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決意

 二度目の襲撃を退けてから二日後、村民達が慌しくしている頃に領主に仕える騎士が村を訪れた。タッド・カージラと名乗った三十過ぎに見える騎士は二十人程の兵の中から二人を連れてクシドの家に入った。残りは兵達は広場に屯しているが、横柄な上に若い女が通ると口笛を吹いたりと態度が悪い。

 家の中ではにやついた笑みを浮かべたカージラがクシドと向かい合って座っていた。


「この村は近隣の富を独占した上に、援助を願い出た民達を散々痛めつけたとの訴えがあった。事実、町の治療院はこの数日大盛況で、その寝台を埋めている者の殆どがこの村を訪ねた者達だ」

「おかしなことを仰いますな。我々は慎ましく暮らしておりますよ。畑を耕し森や山の恵みを受ける。ただ、それだけです。それを富の独占などと言われましても……」

「まずそこだな。ここのところお前達が町に持ち込む獣の肉や皮が急増している。しかも大物ばかりだ。ところが他の村からの持ち込みは一切変わっていない。一体どうしたことだ?」

「他所の村のことは分かりませんが、この村に関しては運ですな。偶々鹿や猪を見つけることができ、仕留めることができた。それだけでございます」

「ほう、偶々が随分続くのだな」

「精霊様の思し召しです。ありがたいことです」

「では町の者達がこの村で散々痛めつけられたのはどういうことだ?」

「どうもこうも集りに来た破落戸を追い払っただけでございますよ。突然押しかけてきて、必要でもない用心棒をしてやるから家と飯と女を寄越せ。そうでないと家を壊して畑を荒らすぞと。そのような輩は少々痛い目に遭っても仕方がないかと。しかも二度目は武器を持って真夜中に現れ、女子供を人質にして要求を通そうとしたのです。殺されなかっただけありがたいと思って欲しいものです」

「この村で痛めつけられた二十五人が治療院に収容されておる。内二十ニ人が四腕を折られ、一人は四腕に加え上半身の骨がバラバラ。一人は全身あちこちが骨折。最後の一人は顔と鼻と歯を折られ自分で飯を喰うこともできん。お前達はどれだけ折れば気が済むのだ? やり過ぎではないのか?」

「騎士様の仰る通り、偶々ではございますがこの村は以前に比べ若干潤っております。それを聞きつけてならず者が現れました。初回をなあなあで済ませば今後も同様の輩が現れないとは限りません。それではご領主様にお納めする税にも差し障りが出ます。見せしめとする為にも、全員に少々惨い目に遭ってもらいました。ですが、繰り返しになりますが殺されなかっただけマシかと」


 カージラの難癖をクシドが正論でかわす。破落戸と癒着した町の上層部が難癖をつけてくることはトカウが想定していたので質問に対する回答も用意してあった。

 なかなかボロを出さないクシドに、カージラがにやつきを消し苛つきを露にする。


「……お前達が嬲った男達の中には兵の弟が居ったのだ。命を懸けて守っている領の民に、弟を嬲られ兵は激怒しておる。同じ隊の者達も兵に同情し憤慨しておる。このままでは一つの村の話では済まんのだ」

「つまり、騎士様は兵の溜飲を下げる為に守るべき民に犠牲になれ、と仰っているわけですか」

「……」

「……ご領主様のお屋敷に無頼の輩が徒党を組んで押しかけ、奥方様やご子息を人質にして金銭の要求をし、捕らえられた場合はどうなりますか?」

「一族郎党まとめて斬首だな」

「その無頼の輩が実は兵の親族であると判明した場合は如何ですか?」

「……兵の所属する隊の長も連座で裁かれることになる」

「ご領主様と我々では身分こそ比較になりませんが、同じことではございませんか? それとも騎士様は我々に全てを奪われる生活を甘受せよ仰りますか? そもそもその兵が弟をしっかり監督していればこんなことにはならなかったのですよ」

「……腕無しがいるそうだな?」

「はて?」

「腕無しは神に見放された忌み子。忌み子はすべからく院に引き渡すように布告があったのを知らんわけではあるまい。なぜこの村には忌み子が何人も居るのだ? 院に逆らうのか?」

「院の布告に拘束力はございません。なぜ従わなくてはならないのでしょう? それに戦に出て手足を失くすことは珍しいことではありません。カージラ様は戦傷兵も忌み子だと仰るので?」

「黙れ! 優しい顔をしておればいい気になって囀りおって! 貴様等は我等の言うことを聞いていれば良いのだ! 四の五の言わずに詫びを入れて賠償せよ! そして腕無しの忌み子を引き渡すが良い!」


 屈しないクシドに我慢ができなくなったカージラが立ち上がり剣を抜いた。剣先はクシドの左目に向いている。流石のクシドも顔色が悪くなった。余裕を失くした様を見て、多少落ち着きを取り戻したカージラが部下に声をかけた。


「おい、こいつを捕えよ」

「はっ!」


 カージラの後ろに控えていた二人の兵が座っているクシドの腕を掴み引き立て縄を打った。縛られたクシドが家から広場に引き出されると、カージラが大声を出して村中に呼びかけた。


「村人達よ、聞くが良い! この村には数々の嫌疑がかかっておる! このままではご領主様の権限によって廃村になる。だが、私がご領主様に取り成す故、お前達も協力せよ! 一つ、村の隆盛の秘密を明らかにし、他村へ提供すること。一つ、この村で大怪我をした町の者達へ賠償をすること。一つ、村に潜んでいる腕無しの忌み子を捕え、院に引き渡すこと。以上三つに直ちに取り掛かるが良い! さもなくば村長を切り捨てる!」

「随分厳しい沙汰ですが、ご領主様はご存知でしょうか?」

「黙れ小童! 貴様がご領主様についてとやかく言うなど不敬にも程がある!」


 トカウの声にカージラが過敏に反応し罵声を返す。だが、トカウの後ろに従うヤージェの姿を見て顔色を変えた。僻地の寒村でのことだからと反射的に小童呼ばわりをしたが、トカウに付き従うヤージェは明らかに武人である。武人を従える身分の子供に罵声を浴びせたとなれば、こちらが不敬を問われかねない。


「ほう、我が主を小童呼ばわりか。余程身分の高いお方とお見受けしたが、他領と諍いを起こしても責任が取れるとは恐れ入る。全く大したものよ」

「他領だと?」

「おう、こちらにおわすはサージェン四等爵家がご子息、トカウ・サージェン様である。見聞を広めるために諸領を遊歴中である。わしは側仕えのヤージェ・テノックである。そちらも名乗られよ」

「ジッギート五等爵家が臣、タッド・カージラである。サージェン家との諍いは本意に非ず。知らぬこととは言え、失礼を致した。お許し頂きたい」

「お気になさらず。その程度で訴える程、料簡は狭くないつもりです」


 どうやらなかったことにできたようだと胸を撫で下ろしたところにトカウの言葉が続いた。


「ですが、先程のカージラ殿の三つの命令は少し困りましたね」

「……遊歴のトカウ様がこの村に何か?」

「村に世話になった恩返しにと私が色々と指導した結果、若干ですが生活が上向きになりました。他の村にその方法を提供する理由はありませんので、どうしてもと仰るのであれば対価をいただきます。また、この村で大怪我をした町の者達への賠償とのことですが、彼等が押し入ろうとしたのは私が借りている家です。もう少しで私が人質にされるところでしたが、この村の皆さんのお陰で難を逃れました。それでも賠償を要求すると言うのであれば私が家を通してジッギート五等爵様に抗議をしましょう。最後に、村にいる腕無しは私の連れです。引き渡すことなどできません、と全てに私が絡んでおりますが、どうされますか?」

「何ですと!?」

「それとも、紛争覚悟で押し通しますか?」

「……ええい、黙れ! 下手に出ていればいい気になりおって! もう良い。死人に口なしだ、こんな小さな村、皆殺しにしてくれるわ! おい、片っ端から切り捨てろ! 一人も残すな!」


 要求に対する回答がまさかの全否定の上、このままでは自分の立場が危うい。トカウが尤もらしく話しているのは殆どハッタリであり、実はサージェン家より逃亡中なので、家を通してジッギート五等爵に抗議などできようもない。仮に五等爵に会いたいなどと言われたら逃げ出すしかないことなどカージラは知る由もない。

 勝手に追い詰められたカージラは勝手に暴発し、町から連れて来た兵達に村民を根切りにするよう命令した。兵達は思い思いに武器を構えて雄叫びを上げた。殺し、犯し、奪う。役得の始まりだった。


 ズン!


 地響きを立ててクシドの家の屋根から落ちてきたオズが、クシドを捕えていた兵士二人を踏み潰した。そして、唖然として目を見開いている兵達を尻目に、縛られたクシドを連れて兵の輪から抜け出す。

 クシドをサンサに預けるとカージラに向き直ったオズが暗い眼をして呟いた。


「民を守る筈の騎士と兵が村を皆殺し宣言。……あれだな、生きているだけで世の中の迷惑になるヤツっているんだな。よし、殺す。後でしんどいかもしれないけど、殺す」

「無理はしなくても良い。殺すのはわしが引き受ける故、な」

「ありがとう、でも大丈夫。もう二人殺った」


 悲壮な決意をして顔色の悪いオズに経験豊富なヤージェが語りかけるが、オズは引かない。そしてオズの言葉通り、先ほど潰された二人の首はあらぬ方向に曲がっており、息絶えていることは明らかだった。


「貴様等! 俺の命令を聞かぬだけでなく兵を殺したな! ジッギート家への反逆、この場で鎮圧してくれる! 覚悟せよ! 殺れ!」


 十八人の兵が隊列を組み、オズとヤージェに迫る。オズの義手が兵に向けられ、指先から五本の光が伸びた。何かの焼ける臭いが辺りに立ち込め、五人の兵がそのまま正面に倒れ込んだ。五人とも後頭部から煙を出している。残りの兵士が驚きのあまり足を止めたところにヤージェが飛び掛かる。視線を切った兵士に渾身の力で剣を一閃。三人の首が断ち切られた。さらに飛び込んできたリカが一人の兵の胸に掌底を放つと、兵は吹き飛ばされ、仲間を三人巻き込んで倒れた。倒れている兵の中心辺りに、リカの掌から発射された一抱え程の青白い人魂が着弾し破裂した。人魂は四人の兵士をズタズタに引き裂いた。

 生き残っている六人の兵士はタカコが生み出した渦巻く炎の壁に囲まれていた。炎の壁は勢いを増しながら兵士に迫る。炎が消えた跡には兵と同じ数の炭が残されていた。


 まさに一瞬で全ての戦力を失くしたカージラは後悔していた。こんな筈ではなかった。村の力自慢など騎士の権力の前には吹き飛ぶ筈だった。それに破落戸二十五人は重症ではあるものの死んだ者は一人もいない。村民は殺しに忌避感を持っているのだと思っていた。ところが遊歴の小童の供は全く躊躇なくニ十人の兵を殺した。想像以上に腕が立ち、冷酷だった。

 カージラの前には抜群の戦闘力を見せたオズ達四人が立ち、その後ろにトカウ、サンサ、そしてクシドがいる。

 疲れた顔を隠さないクシドがカージラに語りかけた。


「カージラ様、私達はご領主様への反逆など考えてはいなかったのですよ。先ほどのあなたの命令が独断なのかご領主様の承認されたものなのかは分かりませんが、もう無理です。領を守る騎士様が村に仇なす賊に加担するのでは安心して暮らすことはできません。私達は村を捨て領から出て行きます」

「そんなことが許されると思っているのか! 勝手な移動は許されていない! 領抜けは重罪だぞ!」

「関を抜けるのは大変かもしれませんが、抜けてしまえば何とでもなりますよ。まあ、あなたにはもう関係ないことですので、お気になさらず」

「……俺を殺したら町の騎士と兵が押し寄せてくるぞ!」

「でしたら、押し寄せる前に逃げます。あなた方の死体が見つからなければ少しは時間が稼げるでしょう」

「待て、俺が町で時間を稼いでやる! 兵が死んだのは野盗との戦いにすれば良い。どうだ?」

「……どうだも何も、本気で言ってるんですか? あなたが余計なことをしなければ、村を捨てる決断などしなかったのですよ?」

「ふざけるな! こんなところで死んで堪るか!」


 自棄糞になったカージラが剣を抜いてクシドに切り掛かったが、立ち塞がったヤージェにあっさりと切り伏せられた。散々偉そうにしていたが、剣の腕は然程ではなかったようだ。

 動かなくなったカージラを見下ろす面々。


「……やっちゃった」


 青褪めた顔で呟いたクシドの肩を苦笑いを浮かべたヤージェが叩いた。


「若様の想定の中でもかなり危険なものだったが、誰も死ぬことなく、怪我することなく、無事でいる。まずはそれを喜ぼう……」


 ゲロゲロゲロ……。


 広場の隅に駆け出したオズ、リカ、タカコが揃って吐いていた。断固たる決意をもって兵士を殺したが、やはり精神的な負荷は高かったようだ。胃の中のものを全て吐き出した三人はくたりと座り込んだ。流石に吐瀉物からは多少離れたが。

 虚ろな目をしたオズが足を投げ出し、暫く使っていなかった日本語で呟いた。リカとタカコも日本語で返す。


『やっぱりしんどい。覚悟はしてたつもりだったけど、しんどい』

『獣で少しは慣れたかと思っていたけど、人はちょっとね』

『人を殺しちゃいけませんって、しつこく刷り込まれているからね。そこから開放されちゃうのもどうかと思うけど』

『……必要なら殺そう。躊躇って殺されるのは馬鹿馬鹿しい。生きるために必要なら死体の山を築こう。ここは命が安い』

『そうね。ある意味でいい機会だったと思おうよ。盗賊退治の派生系と思えばチュートリアルみたいなものよ』

『じゃあ、チュートリアルが終わったここからが本編ね。私達プレイヤーは何をしたら良いのかしら』

『取り合えず、悪徳領主または悪代官から逃げる村人達の護衛ってのがクエストなんじゃない?』

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