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傭兵

 持てるだけの荷物を持って逃げ出した村民は意外に逞しかった。二~三代前の何もないところに村を作った開拓民の血はまだ薄れていないようだった。彼等は時折愚痴をこぼすことはあっても、村を捨てる決断をしたクシドを責めることはなかった。

 街道を進み幾つもの村や町を越え、時には山や森に分け入ることもあった。時には餓えた獣や餓えた賊に遭遇することもあったが脱落者はいなかった。男衆が皆兵役の経験者なのも無関係ではないだろう。

 もとの領からは歩いて二十日程離れた二等爵領の領都に辿り着いた一行は、仕事を探してみたものの、伝手も縁故もない流民には定職は非常に敷居が高いことに気付かされた。大凡一般的な職には組合があり、領都や周辺の村を牛耳っているため参入はし難い。暫く持つ程度の食料はあるが、畑を拓いて収穫を待つほどの余裕はない。できるのは長時間の労働で僅かな賃金しか得られず、普通はまともに暮らしていけないような仕事か、それなりの金を手にすることができるが、いつまで生きていられるか分からない命懸けの仕事くらいだった。

 十組の夫婦と二十四人の子供、七人の未亡人と十一人の子供。そしてオズ、リカ、タカコ、トカウ、ヤージェ、リジュ。総勢六十八人。街の宿は高いので外で野宿を続けているがその日暮らしをするには少々人数が多い。住み慣れた村を捨てて新天地を求めたのに、このままでは未亡人や子供を売らなくてはいけなくなる。最早選択肢はあるようでない。


「……傭兵をするしかない」


 焚き火を囲んで車座になった村民達に絞り出すように告げたクシドの顔は苦渋に塗れていた。


「このままでは手を拱いていれば、準備する金も体力もなくなってしまう。今決断しないと俺達が餓えた山賊まっしぐらだ。幸い、破落戸達や兵隊が持っていた武器や鎧がある。売って変な騒ぎを起こすわけにもいかないから残していたが、あれを使えばそれらしい風体を整えることはできるし、隣の国はかなり雲行きが怪しいようで兵の募集が活発だそうだ」

「戦に行くのか? ついこの前兵役が終わったのになあ」

「傭兵になるにしても全員てことはないだろう。男衆は兵役の経験者だが面子はどうする?」

「男も女も全員だ。ただ、いっぺんに全員じゃない。交代しながら金を稼ぐ。稼ぎにでるのは十五からニ十人。一つ、ないし二つの仕事で三分の一ずつ交代して満遍なくまわす。まあ、産前産後の女衆や成人前の子供達は除こう。きっと誰かが死ぬが仕方がない、餓えて全滅よりはマシだ。男も女も子供も全員で支え合うしかない」

「ふむ、戦に出ない者は全力で村を作る。守る。そして育てる、か。こっちも人数が少ないので大変だと思うが頑張るしかないな」

「……村全体で傭兵家業ってニンジャみたいだな」


 オズのぽつりとこぼした独り言が変に響いた。たまたま静かになった瞬間だった。


「オズさん、『ニンジャ』とはなんですか? そのような村があるのですか!?」

「サンサさん、落ち着け。説明するから。……俺達の国には、村全体で傭兵の様な仕事をする一族がいたと言われている。普段は村で厳しい訓練を行うか、各地を渡り歩いて情報を仕入れる。金で仕事を請け、戦の際には陣の後方を撹乱したり、城や砦に忍び込んで重要人物の暗殺を行ったりしたらしい。彼等は一日でセンリって言っても分からないな、とにかく凄い距離を走り、遠くで落ちた針の音をも聞き分ける。陰に潜めば誰も見つけることはできず、また誰かに化ければ決して見破られることはない。本質は闇に潜む密偵だが、中には一騎当千の戦士もいる。身体能力も優れているが、一部の者は怪しげな技を使い人心を惑わす。そんな彼等を『ニンジャ』と言う」

「おお、なるほど。オズさんはその『ニンジャ』の技や訓練をご存知か!?」


 忍者小説や忍者漫画から寄せ集めた忍者像にサンサが喰いついた。彼等にしてみれば闇の中に射した一筋の光である。見逃すわけにはいかない。顔を見合わせるオズ、リカ、タカコ。三人とも苦笑いが止まらない。


「あー、知っていると言えば知っているが、それが本当に正しいのかは良く分からないよ。何百年も昔のことだから」

「構いません! 是非教えて頂きたい!」

「あ、はい」


 サンサの勢いに負けてオズは頷いた。ここでうっかり返事をしたことを先々まで後悔することになるとは誰も思っていなかった。


 翌日、領都で塩などの必需品を仕入れた一行は雲行きが怪しいと聞いた隣国へ向かった。傭兵としての仕事を探すためである。昨晩ニンジャの話を聞いたとは言え、すぐに村を作れるわけではない。まずはある程度の金をため、村に必要なものを集める必要がある。また、傭兵らしさの演出のため、鹵獲した革鎧や武器は、男衆に分配されていた。ただし、そのまま使っては色々と差し障りがあるのでタカコの魔法で印象の全く異なるものにされていた。また、剣は人を殺すのにしか使えないので、戦争以外にも使い勝手の良い槍や鉈に作り変えられた。子供達は残念そうな顔をしていたが、少ない資材を有効に使うためには仕方がなかった。

 七日ほど歩き国境を越えると、街道の雰囲気が変わった。道を行く商人や巡礼の神官達は群れを作り周囲を警戒するように歩いている。

 そんな中で幾つもの荷車を引く何十人もの一団は酷く目立つ。明らかに悪目立ちである。大半が子供であり、女衆も多い。普通に考えれば村を逃げ出した難民なのだが、男衆が手に手に持っている武器がそれを否定する。

 首を捻った商人が一行に近付き声を掛けるとヤージェが代表して答えた。村から出たことが殆どなかった村民達には咄嗟の受け答えは難しそうだと判断したのだろう。


「なあ、あんたらは商隊には見えんが、何なのだ? 難民か?」

「わし等は傭兵だ。この辺りが物騒になってきたと聞いてな、仕事があるかとやって来たのよ」

「おう、傭兵か、子供が多いから何かと思ったぞ。今なら戦仕事は幾らでもあるぞ。諸侯の小競り合いが頻発しているし、隙を狙って他所の国がちょっかいを出して来ている。でかいのから小さいのまで色々ある」

「そりゃあありがたい。ちょっと拠点を移そうと思って女房や子供を連れてこっちに来たが、正解だったようだ。喰いっ逸れはなさそうだな」

「まあ、命あっての物種だ。無理はせんようにな」

「はっはっは、無理せんで良い戦仕事があれば良いのう」

「違いない!」


 ヤージェと商人の会話に耳をそばだてていたクシドとサンサは胸を撫で下ろしていた。

 どうやら噂通り仕事はありそうだ。まずは小さな仕事を確実にこなして経験を積み自信をつける。並行して子供達を含めて訓練を行い力をつける。子供の内の十人は成人間近なのですぐに戦力になるし、幼少の子供達は今から訓練をすれば立派なニンジャになるだろう。きっと凄い技を使えるようになるに違いない。実績を作り金が貯まったら適当な場所に村を作る。ニンジャの村である。ニンジャ屋敷は必須だろう。吊り天井や回転する壁、古井戸に繋がる抜け道。格好良い。職のない若者を吸収しても良い。鍛え直してニンジャにする。実働部隊が百人を超えたら大きな仕事を始めても良いだろう。

 オズに聞かせてもらったトンデモニンジャ活劇で躍動するニンジャ像が、二人の中で暴走していた。



 オズ、リカ、タカコの三人は忍者の修行の方法や忍術・忍法を知っている限り吐き出して訓練の方法を構築しようとしていたが、そもそも知っているのは大衆文化の忍者である。本来の忍者の様に忍ぶために何を訓練すれば良いのか全く分からない。気配を殺すとか気配を感じるとか、或いは城に密かに忍び込むとか市井に紛れて情報を集めるとか言っても何をしたらできるようになるのか。

 闇の中で手裏剣を避け、師匠の攻撃をかわすにも、そもそも闇の中で攻撃できる者がいないのだ。

 結局のところ、所謂「忍ばないニンジャ」を育てるしかない。目指すは騎士や兵士を正面から薙ぎ払い、疲れることなく戦い続けるニンジャである。どこにも忍者の要素がない。むしろ侍か武芸者である。

 しかし、素振りに組み手、走る跳ぶ等のまともな修行をしているだけでは、どんなに頑張ったって人は水の上は走れないし分身もできない。精々他人よりも少し速く、少し長く走れるようになる程度である。ましてや千切った指を媒介にして魔人として生まれ変わるとか、殺されても生き返るとかそんな忍法はどうやったら使えるようになるのか。


 結論。魔力でごり押しする。


 世間一般の魔術とは一線を画する「魔法」を使っていると言われる三人である。自分達がどのように魔力を感じ使っているのかを教えることにした。

 ありもしない属性を信じて、居るのかどうかも分からない四精霊に祈りを捧げて、先達の作った呪文を盲目的に唱えて、結果として自分の可能性を狭めている。そんな魔術の既成概念を壊して、自由な魔法を教える。それが結果として忍術・忍法が産まれるかもしれない。

 自分達だって気だの改造人間だの適当である。魔法でも忍法でも超能力でも構わない。それに魔力で身体が強化できるのは実践済みである。使わない手はない。

 まともな修行はそれはそれで必要である。基礎となる体力がないと何もできないので、どこぞの軍曹ばりの特訓で徹底的に鍛える。自分達も一緒に。取り合えず、成長の早い植物を毎日飛び越えるとか長く垂らした鉢巻が水平になる速度で走り続けるとかは鉄板である。が、それだけではニンジャにはなれない。ニンジャとは(きっと)魔法使いであり、魔法使いになるには魔力の量と緻密な操作、そして結果に対する想像力が大事なのだ。なので徹底的に教え込むことにした。日本の大衆文化には魔法だの超能力だの忍法だのが溢れている。想像力で自由のない魔術に負けるわけがない。

 ……どんなに魔法が上達しても、殺されたら生き返らないだろうが。

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