ウリふたつ
蝉の声がうるさい、とある夏の日。
大学1年の俺は自分の家に帰る。故郷は奈良県の田舎で、東京に上京してきた。
最近東京にも熊蝉が進出してきたようで、うるさくも懐かしい騒がしさを全身に浴びる。
夜10時過ぎ、家のドアの鍵を開け、中にはいる。
蝉の声が消え、かわりに奥から人の声が聞こえる。
「おう、哲史おかえり」
父さんは40代。見た目よりは若い。
毎年俺の家に遊びに来てくれる。わざわざ遠いところからお疲れ様、だ。
「最近学校の方はどうだ」
「まぁまぁかな。俺父さんより頭良くないからさ」
「馬鹿言うなよ。俺ほどの馬鹿はいねぇよ」
夜は更ける。
「酒でもどうだ」
父さんの右手には日本酒の瓶が握りしめてあった。
「俺、まだ19だよ」
父さんはそうか、と口だけで呟き自分の後ろへ瓶を置いた。
俺はジュース、父さんは水を飲みながら昔話をする。
「お前がまだハイハイしたての頃さ、」
「お前がランドセルの色は赤が良いとか言ってさ、」
「お前が友達100人作ってやる、て意気込んでさ、」
俺は父さんの話に頷きながら父さんの顔を見る。何年経っても全然変わらねぇでやんの。
「そろそろ行くわ」
夜12時近く。父さんが徐に立ち上がりベランダの窓を開ける。
その窓のそばには一昨日自分で作った馬が置いてある。
父さんはきょろきょろとあたりを探すような素振りを見せ、やがて冷蔵庫の中に手を突っ込んで茄子を取り出す。
俺は父さんの方を見ず、ちびちびとジュースを飲む。
「これ、借りるからな」
そう声が聞こえた後、俺は振り返り誰もいない部屋を見渡す。
そして、誰もいない部屋に向かって
「また来年」
そう呟いた。