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三年後

 三年が経った。村人達はニンジャになるための尋常ではない訓練を続け、小さな仕事をコツコツと請けてきた。戦闘員は全員が魔力による身体強化を身に着けている。程度の差はあるが、農民兵のニ~三人程度なら相手取れる身体能力を発揮できる。

 魔法は分かり易い幾つかを身に着けてはいるものの、この程度は魔術と変わらない。しかし、これまで魔術の適正がないと思われていた庶民が、三年程度で魔術を使っているのは破格と言って良いだろう。

 戦場で死んでいった者も居るが、他の傭兵団に比べるとかなり生存率が高い。報酬が多少安くても勝ち馬に乗れそうな分の良い仕事を選んでいるのと、訓練で厳しく鍛えているお陰だろう。また、オズ達三人が「命を大事に」と言い続けたことも無関係ではなさそうだ。ニンジャらしくはないが、「命を捨てても任務を達成せよ」などとんでもない。生きるために死体の山を築く決意をしたとは言え、身近な人間が死ぬのはまだきついし、素人を現場に出せるようになるまで育てるのにも時間と金がかかる。簡単に死なれては色々な意味で大損なのである。

 ただし、脱走は絶対に許さないことにしている。独特かつ異常な訓練の数々を他の集団に知られるわけにはいかないからだ。抜けニンが追いニンによって悲惨な最期を遂げるお話を散々聞かせた上、オズ、リカ、タカコの三人が追いニンになると宣言しているため、現時点で抜けようなどと考える者はいないようだった。

 そうやって大切に育てられたニンジャ達は六十人になっていた。村を捨てた時の倍程度である。成人前の非戦闘員もほぼ同数になる。

 子供が成人したり、新たに子供が産まれたり、寡婦や孤児を成り行きで引き取ったり、将来の見えない商家や農家の三男坊や四男坊を受け入れている内に人数は膨れ上がっていた。傭兵団を始めた時の倍近くになっている。人数が増えるに従って請ける仕事も大きくなり、当初目標としていた金も貯まったので村を作った。

 リカの半端な知識によって、ニンジャの村は山間にあると告げられたので、山間で水場のある場所が選ばれた。ある程度街に近いが見つかり難い。そんな都合の良い場所である。ちなみに勝手に作って届出もしていないので、土地に対する税は払っていない。

 自重を捨てたタカコが全力を出した村は機能的に作られ、周囲は広く深い堀と塀で囲まれている。最奥には集会場、中央には広場、入り口の側に修練場がある。入り口側には三階建ての集合住宅が作られ、新人達の住居とされた。実力を上げ結果を出せば中心近くや奥に居を構えることができるようになる仕組みだった。


 村を作ったことによって、村長と傭兵団の団長を分けることになった。これまではクシドが兼任をしていたが、この規模になると一人では差配しきれないため、クシドは村長として村を守り後進を育てることになった。他にも怪我により戦場に立てなくなった者達は引退して農地を耕し始めたり後進の指導に回ったりしている。

 団長にはオズが選ばれた。当人はサンサが団長になると思って油断していたが、ニンジャの情報を伝え初期の団員を育てたこと、どんな戦場からでも傷つくことなく帰還してきたことが評価され、反対は本人だけだった。

 そしてその場で村は「イガ村」、傭兵団は「イガの団」と決められた。新団長たるオズは全力で反対したが、賛成多数で押し切られた。これまで散々活躍を聞かされてきたイガニンジャのサスケやサイゾーは団員の憧れである。仕方あるまい。これからは何かと「イガの団の何某」と名乗ることになる。オズ本人はかなり恥ずかしいが他の団員は大喜びである。「イガ村の何某」はイガ村は公的には存在しないので名乗ってはいけない。

 ちなみに十勇士とか七人衆とか四天王とか数字に因んだ色々は禁止した。こんなのを名乗られたら笑ってしまって戦争なんてできない。大事な場面で思い出し笑いをしてしまうかもしれない。団員は残念そうにしていたが、ここは強権を発動した。悪く思うな。




 トカウが十五歳になり成人した。三年間の訓練によって力強く成長した青年は次の仕事から戦場に出ることになった。当面は前線で経験を積み戦場の空気に慣れる必要がある。

 国境にある小さな砦の防衛戦でトカウは初陣を飾った。寄せ手が五百、受け手が三百程度の小競り合いである。どちらも大半が兵役で徴集された農民兵であり、練度は低い。

 壁を登り、或いは門を打ち破ろうとする寄せ手に、矢を放ち石を投げ突き落とし梯子に火を点ける受け手。寄せ手もただやられるだけではない。砦門や砦壁の上に陣取る兵達に矢を射掛け、怯んだ隙に丸太を抱えた兵が門に走り、丸太を門に打ちつけ破ろうとする。また受け手が門に集中すると、離れた壁に梯子を立て掛けて侵入を企む。一進一退の状況が続き半ば膠着状態になった時、門前で炎の竜巻が吹き荒れ、寄せ手の兵が数十人巻き込まれて炭になった。

 戦場の時が止まった。

 この程度の小競り合いに一線級の魔術師が動員されているのか? だが、今の大魔術で魔力切れになった筈。連発はできまい。寄せ手の指揮官であるイアウト五等爵家嫡男のディッツ・イアウトは大声を上げて周囲を鼓舞した。


「慌てるな! あれほどの大魔術、何度も使えるわけがない! 魔術師を討ち取った者には大金貨をくれてやる! 手柄を立てよ!」

「おお!」

「殺せ!」


 指揮官の声に応え、騎士達が叫び、更に兵達が鬨の声を上げ、再度門に押し寄せる。


 ゴウッ!


 轟音と共に再度生まれた炎の竜巻が寄せ手の右翼を焼いた。誰も声を出さない。誰も動かない。兵の燃える音だけが響いている。竜巻がゆっくりと動き始めた。右翼から左翼へ、陣を横断するように。

 進路に居た兵達は門に向かって、或いは本陣に向かって逃げ惑う。恐慌に陥った兵達が雪崩れ込んだ本陣では、騎士達が必死に統制を取り戻そうとしていた。


「静まれ! 確かに炎の竜巻は恐ろしい。だが落ち着いて見よ、速度は遅い。十分に避けることができる。慌てていては火に捲かれるぞ!」

「そうだ、イアウト様の仰る通りだ! 落ち着いて部隊毎に行動せよ!」


 騎士達がようやく自分の周囲を落ち着かせ始めた頃、後方から吶喊した部隊が寄せ手の本陣を縦に切り裂いた。先頭のオズに続く人数は二十人程と少ないが、騎馬に遜色ない速度で走り、邪魔になる兵だけを切り払って道を拓く。無理に兵を殺す必要はない。邪魔をさせなければ良い。この突撃の目的は指揮官の捕縛ないし殺害であって、それ以外の首などおまけにもならない。

 一際煌びやかな鎧を着用しているディッツ・イアウトに近付くと、流石に抵抗が激しくなるが、オズの走る速度は変わらない。殴り、蹴り、鉈を振るう。時折剣や槍が体を掠めるが、硬化した皮膚を傷つけるには至らない。騎士の抵抗を貫き抉じ開け、目前に迫ったイアウトの首に目掛けて鉈を振り抜く。イアウトは咄嗟に剣を抜き鉈を受けた。だが、馬並みの速度で走るオズの鉈は剣を弾き、イアウトの身体を僅かに宙に浮かせた。オズはそのまま走り抜けたが、後に続く団員達が走りながらイアウトに槍を振るう。文字通り地に足が着かないイアウトは連続で迫る穂先を避けることはできず、五人目の団員に止めを刺された。


「指揮官を殺ったぞ!」

「イガの団がディッツ・イアウトを討ち取ったぞ!」

「うおおおお!」


 団員が走りながら叫ぶと、寄せ手は大いに浮き足立った。指揮官は討たれ、副官或いは補佐にあたる本陣付きの騎士はイガの団の突撃により死んだか怪我をしている。そこへ砦門が開き、守備兵が嵩にかかって攻め立てた。寄せ手は総崩れとなり、武器や鎧を投げ捨ててバラバラになって逃げ出した。


 イガの団は突撃隊に数名の負傷者を出したものの死者はいなかった。トカウ達新人は突撃には加わらず、砦門での防衛及び敵兵の追撃を担当した。地獄のような訓練を続けてきて、それなりに戦える自信はあったが、やはり実戦の空気は違った。雰囲気に呑まれ明らかに浮き足立っていた。だが、力みまくって動きが固くなっていた彼等に当たりそうな矢を叩き落し、槍を弾いて守り続けたリカがいた。そして戦局を一気に傾けたタカコの魔法に度肝を抜かれ、オズ達の突撃には手に汗を握るほど興奮した。何十何百もの矢を一本残らず叩き落せる者も、あの規模の魔法を連発できる者も未だにイガの団にはいない。また、十倍以上の人数に突撃したら全滅してもおかしくない。それが多少の怪我はしたものの誰一人死ぬことなく敵方の指揮官を討ち取っている。

 自分達はまだまだだが、イガの団は強い。そう思えた。


 戦が終わると近隣に投げ捨てられた武器や鎧を回収する。これを怠ると武器を拾った周辺の住民が山賊に変わり果てることがあるので注意が必要である。また大きな穴を掘り、敵兵の死体を中に放って火を放つ。味方の死体は砦内の墓地に埋葬する。これらを疎かにすると疫病が発生する可能性が高くなるので手を抜いてはいけない。


 鹵獲した武器や鎧を仕分ける。今回は事前の取り決めにより鹵獲物資の半分はイガの団が貰い受けることになっている。金銭による報酬を低目にし、現物の回収を認めさせたためである。砦主もこれほどの大勝をするとは考えていなかったため、安請け合いしたが、傷んでいるとは言え約百五十人分もの装備がイガの団に渡ると考えると本来の賃金よりもかなり高くなる。渋い顔にはなるが、契約を反故にしてこれほどの戦闘力をもった集団を敵にするわけにはいかない。前線の指揮官としてその程度の計算はできた。

 一方のイガの団は、大量の装備が手に入ったことで、資材に余裕ができたことが非常に大きい。紛争続きのためか武器と鉄の値段が高騰しており、買うのも高いし自分達で作るにしても材料を手に入れるのが大変なのだ。手持ちの武器の他に予備も必要だし、訓練生が使う模造武器も用意しなくてはいけない。

 その上、オズは義手と義足を鉄製に交換しようと目論んでいる。魔力を充填することで、木製であろうとも鉄製の剣を折り盾を砕くことが可能なのだが、オズが望む仕掛けを施そうとすると加工のし易い鉄の方が都合が良い。また鉄を圧縮した義手義足を身につけることで、不足している重量を増やし、あたり負けをしないようになりたいとの想いもある。錘になるほどの重さの鉄となれば相当な量になる。騎士の板金鎧をニ~三領は鋳潰すつもりである。鎧の工賃等も考えれば、庶民が数年は暮らせる金額になる。これまではそれだけの鉄がなく手を出せなかったが、ようやく作製予定の順番に押し込むことができる。喜びも一入である。

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