前、悪ぶるような言い回しを見せたが、本当のところ、考え方はウーゴ側の騎兵隊長と同じであった。特に、騎士階級である装甲騎馬隊は自尊心が人一倍高く、加えて、鉄甲騎に対する嫉妬心が強い。ここで彼等の出番を奪うことは、部隊間に不和を誘発し、全体の士気に悪影響を与えてしまう事になる。


 この時代、陸戦に於ける騎兵の役割が変化しつつあった。

 事実、大国などでは陸戦の花形を、普及が進んだ鉄甲騎に譲り、騎兵は機動力を活かした電撃戦を専門とした部隊への転換が進められている。

 しかし、それとて車両の発展などにより、何時かは、彼等騎兵が蔑んでいる歩兵達に取って代わられることになるのだが。


 下知を受けたドルトフ自慢の装甲騎士は、騎馬の前面を含めた全身を鎧う装甲に身を委ね、馬上槍を突き出し、目の前の敵に向けて突撃を敢行する。


 ドルトフ装甲騎馬隊の動きを見たトゥルムは、

「流石はクメーラの装甲騎士……壮観なる姿よ!」

 と、感心しつつ、自軍に突撃の下知を飛ばし、自らも馬腹を蹴る。


 装甲騎馬同士が正面から戦闘になる場合、原則、馬上槍による突撃となる。

 これは、昔からの伝統というのもあるが、この世界の甲冑は鉄甲騎の装甲と同様に心象具現化術による錬成によって軽量化と硬質強化が施されている。

 それに対して、銃火器、そして火薬はまだその歴史が浅く、心象具現化による強化の研究がいまだ途上にあり、従って、騎士の鎧う甲冑は、騎兵銃程度による貫通は容易ではなく、古来よりの戦術がいまだ有効となっており、それが彼等の自信と誇り、そして、傲りを助長しているとも云える。


「ウーゴ騎兵隊、突撃!……蹴散らせ!」

 隊長の騎馬が前足を振り上げ、嘶き、どっと駆け出すと、それに続いて全ての騎馬も馬蹄を響かせる。それを見た装甲騎士は、

「来たぞ……全軍、散開して囲い込め‼」

 と、部隊を横一列に展開する。その動きに、一切の乱れはない。

「支援火器の援護など、お見通しだ!」

 装甲騎士は、機関銃による支援攻撃を封じるべく、乱戦に持ち込もうとしていた。

「接敵すれば、榴弾も使えまい!」

 峡谷に挟まれた不毛の街道で、騎兵軍団と騎士軍団が激突する……かに見えた直前、突如、ウーゴ騎兵隊がその手の槍を捨て、急停止した。

「何と!?」

 敵の意外な行動に戸惑い、判断が遅れた装甲騎士は騎馬を止めることが間に合わない。それは、トゥルムの狙い通りだ。

「投擲!!」

 号令と同時に、騎兵の先頭五騎が布製の鞄のようなものを装甲騎士に向けて投げつける。

「……と、投擲爆弾だと!?」

 装甲騎士は慌てて回避運動を取るものの、破裂した爆弾の衝撃で中央の隊が吹き飛んだ。爆弾の威力が思ったより低いのか、それとも強化甲冑に守られたのか、装甲騎士は落馬こそするものはあれど、戦死者はいない。

 しかし、今の爆弾は敵を殺すことが目的ではない。

「散開しつつ突破! 騎士には構うな!」

 騎兵隊長は再度号令し、密集体勢から放射状に散開し、騎兵隊は爆発の音が静まらぬうちに、倒れたままの騎士を無視して駆け抜けていく。

「奴らの狙いは、兇賊どもの方か!?」

 兇賊を守るため、ではなく、よりにもよって同じ騎兵に無視された事に激怒した装甲騎士が、我を忘れて騎兵隊に追撃を始めようとしたその時、

「撃ち方、はじめ!!」

 装甲騎士に向けて、銃弾の雨が浴びせかけられた。

 ウーゴ砦の秘匿兵器の一つ、最新型の携行式機関銃〈マキシマ〉から放たれた、騎兵銃など比較にならない無数の弾丸は、無情にも装甲騎士に襲いかかり、やがて彼等の姿は、巻き上げられた砂煙の中に消えた。

「やったか!?」

 ――強化甲冑といえど、あれだけの銃撃を受ければ無事では済むまい!?

 事実、この機関銃の試験でいくつもの甲冑が破壊されている。

 機関銃の発射音と、弾が命中し鋼が弾ける音を耳にしたトゥルムは、彼等を哀れみ、同時に勝利を確信すると、自軍を振り返らせずに突撃を続行、続けて進軍する兇賊の前に騎馬を走らせ、その場で全軍に停止命令を出す。

「騎兵銃……構え!」

 掛け声と同時に、騎兵隊は馬首を返し、鎖閂式の騎兵銃を構えて、兇賊に狙いを定める。

「斉射!」

 隊長の号令で一斉射撃が始まる。

 敵の騎兵が一気に駆け抜けてくることを想定しきれなかった兇賊は慌てふためき、体勢を崩す。それを見た騎兵隊長は、続けて命令を下す。

「敵は怯んだ!……散開して各個に発砲、敵を突き崩せ!!」

 その様子を鎧甲騎の映写盤から見ていたドルトフがすかさず下知を出す。

「こちらも、支援火器を出すのである!」

 命令を受けた兇賊が車輪付の台座に固定された、四挺の多砲身式(ガトリング)機関銃を押し出して来た。

「喰らいやがれ!」

 兇賊が騎兵隊に照準を定め、機関銃のハンドルを回そうとしたとき、目の前が不意に爆発した。何かが飛来したかと思った瞬間に爆発を起こしたのだ。

 その爆発で、機関銃の内一挺が破壊されてしまう。

「投擲爆弾にしちゃ、威力がありすぎる!?」

「違う、後方からだ!……こんなに射程がある、小型の擲弾筒があるのか!?」

 騎兵隊側の重擲弾筒による支援攻撃が効果を上げ、敵の機関銃を封じ込めたのだ。

 そんな中でも兇賊が銃を構え、騎兵に向けて発砲するが、絶えず移動を繰り返す騎兵の動きに翻弄され、希に命中しても、旧式銃しか持たない兇賊では、騎兵や騎馬の錬成強化された甲冑を貫通することは出来ず、被害を増やすばかりである。

「よし、鉄甲騎が前進する前に、もう一射だ!」

 トゥルムは再度号令し、銃を構えさせる。

「……狙え……()えっ!」

 だが、号令に続いて鳴らされた射撃音は、自分たちのものではなかった。

「隊長! 支援部隊が……」

「な……!?」

 振り向いた騎兵隊長が見たものは、砂煙の中から現われた敵装甲騎士が、支援部隊に向けて騎兵銃を撃ち放つ光景だった。

「そんな……マキシマ機関銃の一斉射を耐えたというのか!?」

 騎兵隊長が呆然となる間も、敵装甲騎士による射撃は続き、支援部隊は苦戦を強いられている。敵は、下馬した上で馬をしゃがませ、自らの装甲で身を守らせると、騎士自身は十人が騎兵銃による射撃、そしてもう十人は盾による防御という体勢を取らせていた。

 どうやら装甲騎兵も開き直り、後方支援を絶つ戦術に切り替えたようだ。

「莫迦め……グランバキナ製機関銃といえど、西方はミラノバで鍛えられし強化甲冑が、簡単に貫けるものか!!」

 嘯く装甲騎士ではあるが、実際のところ無傷というわけには行かず、勢いを削がれてやむを得ず射撃に切り替えたのも事実である。だが、必殺の一撃として期待されていた新型機関銃が効かないという事実が味方騎兵隊の士気を低下させ、敵に付け入る隙を与えてしまっていた。

 重擲弾筒も、敵が近すぎて使用できない。

「隊長!」

 その声に再度振り向くと、兇賊が体制を立て直し、こちらも銃を構えて発砲を始めたのだ。その命中弾の何発かは甲冑で跳ね返るが、今度は敵も腰を据えて狙いを定めており、中には、装甲の隙間に弾が飛び込み、二人が負傷し、さらには、脚を撃たれてその場に倒れ、絶命した馬も出ている。

「各個発砲、敵を近寄らすな!!」

 隊長の命令に従い、騎兵隊はそれぞれに発砲を始める。だが、士気の低下した騎兵隊は、総崩れとは行かないまでも、不利な状況に追い込まれたことは確かである。

「……さすがはクメーラ王国の騎士団と云ったところか……前に出すからには、それなりに自信があったと言うことか!?」

「感心している場合じゃありません!……鉄甲騎が来ます!」

 その言葉通り、騎兵に向けてガイシュ五騎が前進してきた。

 もともとの作戦では、敵の装甲騎士を機関銃と擲弾筒で蹴散らし、騎兵の機動力で後方のゼットス党を撹乱、数を減らしたところで再度、重擲弾筒を発射、鉄甲騎を牽制しつつ脱出する手筈であった。

 だが、騎兵隊長は、自らの意地と、敵に対する同情で装甲騎士への擲弾筒による攻撃を躊躇し、一度突撃を許した上で、火器による攻撃のみを行った。

 結果は、ご覧の通りである。

 現状、味方の支援は装甲騎士の攻撃に阻まれ、擲弾筒を使用することが出来ず、騎兵は孤立状態となりつつあった。

「……訓練を行ったとはいえ、所詮は、付け焼き刃の戦術か……」

 隊長が自嘲している内にも、装甲騎士がじりじりと前進を開始する。支援部隊はマキシマ機関銃で応戦するが、弾丸の殆どは甲冑と盾に弾かれ、怯ませるものの前進を阻むことは出来ない。

 そして最悪の事態が起きる。

「……機関銃、残弾なし!」

 もとより、電撃戦を想定していたため、弾薬の量をそれほど用意していない。ここに来て、作戦が裏目に出た形となったのだ。

「機関銃が止んだ……莫迦め、弾が切れたな!?」

 弾切れに気付いた装甲騎士が一斉に騎乗、馬を立ち上がらせて突撃を再開する。一方、後方支援に徹するべく、下馬した上に馬を安全圏に下がらせていた騎兵隊は、鉄甲騎以外のあらゆるものを粉砕する突進力を前に、対処する術を持たない。

 このまま蹂躙を許してしまうかに思えたその時、

「畜生め!」

 若い騎兵が、自棄を起こしたのか銃を構え、装甲騎士の前に躍り出た。

 いや、それは銃ではない。騎兵は、重擲弾筒を腰撓めに構えていたのだ。

「よせ、その姿勢で撃つな!!」

「……ウーゴ騎兵隊、ここにありぃ――――――!!」

 仲間の制止にも耳を貸すことなく、若い騎兵は擲弾筒の引き金を引く。水平に向いた銃口から騎士めがけて榴弾が発射され、その反動で、騎兵は数メートル後ろに吹き飛び、そのまま倒れて動かなくなった……

 そして撃ち出された敵弾は、集団の中へと飛び込み、炸裂する。その威力は、如何に装甲で身を固めていても防ぎきれるものではなく、騎士も馬も、等しく吹き飛ばされた。

 この至近距離で、味方への被害が軽微であったのは、奇跡と言うしかないだろう。

「……何が、起きた!?」

 この突然の爆発に、誰もが一瞬動きを止めた。

 その後すぐに動いたのは、ウーゴの騎兵だ。

「支援部隊は、直ちに擲弾筒発射、目標、鉄甲騎周辺……」

 トゥルムの命令にいち早く動いた支援部隊は、直ちに重擲弾筒を再設置、目標に向けて砲撃を開始した。

「撃て!鉄甲騎に当てるつもりで行け‼」

 三基の擲弾筒が、装填が終わった順から各個に発射、それを確認した騎兵隊長は、着弾する直前に次の指令を出す。

「全軍撤退!……武器は放棄して構わん、負傷者は見捨てるな!!」

 命令を受け、騎馬隊は負傷した兵を乗せたままの馬を引き、一斉に離脱を開始する。その直後、立て続けに榴弾が着弾し、追撃を試みた兇賊を巻き込んで炸裂する。それを見た騎トゥルムは、

「結果オーライだ……この爆発に乗じて一気に撤収する」

 と、支援部隊にも撤収を命じた。


 その一部始終を観察していたゼットスはニヤリと笑う。

「この作戦まで実行する羽目になるとは思わなかったぜ……」

 そのゼットスだが、いつの間にかスパルティータから降りていた。しかも、今いる場所は、ウーゴ騎馬隊の真っ直中……

 いつの間にか、二人の騎兵はゼットスとその部下に入れ替わっていた……



 戦線を離脱した騎馬隊は、どうにかウーゴ砦に帰還した。

 騎馬隊が城門を通過した後、巨大な落とし戸と格子が落とし閉められる。

「お疲れ様でした……ひとまず、治療と休息を取って下さい」

 シディカの出迎えに、トゥルムは、

「申し訳ありません……お預かりした武器を全て失ってしまいました……」

 と、頭を垂れる。

 謝るべき所はそこではない、と、トゥルムもわかってはいた。

 だが、シディカの作戦を全て肯定すれば、騎兵としての信念を否定してしまう気がしていたのだ。それでいて、声高に主張することも、結果的に戦死者を出したことで不可能になってしまったことも理解してはいた。

 それは、シディカも気付いていた。

 藩王と共に実戦を少なからず経験し、隊を指揮して兇賊などと戦ってきた兄イバンと違い、シディカにとって、これが実戦に於いては初めて立案した作戦であり、全てが自分の頭の中と、卓上で描かれた作戦でしか無く、実際に作戦を行う戦闘員の習慣や心境を考慮し切れていなかったのである。


 シディカの立てた作戦は、この土地柄、時代には少々早すぎたと云える。故に、騎兵隊長を強く処断することは出来ない。


「武器など、後でどうとでもなります。それより、私の作戦で予想以上の被害が出たことを詫びなければ……時間がなかったとはいえ、もう少し作戦を検討していれば……私が最新武器を過信していなければ、皆さんへの被害を押さえることが出来たかも知れません……」

 シディカの謝罪の言葉を、ドルージが遮る。

「そういうのは、全部終わってから言おうや……討ち死には戦場の常だ。今は、死を嘆くより、それが六人で済んだと思うことにするんだな……」

 その言葉に、トゥルムが言葉を挟む。

「待って下さい……討ち死には四人のはずです。ここに……」

 そういって、隊長は横たわる遺体を指した。それは、どうにか連れ帰ったものの、すでに手遅れだった者たちだ。その中には、擲弾筒を抱えて撃った、若い騎兵の姿もある。

「だが、帰還者を数えたら、二十四人だぞ……おそらく、途中で力尽きて落馬したんじゃないか?」

 ドルージに言われて再度数えてみると、確かに、兵の数二十四人に対し、馬は二十六騎……だが、騎兵隊長は途中で落馬したものなどいないと考えていた。城門に入城する直前、自分は殿として、自分を除く騎兵隊二十五騎が居ることを確認したのだから……



「ええい、あれだけ追い詰めておいて、逃げられるとは何事であるか!?……すぐに鉄甲騎(キャバリ)で追撃するのである!!」

 ドルトフの憤慨に、副官のガイシュが諫める。

「閣下、今、戦場は混乱する味方がおります。そこに鉄甲騎(キャバリ)が足を踏み入れれば、混乱が増すばかりでございます。ここは、装甲騎士と兇賊どもが体勢を立て直すのを待つより他はないかと……」

「……こんな時に、ゼットスの奴はどこに行ったのであるか!?」



「……次の手は打った……俺さんの作戦は、まだ、終わっちゃいねぇ……」

 砦の物陰では、誰にも気付かれずに隊を離れた二人の騎兵――ゼットスその部下が、自分たちの出番が来るのを待ち続けていた……





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