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もう一度

 破落戸の来襲から三日たった夜、村に近い森の中に二十人程の男が集まって村の様子を窺っている。そこに腰を屈めた男がこそこそと走ってきた。月明かりは射すものの、時折雲に隠れて足元すら覚束なくなる中で柵の陰に隠れて村を偵察していたようだ。


「最後の灯りが消えてから一刻経った。すっかり寝静まっているよ。あの腕無しが出て来た家の隣にガキと女が住んでる。入り口から近いし狙い目だと思う」

「よっしゃ、押し入ってその二人を捕まえるぞ。人質だ。……この村、徹底的に搾り取ってやる!」


 件の家の扉の前に破落戸が屯している。表だけでなく裏口の前にも数人が立っている。ここまで来ると最早隠れようとか潜もうと言った意識はない。後は腕無しが出てくる前に女子供を捕まえれば良い。こんなに小さな村に危険人物が何人もいるわけがない。

 一人が前に出て扉に手をかける。閂がかかって開かないとの予想に反し、力を入れて引いた瞬間にあっさりと扉は開いた。驚く男の前には皮の鎧を身に着け、木剣を肩に担いだ壮年の男が立ち塞がっている。白髪が目立つが鍛えられた身体はまだ衰えてはいない。

 寝込みを襲って人質を取るつもりが、明らかに武人と分かる男が待ち構えていた。完全に行動を読まれている。仲間に警告を発しようとしたところで、木剣を喉元に突き込まれ悶絶して倒れる。

 倒れた男を蹴り飛ばしながら戸口をくぐり、破落戸達の前にヤージェが姿を現した。


「小さいとは言え武家の館に押し入ろうとは良い度胸をしておる。……どれ、少し稽古をつけてやろう。わしの稽古はちっと厳しいぞ。骨の何本かは覚悟せよ」


 ざわめく破落戸達。だが、目の前にいるのは武人とはいえ、警戒対象の片輪ではない。これだけの人数差があれば袋叩きにするのは難しくはない。そう思い手に持った武器を構える。

 ニヤニヤと笑いながらヤージェを取り囲む破落戸達が武器を振りかぶり、一斉に襲い掛かろうとしたところで家の裏手から男の悲鳴が上がった。何事かと視線を向けたところ、裏手から男達が転げるように飛び出してきた。

 ヒュンヒュンと音をたてているのはリカの手で回転する背丈程の長さの棒。裏に居た男達は皆脛を叩かれたようで、軽く足を引き摺っている。

 大袈裟に振り回した棒を止めたリカが見得を切った。


「女子供のいる家に深夜に武器を持って押しかけるその性根。叩き直してやるわ」


 夜空が輝く。月よりも明るい光源が中空に四つ浮かんでいる。指向性の強い光が破落戸達を照らし出した。照らされた者達は眩しさに手で光を遮る。

 更に一つの灯りが浮かび上がり、照らし出した村の奥寄りにはいつの間にかタカコが立っている。


「いい大人達が小さな村に養ってもらおうとするとは情けない。額に汗を流して働きなさい!」


 隣の家の扉がゆっくりと開く。退路を断つように村の入り口の前に立ったオズが腕を組んで傲然と言い放った。


「三人痛い目にあったくらいじゃあ懲りないんだな。……全員躾けてやる」


 破落戸達の頭目は考えていた。

 予定とは随分違うが、女が二人目の前にいる。どちらか一人だけでも捕まえれば人質にできる。そもそも明らかに武人然とした壮年の男や警戒対象の腕無しよりは組し易い、と言うよりも、男二人はできれば相手にしたくない。そう考えて二人の女を観察する。

 片方は身の丈程の棒を地面に突き立ててこちらを睨みつけている。この棒には既に四人が足を刈られているが、戦闘不能ではない。多少腕は立つようだが所詮は女、やはり非力なようだ。

 もう片方は特に武器らしいものを持っていない。恐らくは光の魔術を使った魔術師だろう。どのような魔術を隠しているかは分からないが、魔術師など近寄って殴ればそれで済むと聞く。五人もいれば簡単に制圧できるだろう。

 男だけでなく、女も二人腕無しがいたことは驚きだが、暴れる腕が少ないならばそれに越したことはない。武人と腕無しを数人ずつで牽制し、その間に女を押さえてやる。女を人質にして男の腕無しと武人は散々甚振ってから殺す。女はその後で犯す……。

 ふと気がつくと目の前に指先程度の大きさの泡が浮いている。気に障るところにあるので手で払った瞬間、大きな破裂音と共に手に激しい痛みが走った。何が起きたのか良く分からない。手を押さえて思わず蹲ってしまった。痛みに耐えて目を上げたところ、目の前に手下が一人降って来た。何事かと動揺していると二人目、三人目が続けて降って来る。意味が分からない。

 立ち上がってみると、正面では武人が木剣で手下達を薙ぎ倒している。視線をずらすと棒を持ったの女が斧を持った手下をあしらっている。間合いの違いから手下は防戦一方となっている。反対側に目を向けると別の仲間が大きな音を立てて勝手に吹き飛んでいた。目を凝らして見ると、握り拳程度の大きさの泡が浮いており、それに触れると大きな音を立てて破裂するようだ。先に自分が感じた痛みはこの泡のせいなのだろう。そして、これは恐らく魔術。魔術師と思われる女の前には無数の泡が浮いている。これでは近寄って殴るのは難しい。

 最後に後ろを振り返ると、件の腕無しが相変わらず腕を組んだままこちらを睨みつけている。不遜な態度を見て頭にカッと血が上った。幾ら腕が立つと言っても高々四人。こっちは二十人いる。負ける筈がない。


「手前ら、トロトロしてんじゃねえ! こいつらは放って他の家に押し入れ! 人質なんて誰でも構わねえんだ! その辺の奴を捕まえろ!」

「おお!」


 頭目の指示に威勢の良い声で応えると、破落戸達が村の奥に向かって走り出した。

 だが、先頭が十歩ほど進んだところで足元が崩れ、地面に大きな穴が開き破落戸達は穴に落ちた。出遅れて穴に落ちなかった者達も混乱している間に、リカとヤージェにあっさりと叩き落とされる。

 穴の底が軟らかく、大きな怪我をしなかったのは幸いだが、穴は意外に深く、登るのは難しそうだ。

 穴の縁には、これまで姿を見せなかった村民達がいる。


「おい、コラ! 早く出せーっ!」

「舐めやがって! ぶっ殺すぞ!」


 口々に叫ぶ破落戸達。


「夜中に徒党を組んで押しかけて女子供を人質に取ろうとし、それが上手くいかないと分かれば口汚く罵り反省の色は全くなし。救い難いですな」

「このまま埋めちゃいましょうか。世の中が少しきれいになります」


 顔を覗かせたクシドが呆れたように語り掛けると、脇にいたタカコが物騒な言葉を返す。ここにきてようやく自分達の置かれている立場が分かったのか、顔色を変えた頭目が慌てて叫んだ。


「待て、待ってくれ! ちょっと誤解があるようだ。確かに夜中に来たのは問題があった。要らぬ警戒をさせてしまったのは謝る! だが、我等は決して害意を持ってここにいるのではないのだ」

「ほう、面白いことを仰る。今今ぶっ殺すと聞こえたばかりですが害意はないと?」

「そうだ、少々興奮してつい口走ってしまっただけだ。決して本意ではない」

「ふむ、ではその前の、他の家に押し入れ、人質なんて誰でも構わない、の真意を聞かせて頂けますかな?」

「それは、……そもそも我等は交渉に来たのだが、仲間がいきなり叩き伏せられた。話し合いの卓に着くにも一旦落ち着いてもらう必要があると考えたのだ。人質は言葉が悪いが、それを基に無体な要求をするつもりなどなかった。落ち着いて話ができるようになれば、すぐにでも解放するつもりだったのだ」

「なるほど。ならばわざわざ女子供のいる家を選び大人数で囲み、おとないを知らせることもなく押し入ろうとしたのは如何なる理由があったので?」

「偶然だ。我等は村長と交渉がしたい。そのために村長の家を聞きたかっただけだ。入り口から近い家を選んだら、偶々女子供のいる家だったのだ。態とではない。家を囲んだのも、今回の我々は少々人数が多い。前には収まらず広がってしまった次第である」

「……苦しくはあるが言い分けにはなっておりますな」

「色々と行き違いが合ったのは事実。誤解を招いたのも我等の不徳の致すところである。だが誓って言うが、この村に害意があってのことではないのだ」

「分かりました。では最後に、まだ明るい内からこの近くに居たのに、村の最後の灯りが消えてから一刻も経ってから現れた理由と、この村から何を徹底的に搾り取るのか教えて頂きましょう」

「……何のことだ?」

「かなり早い内に東の森に集まっていましたな。さっさと村に来ればすぐに交渉ができたのに、態々暗くなるのを待った上、こそこそと偵察して女子供の居る家を特定。その家に押し入って人質にし、徹底的に搾り取ってやると豪語していたではないですか。お忘れかな?」

「……」

「回答がないのは認めたということですね。……罰を与えます。殺しはしませんが、暫く不自由に暮らすと良いでしょう」


 穴の縁から村人達が石を投げつけ始めた。小石ばかりで力を入れて投げている訳ではないが、当たれば痛い。穴の中は狭く逃げ場はない。一頻り石の雨に身を晒し体中にこぶや痣を作った破落戸達は一人ずつ穴から出され、ヤージェの木剣に上肢の四腕を全て叩き折られた。痛みに呻く破落戸を縦一列に並ばせると若い村人が総出で前後の足を一歩分程の長さの木の枝に括りつける。二十人の両足を全て括るとあっさり村から追い出した。もちろん武器は全て没収している。

 弱々しく声を掛け合いながら、ゆっくりと町へと去っていく影を見送りながらクシドが呟いた。


「転ばずに町に着けますかね?」

「あー、転んじゃうかな。そこまで考えてなかったなあ。立てなかったら死んじゃうよなあ。まだ殺しはしたくはないし、……遠目で見守るかあ。町までどのくらいかかるかな……」


 馬鹿な罰を考え付き、調子に乗って全員を説得したオズが肩を落とした。

 破落戸達の帰還を遠くから見守ったオズが村に帰ってきたのは、丸一日経ってからだった。幸い破落戸達は転ぶことなく町へ辿り着いた。みっともない姿を衆目に晒したので暫く大きい顔はできないだろう。

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