救出
翌朝、オズとリカが周囲の探索に出発した。三人を追っている者達と突発的な遭遇をすることを恐れてのことだった。身体能力に優れたリカをメインにして、オズはバックアップ要員である。転がり込んできた三人は疲労から回復しておらず、タカコは洞穴で不測の事態に備えることにした。
幸い食料は暫く洞穴に篭っていても大丈夫な程度の備蓄があるため、山狩りをしているようであれば当分は洞穴に篭っていれば良い。
洞穴周辺に人の痕跡が残っており入り口の割れ目は簡単には見つけられるが、中には自然岩に見せかけた頑丈な扉がある。さらに、タカコの魔法で周囲の岩と一体化させてしまえば意に沿わぬ侵入者はそう簡単には発生しないと言えるため、それほど危機感を持っているわけではない。
探索中のオズとリカは出発から三時間程度で二組の集団を発見した。どちらも五人で皮製の防具を身に付け、剣持ちが一人、短槍持ちが三人、残りの一人は弓矢を携えており、弓矢を持っている者以外は丸い盾を背負っている。
男達の兵装が統一されていたことから、山狩りをしているのがならず者ではなく、それなりの権力を持つ者の配下かこのあたりの国の軍隊であることが想像できた。
短時間で二組発見したことから相当数の男達が山狩りに参加しているものと推察されたため、早々に引き上げることにした。
なんとなくお互いの言いたいことが分かるようになってきた。それぞれが相手の言葉を理解しようとしたため、言葉が入り混じり、知らない人が聞いたら全く意味不明な会話となっているが、意思の疎通ができないことにはどうにもならないのでそこは甘受するしかない。トカウの日本語の上達が早いのは若さのためか。
最初はひどく警戒していたヤージェとリジュも食と住の提供に多少なりとも恩義を感じたか協力的になっており、大人二人にオズ達三人が言葉を習い、トカウが通訳に近い役割を果たすようになっていた。
タカコが地下を再度拡張し、トカウ達三人が暮らすための部屋を作っていたが、この拡張作業を見ていた三人は眼球が零れ落ちるほどに目を見開いていた。
どうやらタカコの魔法はかなり非常識らしい。
また、ヤージェ、リジュ、トカウの三人の視線がやたらと肩に集まることから、二本腕は相当珍しいのだろうと見当がついた。いずれ腕のことを聞かれることがあるのだろう。
昼間には再度オズとリカが探索に出たが、今度は山狩りと遭遇することはなかった。
更に数日が経ち転がり込んできた三人の体力がようやく万全の状態まで回復した。
探索を兼ねた食料調達も再開し、ヤージェが参加するようになった。役割分担も進み、オズ、タカコ、リカ、ヤージェの内の三人が交代で食料の調達をし、残りの一人とリジュとトカウが家事を行い、ヤージェが居残りの日にはトカウに剣術の稽古をつけている。トカウは狩りに付いて行きたがったがヤージェが許さなかった。
無理矢理の会話から聞き出せた身上は、どうやらトカウが地方領主の息子でリジュが母親、ヤージェはその護衛であり、何らかの騒動で追われていた、ということであった。その「何らか」が大事なのだがお互いそのあたりを説明し理解できるほどの会話力がないため、追々分かるだろうと割り切ることにした。
オズ、リカ、ヤージェの三人が狩りに出た日の午後、突然上空に花火が上がった。轟音とともに振り撒かれる火花。三回続くとぴたりと止まった。
顔を見合わせるオズとリカ。ヤージェはただ驚いている。
「リカさん、ダッシュ。急いで戻って。俺達も追うから」
「了解」
走り出したリカはあっという間に見えなくなった。
「ヤージェさん、戻るぞ。洞穴で何かあった」
日本語で喋ったが意図は通じたようで、ヤージェも頷きオズと共に走り出した。
二人が洞穴に戻ると、今にも飛び出しそうなリジュをリカとタカコが押さえつけている。
「どうなってるの?」
「トカウ君が行方不明」
「いつから?」
「お昼ご飯の後。正確な時間は分からないけど、二時間は経ってないと思う」
「……ヤージェさんとリジュさんはここで待機。俺達が手分けして探す。見つからなくても日暮れには戻ること。何かあれば合図。タカコ姐さんはさっきの花火、リカさんは何かできる?」
「一本だけ発煙筒があるわ」
「何でそんなの持ってるんだよ……」
「だから小道具」
「まあいいや、それで。俺はレーザーで何とかする。残る二人は部屋に篭っていること。……ってヤージェさん勝手に動かない!」
駆け出しかけたヤージェの腕をオズが掴んで止めるも振り解こうとして暴れる。
「ああ、もう自分が追われる立場だって分かってんのかよ! リカさん、動けなくして!」
「はい。はっ!」
リカがヤージェの腹に掌を当てて気合を入れると、ヤージェは回転しながら吹き飛ばされた。倒れたヤージェはぴくぴく痙攣して動かない。
「……やり過ぎじゃね?」
「やれって言ったのオズ君じゃない」
「まあいいや。探しにいこう。最優先は自分がちゃんと帰ってくること。次にトカウを連れ戻す。余計なお土産はいらない。いいね」
「了解」
「分かったわ」
「リジュさんはヤージェさんの介抱をしながら待ってて。トカウが帰ってくるかもしれない」
「通じているかしら?」
「……洞穴に押し込むから姐さんは表を塞いでトカウが通れるくらいの小さな穴だけ開けといて」
三人が三方向に散りトカウを探し始めて一時間ほど経った。切り取られた枝が落ちているのを発見したリカは足を止めて枝を手に取った。切り口はまだ新しい。地面には数人分の足跡が残っている。
急ぎ足で足跡を追いかけること三十分、話し声が聞こえてきた。木陰に隠れながら近付き様子を伺うと、以前に見かけた兵装の十人組が歩いており、獣のように六肢を槍に括り付けられたトカウが二人の短槍持ちに運ばれている。トカウは目を閉じて動かないので気絶しているのか死んでいるのかが分からない。
後方に少し離れたリカは発煙筒を折ると空高く投げ上げた。
煙を発見したオズとタカコは、それぞれ離れた場所から急行する。比較的近くにいたオズが先に到着し、さほど間をおかずにタカコも合流した。
声を潜めてどのようにトカウを奪還するか相談しながら男達の後をつける。
「どうもこうも力尽くになるのは間違いないけど、兵隊五人と戦って勝てるかって話ですよ」
「不意をついて気絶させるにしても二三人てところでしょ? やっと半分ね」
「私の魔法だとトカウ君も巻き込みそう」
「……最初に姐さんがこのあたりに霧を起こして視界を塞ぐ。続いて奴らの前方で大きな音を立てて気を引くと同時に俺のレーザーでトカウを運んでいる二人を無力化。リカさんはトカウを抱えて逃げ出す。離れたのを確認して落とし穴を作り俺達も逃げる。逃げる前に弓持ちは何とかする。……こんなところでどう?」
「レーザーって霧の中でも大丈夫なの? 光は伝わらないんじゃない?」
「んー、俺のレーザーはなんちゃってだから大丈夫じゃないかな。つーか、何でそんなこと知ってるんだよ。これだからミリオタは」
「ミリオタ言うな」
「それでいきましょう。私もそれ以上の作戦は思いつきそうにないわ」
「了解。あたしはギリギリまで近付くわね」
「分かったわ。霧は今から少しずつ。十分後には前方は視界不良。後ろは多少見える程度にするわ」
「よっしゃ。んじゃ行くか」
タカコが作り出した大量の小さな球が上空に舞い上がる。球は割れると少しずつ霧を生み出していく。大量の球が徐々に割れ、段々と霧が濃くなっていく。
前方を歩く男達は、急にたちこめてきた霧に不安を隠せず早足になる。やがて前方は濃霧に覆われ数メートル先でさえはっきりとは見えなくなった。
リカが十分に近付いたのを確認したオズは右腕をトカウを運ぶ二人に向ける。それを合図にタカコが男達の前方に仕込んだ球を爆発させた。
バァン!
鳴り響く轟音。男達の視線が前方に集中する。その瞬間にオズの右の人差し指が四回光り、トカウを運んでいる二人の両肩に小さな穴が開いた。撃たれた二人が突然の痛みに悲鳴を上げてトカウを取り落とすと、木陰から飛び出したリカが短槍もろともトカウを拾い上げて離脱する。
オズが弓持ちの肩を狙い撃ちし無力化すると、タカコは周囲の霧を濃くし、男達の足元に穴をいくつも作る。
二人は顔を見合わせてリカの後を追い走り出した。
後方から怒号と悲鳴が聞こえてくるが、何を言っているのかは分からない。
十分ほど走り先行するリカに追いついてトカウの状態を確認すると、打ち身や擦り傷は沢山あるものの大きな怪我はしておらず、気絶しているだけということが分かった。
打ち身や擦り傷はタカコの魔法で治し、トカウを背負い鹵獲した短槍を持って三人は帰路についた。
洞穴に戻り、塞いだ入り口を開放した途端にヤージェとリジュが転がりだしてきた。気絶したままのトカウを見せると、リジュはホッとしたように座り込み、ヤージェは一息ついてからオズが背負っていたトカウを受け取って洞穴の中に戻った。