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魔術と魔法

三十二日目


 運動場でオズとタカコが向かい合っている。残りの四人はできるだけ離れて壁際にいる。リカが口元に手を当てて号令をかけた。


「始め!」


 タカコの周りに無数の球体が現れゆっくりと回転を始める。幾つかは少しずつオズに近づいて行く。近づいてきた球に右の人差し指を伸ばしてレーザーを発射すると、球が破裂し大きな音をたてた。

 それと同時にオズの目の前の地面が急速に隆起して腹にぶち当たり、オズを空中に跳ね上げた。驚愕し目を見開くオズの目に映るのは殺到する複数の球。球に包み込まれそうになったオズが突然軌道を変更し、クルクルと回転しながら球の包囲網から飛び出す。

 先程までオズのいた空間に到達した球は連鎖的に爆発を起こし、空気をビリビリと振動させた。


 ドスン。


 音をたてて落下したオズが立ち上がる。


「姐さん、やり過ぎ! あんたも俺を殺す気か!?」

「オズ君の堅さならこれくらい大丈夫かなって。……どうやって抜け出したの?」

「これ」


 右腕を上げると義手がなくなっている。


「ロケットパンチの反動で飛んでみました。あんなに回転するとは思わなかった……」

「続ける?」

「無理。目が回って気持ち悪いし片手がないからバランスが悪い」

「あらあら。だらしないわね。じゃあ、リカちゃん、いらっしゃい」

「えっ?」



 隆起する地面を避けまくるリカ。時折波動拳で反撃するもタカコの前に現れる球に相殺される。距離をとると無数の球が迫ってくる。避けながら加速し一気に近づいた瞬簡に、足元が崩れ落とし穴が開いたものの、跳び上がり回避して棒を振り下ろした。一際大きな球が現れてリカの棒を柔らかく受け止め、さらに包み込んで拘束する。惜し気もなく棒を手放したリカはタカコの懐に潜り込んで低い位置からの掌底を放つ。

 タカコは飛び退いて避けたものの間をおかずに放たれた上段回し蹴りが首元で止められたことで負けを認めた。


「んー、やっぱり近づかれちゃうときついわね。落とし穴でいけると思ってたんだけどね」

「前に教えてもらったやり方で魔力は見えるからね。何かあると思ってたから避けるのは難しくなかったよ」


「やっぱり皆さんは魔法使いなのですね! 凄い!」


 興奮したトカウの呼びかけに戸惑いの表情を見せるタカコ。オズとリカは何を言われているのか良く分かっていない。


「魔法って、珍しいんですか?」

「街に魔術を使える者は多少おりますが、魔法を使える者はおりません」

「……魔術と魔法は違うんですか?」

「違います! 『魔術』は杖に集めた魔力を精霊様に捧げることで望む結果をもたらしますし、行使のための呪文も確立されています。『魔法』は杖がなくても力を行使できまし、決まった呪文もありません。皆様は杖なしなので魔術ではありません。そもそもタカコ殿の泡の魔法は見たことも聞いたこともありません。ご自覚はしてらっしゃらないのですか?」


 トカウの代わりにリジュが説明してくれた。


「そもそも『精霊様』が何かも良く分からないです。他の人がどんなことができるのかも知らないから自覚も何もないんです」


 絶句する三人。オズとリカは何を話しているのか分からずにキョトンとしている。


「……皆さんはどちらからいらっしゃったのですか?」

「んー、ちょっと待ってください」


 リジュの質問を保留し、オズとリカのそばに行くタカコ。


『どこから来たのかって聞かれてるんだけど、なんて答えたら良いかしら?』

『違う世界からって言って通じるかしら?』

『気が付いたらこの山の中にいて元の場所との位置関係は分からない、で良いんじゃない? 何人かって聞かれたら日本人で。この程度の文明で世界の国が全部把握できてるとは思えないし問題ないでしょ』


「私達はニホンと言う国の国民です。気が付いたらこの山の中にいました。三十日程前です。ニホンがここからどれくらい離れているのかは分かりません」

「ニホンと言う国は聞いたことがないですし、このあたりにはお三方のような黒い髪、黒い目の方はいらっしゃいません。相当遠くの国なのでしょうね」

「……先程私達の力が魔術ではなく魔法だとおっしゃいましたが、この国では魔術が一般的なのですか?」

「一般的とは言えないです。一部の才能ある方のみ魔術を行使します。大体は貴族ですが、タカコ殿のように容易く地形を変えてしまう方などごく僅かですし、複数の属性を使いこなす方も僅かです」

「『属性』?」

「私達の知る魔術は四精霊様のお力をお借りして行使します。この四精霊様の司る火・水・風・土のそれぞれの属性の魔術が存在します」

「私は風の属性なんですよ!」


 トカウが元気良く声を上げるが、タカコは困惑の表情を浮かべている。そもそも精霊など見たことも感じたこともないため、魔術と魔法の違いもさっぱりである。


「トカウ君、風の魔術を使ってみてくれない?」

「分かりました! 大いなる風の精霊よ、我が求めに応じ渦を巻け。風旋!」


 腰の帯から杖を抜き、構えたトカウが呪文を唱えると、トカウの前に風が集まり渦を巻く。先の模擬戦で荒れた地面から土や石が巻き上がる。小さな竜巻は数秒後に消え、巻き上げられたものは地に落ちた。

 魔術を終えたトカウは少し息を荒くしている。


『……非効率』

『本当ね』

『無駄が多いな』

『杖に魔力を集めているみたいだけど、集まり切らずに散っちゃってるのは何でかしら?』

『薄い魔力を濃縮して杖に集めて魔術ドーンって感じだけど、そこかしこで無駄にしてるわね』

『風の属性って何か分かった?』

『私達の魔力と何の違いもないわよ』

『どんな理屈で魔術を使っているんだろう?』


 タカコが日本語で呟きリカとオズが頷く。

 魔力を視認できる三人にはトカウの体内で薄い魔力が濃縮され、杖に集められる過程で殆どが大気中に発散し、杖に集まった魔力も半分ほどしか魔術の行使に寄与していないことが見えていた。


「魔術はどのように行使するのですか?」

「体にある魔素を魔力に変換し、魔術の発動体である杖に集めます。集めた魔力を精霊様に捧げ、呪文を唱えることで魔術は発動します」

『どういうこと?」

『あー、魔素?を原油、魔力をガソリンて考えたら分かり易いな。原油を精製してガソリンにする、ガソリンを車に給油する、エンジンの起動が魔術の行使。現象に対する理解が足りないから、呪文で結果のイメージを励起するようにしてるのかな』

『ふーん。で、各過程でロスが発生していると。あたし達の場合は?』

「最初からバッテリーがいっぱいの電気自動車。前工程がないからいきなり動くしロスがない。ま、車に詳しい訳じゃないから適当だけど』

『じゃあオズ君のバッテリーは馬鹿みたいに大きいんだ』


 タカコの質問にリジュが答え、更にオズが噛み砕いて解釈しリカに説明する。


「トカウ君の魔術はどのくらいの水準なのですか?」

「魔術師としては平凡ですが、この歳の少年としては優秀です」

「一般的な風属性の魔術師は先程の竜巻を連続で何回出せますか?」

「連続だと五回程度でしょう。十回も出せればかなり優秀といえます」

「では、このくらいだとどうでしょう?」


 タカコの前に先ほどトカウ作ったものよりも大きな竜巻が五つ出現し、運動場内を縦横に動き回った。段々と大きく、強くなり、先の試合で作られた地面の隆起を削っていく。トカウやリジュが風に煽られてふらつき始めたところでタカコが竜巻を消した。


「…………こんなに強い竜巻を同時にいくつも作るなんて、国のお抱え魔術師でもできるかどうか。その前の二試合でも魔術……魔法を連発していたことを考えたら信じられないくらいです」

「そうなるんですね。……山奥に飛ばされて良かったのかも」

「町でこんな魔法を使っていたら大騒ぎですよ。……タカコ殿だけではありません。オズ殿もリカ殿もです。お二人の使う魔法も今までに聞いたこともありません」

「んん、じゃあ、戦争では魔術は使わないんですか?」


 首を捻ってリカが尋ねると、ヤージェが笑いながら否定した。


「戦力とするほど魔術師の数は多くないですな。それに普通の魔術師は河川の整備や森林の開墾、薬の作製などに力を発揮します」

「……随分地味なのね」

「一部の才能ある魔術師は国の魔術兵団に所属しますが、戦力というよりも陣の構築や兵站を期待されるのですよ」

「……何か思ってたのと違うわ」

「リカ殿は魔術師を何だと思っているのです?」

「火の玉を飛ばしたり雷を落としたりで戦局を一変させることができる戦力」

「……それは童話や伝説の魔法使いですな。中には火の玉を飛ばしたりや雷を落としたりできる者もおりますが、戦局を一変させるほどでの者はなかなか。せいぜい兵士数人分といったところです」

「空は飛ばないの?」

「風の魔術で瞬間的に高く跳ぶことは可能ですが、下手な跳び方をすると落下時に怪我をします」

「夢がないわね」

「魔術師を一人養成するよりも兵士を十人養成する方が手間がかかりませんからな。兵士十人に突撃されたら大抵の魔術師は殺されます。半分を道連れにできれば上出来かと。それに、魔術の届く距離であれば矢が届きます。弓兵はそれなりに訓練が必要ですが、それでも魔術師に比べると短期間で育成できます。弩兵であればもっと短くなります。編成や運用のし易さからも魔術師よりも弓兵や弩兵の方が現実的ですな」

「……本当に夢がないわ」

「稀にとても優秀な魔術師が敵部隊を蹴散らした、なんて話がありますが、そんなのは例外中の例外で国に五人もいませんし、彼らが前線に出るようになったら相当まずい状態ですな」

「あー、切り札を出さなきゃいけなくなってるってこと?」

「そうです。もう後がありません」


 一室でオズ、リカ、タカコが車座になり、これまでに聞いた情報を整理している。


『異世界だか異次元だか分からないけど、思ったよりファンタジー成分が少な目ね』

『異世界って石を投げたら勇者か英雄に当たって、町を一歩出たら盗賊やモンスターが我が物顔で闊歩していると思ってたわ。魔法も派手で見栄えの良いのが飛び交ってるものかと……。自分が如何にラノベに毒されているかが良く分かったわ』

『いっそテンプレ通りに勇者になって魔王を倒せとか言って欲しい気がする。実際に頼まれたら嫌なんだけど』

『魔王どころかモンスターもエルフもドワーフもいないらしいわよ。あと、冒険者もいないって。兵士でもないのに武器を持ってその辺をうろついているのは盗賊か破落戸、良くて傭兵だって』

『この手のお話だとエルフにドワーフ、それに猫耳犬耳がいて冒険者ギルドに入るのが定番なんだけどなあ。……ギルドがないならどうやって金稼ごうか?』

『狩りをして肉や毛皮を売ったり?』

『適当な物を魔法で作って売ったり?』

『ま、その辺かな、免許制じゃなければ良いなあ。つーか、そもそも貨幣経済は発達してるのかな? 今の俺達は物々交換の方が都合が良さそうだけど』



 ちなみに貨幣経済はある程度発達しており、一般に流通しているのは小銀貨と銅貨。通常は小銀貨一枚で銅貨五十枚に相当する。高額貨幣として大金貨、小金貨、大銀貨があるが、街中ではなかなか使用できない。大金貨一枚が小金貨五枚、小金貨一枚が大銀貨二枚、大銀貨一枚が小銀貨五枚になる。

 町で暮らす八人家族が十日飢えを感じずに暮らすのに大銀貨二枚程度が必要になる。生活するだけであれば大銀貨一枚と小銀貨二枚程度で足りる。

 ただし、田舎の農村ではまだまだ物々交換が盛んである。

 なお、塩の値段は高く、一家八人が年間で消費する量で小銀貨六十枚程度になりり、庶民の生活を圧迫していた。



『隣の村までは半日位歩けば着くそうよ。次の村はサージェン家の領地の外だから二日歩かなきゃいけないみたいだけど』

『んー、村と村の距離が思ってたより近いなあ』

『一人の領主の領地が端から端まで歩いて一~三日程度らしいからね。日本の県とか市程度の大きさなんじゃないかしら』

『それなら、水と食料は三日分てところかな?』

『そのくらいで十分だと思うわ』

『水筒と物入れが必要だね、あと、取引用の商品も積まないといけないから荷運び用の橇か荷車。姐さん、頼むよ』

『はいはい。適当に作ります。材料は木でいいかな?』

『物入れは皮かな。背負えるようにしたいね』

『手が四本あると背負い方も違うのかな……?』

『さあ?』

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