状況確認
「どんどんどんぱふぱふぱふー、第一回『俺達どうしちゃったの? これからどうしたらいいのか考えよう会議』を開催しまーす」
木にもたれて座っている御厨原が声にパチパチと拍手をする二人。里香は体育座りで膝を抱え、孝子は立って腰に手を当てている。
「じゃ、まずは自己紹介から。御厨原誠、二十五歳、会社員です。オズって呼んでください。四○五号室に住んでました。散歩に行くところだったので小銭とタバコしか持ってません。手も脚もない状況でぶっちゃけ生きていく自信がありません。……タバコ吸って良いですか?」
返事も聞かずに咥えたタバコに火を点ける。
「私は坂本里香。OL、二十七歳。六○二号室。イベントに行くつもりだったので色々持ってます」
「質問!」
元気良く左手を上げるオズ。
「はい、オズ君」
「色々って何ですか?」
「各サイズの迷彩服数着、ヘルメット、サバイバルナイフ、モデルガン、双眼鏡、裁縫道具、包帯などなど」
「質問! イベントって何ですか?」
再度元気良く左手を上げるオズ。
「コスプレ撮影会です」
「『腐』ですか?」
「違います! コスプレが好きなだけです! ちなみにこの眼帯も小道具のつもりでした」
「水木孝子、四十二歳。タカコで良いわ。八○六号室に住んでたの。これからお仕事だったから商売道具がいくらかあるわよ」
「質問!」
元気良く左手を上げるオズ。
「はい、オズ君」
「商売道具って何ですか?」
「石鹸、シャンプー、リンス、ローション、コンドーム、バスタオルに着替え」
「……」
顔を見合わせるオズとリカ。ちょっと予想外の品物があるらしい。数秒の視線の会話の末、恐る恐るオズが尋ねる。
「ちなみに……」
「お仕事は最近流行の熟女系デリバリーヘルス。普通の仕事もしてたから週末だけだったけど、結構人気があったのよ。ほら、私おっぱい大きいでしょ?」
下からすくい上げる様にして揺らす胸は確かに尋常ではない大きさをしており、深い谷間をこれ見よがしにしている。
「タカコ姐さん、アラフォーに見えないっす。スリーサイズを教えて下さい!」
「ありがと。上から順番に九十四、六十三、八十七。Gカップよ」
「すげえ……」
ちらっとリカの胸を見るオズ。リカが慌てて腕で胸を隠した。
「……」
「ちょっと! 何可哀相な人を見るような目をしてるのよ!? あたしだって八十五のDあるんだから! タカコさんが大き過ぎるだけ!」
「冗談はこのくらいにして、実際、何が起きたんでしょうね? 何か覚えてます? 俺はエレベーターが揺れたくらいしか覚えてないんですけど」
ようやく真面目な顔になったオズが二人に問いかけた。
「あたしも。ひどく揺れてオズ君に圧し掛かったのは覚えてるんだけど、その後は分からない」
「揺れた後に凄いショックがあったのは覚えてるわよ」
「ってことは、エレベーターが落ちた。その時に俺の手足とリカさんの目がとれた。ついでに俺達は森に放り出された。なぜか傷は塞がっている。……意味が分かんねえ」
「そもそも、ここって日本? 私、動物に詳しくないんだけどあんなの日本にいるの?」
タカコが指差した先には枝に巻きついた一メートルほどの蛇みたいな生き物がいる。ちょうど日が射しており、気持ちが良いのか目は閉じたまま動かず、六本の脚がだらりと垂れ下がっている。
「……蛇には脚は付いてないよね?」
「蛇足?」
「御厨原君、随分余裕ね」
「オズでいいですよ、タカコさん。トカゲにしてはやけに長いし新種ですかね。捕まえて帰れば大発見かも知れないですよ」
「ちょっと、二人とも現実を見ようよ! あんなの日本どころか世界中探してもいない筈よ」
「いやいや、リカさん。現にそこにいるじゃないですか。探してもないのにいるんですよ」
「だからここは地球じゃないんじゃないの!?」
「はっはっは、じゃあどこだって言うんですか?」
「そんなの知らないわよ!」
「あれはどうかしら?」
再度タカコが指差した先にはちょうど飛び立とうとする蝙蝠のような皮膜をもったリスに似た生き物がいた。
「……むささび?」
「あれも脚が六本あるわよ。あれなら飛んでても前足が使えるわね」
「突然変異ですかね」
むささびモドキが飛び立つ。三人はてっきり滑空するものと思っていたが、むささびモドキは羽ばたいて軽やかに飛んでいく。ぽかんと口を開けて見送る三人。
我に返ったリカが叫ぶ。
「異世界よ! ここは異世界なのよ! 異星か異次元かもしれないけど地球じゃないわ!」
「……これはさすがに認めざるを得ないかな。これは異世界トリップってヤツですか。トラックじゃなくてエレベーターですか。異世界トリップって潰れて死んでも五体満足に戻ってるものでしょう。チートどころか生きていく目処がどこにもないんですけど!」
「とりっぷとかちーととかって、何?」
首を傾げて尋ねるタカコにリカが答える。タカコの仕草はかわいらしく四十代にはとても見えない。
「ちょっと前から流行っているライトノベルのジャンルです。事故にあって死んじゃった主人公が地球じゃない世界に飛ばされてなぜか手に入れた凄い力で無敵超人するお話。死んだ筈なのに元気で異世界にいるとか、赤ん坊として生まれ変わったとか、ゲームの世界にゲームのキャラクターでいるとか、神様のミスで死んじゃったからお詫びに力を貰うとか色々パターンはありますけどね」
「へー、随分能天気なお話が流行ってるのね」
「……バッサリ切り捨てましたね」
「まあ、ひょっとしたらその異世界トリップのお蔭で俺達の傷も塞がっているのかもしれないですから、助かったっちゃあ助かったんですけど」
「確かにねえ。あたしの目はともかく、オズ君の手足は塞がってなかったら今頃失血死よね。日本でも間に合ったか怪しいところだわ」
「そーっすね。不幸中の幸いというか何と言うか……。つーかさ、俺、もう当分はお二人に頼るしかないんですよ。気がつきゃ森の中。利き手も利き脚もなくって正に手も足も出ない状態です。ここで見捨てられたら三日で餓死しますね」
オズの右脚はジーンズごと膝の少し上から切断されており、右前腕は肘の少し下でシャツの袖ごと千切れている。
「別にうまいことを言わなくても良いから。どうも私達をかばった結果のようだしできるだけのことはするわよ」
「かばったも何もたまたま俺が下敷きになっただけですけどね」
「それでもね。オズ君のお蔭であたしは左目だけで済んだようだしタカコさんは無傷。ありがとうね」
「……会議を再開します。まず、食糧と水。お二人はお持ちですか?」
「あたしはウーロン茶のペットボトルが一本とコンバットレーションが三箱。ちょっと待ってね。……これ一つに三食分入ってる。水も五百ずつあるね」
「何でそんな物を?」
「行く筈だった撮影会、ミリタリー系で攻める予定だったから雰囲気を出そうかと」
「私はカロリーメイトが三箱とスポーツドリンクが二本。あと、飴が一袋」
「了解です。切り詰めれば暫くは生きていけそうですが、まともに活動できる内に何とか食糧と水の調達をするか人里に出るかしないといけませんね。……人がいれば良いですけど」
「メリットとデメリットを考えましょう。思いついたことを言ってちょうだい。リカちゃんから」
タカコに促されたリカが考えながら言葉を発する。
「……森の場合、さっきの蛇モドキやむささびモドキがいることから何か食べる物を見つけるのはそれほど難しくないかもしれない。……食べられるかはまた別のお話だけど。水源さえ見つければ冬になるまでは何とかなりそう。でも、雨風を凌げるところがあるかどうか。あと、今は暖かいから良いけど、冬までに大量の食糧を集められないと多分餓死する。……人里を探す場合、どこにあるのか分からないから見つけられる保証がない。山の天辺にでも登れば双眼鏡で周りを見られるけど、ここじゃあ樹が邪魔して使い物にならないもの。仮に見つけても言葉が通じるか分からないし、文明の程度によってはあたし達が食糧になる可能性もある。……ぱっと思いつくのはこれくらいかな」
「なるほどね。オズ君は?」
「大体リカさんと同じですが、俺は長距離を歩けません。つーか、短距離も歩けません。とりあえずその辺の枝で杖を作るにしても左手左脚だとすげえバランスが悪い気がしていて。肩を貸してもらうにしても慣れてからでないと二進も三進もいかないと思います。あとはさっきも言ったけど、この星に人がいるのかって話もありますよね。それにいたとしても、多分手が四本ありますよ」
「手が四本?」
「そう。手が四本」
「何で?」
「さっき見た蛇とむささび、脚が六本ありましたよね。理屈は良く分からないけど地球じゃ爬虫類も哺乳類も足は四本です。こっちの動物が六本足なら人にも六本あるでしょう」
「あー、そうね。脚が四本の可能性は?」
「そんなの分かりませんよ。手が四本の方がイメージし易かっただけです」
「うーん、そうかー。ま、人里を探すにしてもオズ君のリハビリが済んでからってことね」
「ご迷惑をおかけします」
「いいのよ。さっきも言ったけど、できるだけのことはするからいつでも私達を頼ってね」
「そうそう、じゃあ、まずは水源と洞穴でも探しますか」
「その前に、リカちゃん、私が着れそうな服と靴はないかしら? さすがにこの格好じゃ山歩きはできないわ」
胸元が大きく開いたブラウスとミニスカートのタカコが肩を竦める。足元ではピンヒールが土に突き刺さっている。
「あー、そうですよね。迷彩服でよければありますよ。コンバットブーツも。あたしも着替えます。オズ君はちょっと待っててね」