4―2 close down ー黒い葬列ー
ー1ー
その男にとって、約半年振りの帰国だった。
まだ日が顔を見せたばかりの朝、20代半ばくらいのその金髪の男は、目的地に一番近い空港に到着すると、最初に見つけた店でレンタカーを借りた。現金を支払い、本名を記入する。その他の項目は不自然でない範囲で適当に埋めた。久しぶりに書いた漢字は、アルファベットに比べて酷く面倒に思えた。
その男は180cmを越える、この国では長身に分類される背丈をもっていたが、背筋を丸めた姿勢で歩く姿はそれほど大柄な印象を与えない。それは男の鋭く尖った目つきと相まって、獰猛な犬や狼のそれを連想させた。
男は目的地までの道程を特に急ぐでもなく、ドライブを楽しむようにのんびりと向かっていた。期限までに来ないと通行不可能になると言われていたが、このままいけば何の問題もない。期限は3日後、道のりは残り僅かだ。ひょっとしたら自分はチームの中で一番乗りかもしれない。男は縦横に走る都市間連結道路の基点である上座市へ向け、青い4WDを走らせた。
首都圏から外れるに連れだんだんと人や建物も少なくなり、いつしか道路の他には緑の木々しかない区間に入った。もう少し上座市に近づけば、今度は逆に高いビル群に囲まれたような区間になる。そこから先は道路が次々と分かれていく網状道路だ。今はちょうど首都圏と上座市の中間に位置するエアポケットのように何もない場所である。
ふと男の視界に珍しいものが映った。この何もない高速道路の脇を、何かの機材を山ほど抱えた女が徒歩で歩いている。女はこちらに気付くと、慌てたように親指を立てた腕を高く掲げた。
車は女を少し行き過ぎて、ハザードを点灯して止まった。後ろから機材の音を撒き散らしながら女が走ってくる。
「ああ、良かった!止まってくれなかったらナンバーから自宅を突き止めてでも文句を言いに行ったところよ」
女は汗まみれで一気にまくし立てる。しかしその顔は本当に嬉しそうだった。
「こんなとこ歩いて、どうしたの?」
「どうしたも何も車が故障したに決まってるじゃない。でもどうしても急いで上座市に入らないと行けないから、少しでも距離を稼ぐためにこんな馬鹿やってんのよ」
「前のパーキングから?」「前の前、よ」
「はは、こりゃあ驚いた」
2つ前のパーキングエリアからは、およそ20kmくらい離れている。男は車から降りてトランクを開けた。
「そんな話聞かされたら乗せない訳には行かないな。どうぞ適当に放り込んで、乗んなよ」
「ああ、ありがとお!正直今日は野宿も覚悟してたのよ!」
女は両手を組んで感謝の意を示し、本当に雑に機材を投げ入れて男の隣に乗り込んだ。
「ああ、ごめんね汗臭かったら。あとでちゃんとお礼はするわ」
「いいってそんなの」
男は再び車を走らせ、女は漸く重荷から解放されてシートに寄り掛かった。そして懐から出した紙を男のポケットに押し込む。
「なに、名刺?」
「そう。申し遅れる前に自己紹介。ジャーナリストの北崎衛華よ。ねえ、本当にお礼したいから名前だけでも教えて?」
「切宮。切宮一狼」
「へぇ、苗字変わってるわね。どんな字書くの」
「字もちょっと変わっててね、ほら…」
互いの自己紹介を始めた切宮一狼と北崎を乗せた車は、上座市への残り一時間程の道程を順調に進んで行く。
ー2ー
上座パラメントシティは再開以来一番の賑わいを見せていた。
葵創祐の軽食店の並ぶ円形のフロアにも多くの出勤前の人々が集まっている。しかしその多くは会社に電話を掛けているものがほとんどで、店舗を利用している客数は普段とそう変わらない。
「大変そうですね、皆さん」その様子を眺めながら、店長の加藤は器用にオムライスをひっくり返す。
「まだ動かないんですかね、電車」アルバイトの女の子が心配そうに言う。彼女は電車通勤のため帰りのことが心配なのだろう。
「市内は問題ないみたいだけどね。市外に行くのは絶望的だろうな。なんてったって崩落事故だ、塞がっちゃたんだからね」
「もう、やだこの街…上京しちゃおっかな…」
「上京の前に悪いんだけど、これだけ出してきてもらえる?」
「あ、すいません!」
創祐はそう言って仕上がったメニューを女の子の前に並べる。オーダが溜まってきていた。女の子は慌てて仕上がった皿を運び出す。
「こぼすなよ?」
「まあ無理もないですね。私も毎朝ニュースを見る習慣がついてしまった。ほとんど身近な話題ばっかりですからね」
今の上座市は格好のメディアの素材だった。毎日ニュースのトップを飾り、テレビでよく見る“有識者”というよく喋る者達に好き放題に言われていた。この街から、遠く離れた安全圏から。
加藤とは逆に、創祐はテレビを見なくなった。その連中の指摘と懸念に実がない事が透けて見えたから。その“有識者”達の空虚な言葉は、結局何の足しにもならない。ただ不快な気分になるだけだ。
創祐が加藤に聞いた話だと、今日の内容は盛り沢山だったらしい。各報道の主な話題は地下鉄沿線の崩落に始まり、都市間連結道路の一時通行止めを実施すること。そのどちらにもテロ組織“SOS”の動向が関係している、と言う結論で結ばれた。そしてその後に提示された疑問。実際に上座市に潜伏しているテロ組織、その規模はどの程度のものなのか。
「一説では市民のおよそ1.5%が何らかの形でテロに関与している、とまで推測している人もいましたよ」
「そりゃまた大胆なことを」
その推測でいくと上座市の人口約300万人のうち、およそ3万人以上がSOSに関与していることになる。なんとも規模の大きな話になったものだ。荒唐無稽もいいところだ。
「それが市長も否定しないんですよね、その可能性も視野に含めて調査するって言ってました」
「ふうん……」
市長や管理者側はこの嘘を徹底的につき通す気だ。
その上でいもしない“SOS”を利用してまた何かしようとしている。創祐は頑なに無視をすることに決め込んだ。この間の洗脳事件も、実際はただ巻き込まれただけ。別に自分達が標的だったわけではない。
頼むから放っておいて欲しい。
記録でも何でも勝手に集めればいい。
今の創祐の本音はそれだけだ。
創祐は思考を切り替えるように頭を振ると、次の注文の支度に取り掛かった。
ー3ー
地下鉄の崩落事故のあった日。
上座神遙学園は久しぶりに開校していた。
長い休み明けで今ひとつ気の入っていない生徒達が吸い込まれるように校門へと消えていく。折悪しく市外への電車が滞っている為、1割程度の市外の生徒は未だに休学中となったままだ。
それでも学園側はこれ以上のカリキュラムの遅れを懸念して、洗脳事件以後1ヵ月間の様子を見た上で授業の再開に踏み切った。
生徒達が久しぶりの級友と再会して話すのは、やはりこの街に立て続けに起こる事件、そしてその裏で糸を引くテロリストの噂話に尽きた。しかし学生達の大半はこのテロ騒ぎを不安に思いつつも、退屈な日常の殻を破ったような事態に心躍らせる者も多くいた。
彼らに特有の、奔放な無責任さで。
背原真琴は自分のクラスの自分の机で仮眠を摂っていた。まだ登校してから10分。なけなしの愛想は真綾との登校で使い果たした。昨日も遅くまで本を読んだ彼の頭の中にはフーコーの厳格な語りと、ニーチェの煩い命令口調が反響していた。
目を覚ました時には朝のHRが既に始まっていた。長い挨拶をする教師の横には、おそらく初めて見るであろう生徒の姿が映った。はっきり断定できるほど、真琴は級友の顔を覚えていない。教師に促され、その生徒が自己紹介を始めた。
「凛虎飛と言います。まだ、日本語が少し苦手です。どうか許してください。よろしく」
そう言って頭を下げる仕草は愛嬌のあるものだった。外に跳ねた少し長めの髪が中国人独特の切れ長の目にかかっている。その目は遠慮がちに微笑みを表してさらに細まっていた。
他の国の生徒が転校してくる事はこの学園にはそう珍しいことでもなかったが、こんな時に他所から転校してくるのは少し変わっていた。
「ええ、彼はご両親の都合でこの大変な時期にも関わらず急遽転校して来ています。その為まだこの国の事情に詳しくありません。みんなできるだけ助けてあげるように」
「お父さんの仕事は何ですか?」
生徒の1人の素朴な質問に、凛は笑顔を崩さずに答える。
「父も母も、軍に所属しています。この街に駐屯する部隊です」
生徒達がどよめいた。
「そういうわけでご両親が駐屯している北嶺のグラウンド場近くに住まいがあるんだが…ええと、背原」
真琴は予期せず名を呼ばれ反射的に身を起こした。
生徒達のどよめきは止まらない。
「お前が一番凛君の住まいに近いらしい。不慣れな彼の家まで付いてやってくれ」
そういうことに一番向いてない奴が選ばれた。
クラスの生徒全員が同じ思いを抱いたが、教師は最後までそれに気付かなかった。
ー4ー
時刻は正午の少し前。
“元”JUC大隊第6大隊指揮官レビン・スミスは、上座市から最も近い港にいた。上座市は四方を陸に囲まれている為、軍艦を配置するには強権的にこの港を接収するしかなかった。
地元の者達には申し訳ないが、今後はここが上座市への揚陸基地ということになる。
レビンは一般人が誰もいなくなった接岸地点で今まさに迫ってくる輸送艦5隻、軍艦2隻、そしてタンカーが3隻という大艦隊を迎え入れようとしていた。その顔はいつもと変わらない無表情だったが、内心では身の引き締まる思いで固くなってしまっていた。
総勢10隻を迎え入れるには、この港は手狭すぎた。その為まず輸送艦を接岸させ、新たにこの国に配置されたJUC所属の兵士達を一隻ずつ順番に下ろして行く。
その数は一個師団、総数2万8千名。
先行して到着したレビンの大隊を合わせれば3万人を擁する大規模な機械化師団となり、さらにここの軍艦2隻と、同じく最寄りの空港に大型輸送機も向かっているはずだ。
これからこの一個師団を、自分が指揮するのだ。
まず最初に降りてきた、ほんのついさっきまで上官だった男の方へ歩み寄る。おそらく自分の倍近く軍役を務めたであろう白髪の男の前で、レビンは先に敬礼すべきかどうか真剣に迷った。
「ただいま着任しました、レビン“少将”」白髪の男が先に敬礼し、口元を上げた。助かった思いでレビンも敬礼を返す。
「つい先程、移動中に昇進の連絡を受けました。正直戸惑っております。何故自分が……」
だろうな、と言って白髪の大佐が笑った。
「実は君がこの任務を受けた時から決まっていた。個人的に私もその方がいいと思うよ。どう考えても年寄りより君のような若者の方が思考の切れがいいのだ。他の軍もそうするべきだな」
「しかしまだ正式な叙任は…」
「電話を受けたんだろ?それが叙任式だ。JUCはそんなセレモニーに時間を割かない。だろ?」
確かにそうだ。JUCは全てにおいて最適を求める。
レビンは大佐に頷く。徐々に冷静になる自分。
「では少将、まずはどうされますか?」
試すような大佐の視線。
それを受けるように、レビンは口調を切り替えた。
一緒に自分の気持ちも。
「工兵隊を優先して下ろす。最初に彼らに作戦の説明をしなければならない。その次に斥候隊を。工兵隊の総数は?」
「ざっと5千だな、足りますか?」
全く問題ないだろう。レビンは自分の手足が今までより遥かに長く伸びたような感覚を覚えた。「充分だ」
「マスメディアの対策は大丈夫でしょうな」
「既にこの地帯の半径1kmは無人だ。私の大隊の全人員を配置した」
「ほほっ。では上座市は今もぬけの殻でありますか?」
「問題ない。“SOS”がカバーしてくれている。彼らが味方である限り、最早1人もあの街から出られはしない」
「ならば、ゆっくりと幕僚本部を紹介する時間がありますな」
レビンは続々とこの国に降り立つ兵士達を見ながら、自分の得た戦力を把握することに注心した。
黒い兵装に身を包んだ自分の兵士達の行進を眺める。
まるで葬列のように静かな行進だった。
人類を助長する新たな段階。
その舞台の準備は着々と整い始めていた。
ー5ー
切宮一狼の運転する車は道路の外から生えたビル群に囲まれた、上座市にほど近い場所を走っていた。昼過ぎだというのにビルに遮られ、ほとんど日陰の暗い道だった。
「でもついてないな、あんたがあの道を歩いてる間、車が一台も通らないなんて」
切宮は隣に座る北崎に言う。
「いくらなんでもそんなこと普通あると思う?」
北崎は悪戯っぽい笑みで切宮に問い掛ける。
「というと?」
「どうもね、上座市が、というより“JUC”が上座市への交通制限を設けようとしてるらしいわ。噂だったけど、この感じだとどうも本当みたい」
これ秘密だからね、と後付けしてから北崎は煙草に火を点ける。
「きっとこれから上座市ですごいことが起こる。だから、なんとしてでもその前に中に入っておきたかったの」
「それであんな無茶をね」
煙を吐き出しながら、北崎はふと疑問に思った。
「でも変ね。そうだとすればなんで貴方は通れたのかしら」
「ああ、多分これのおかげ」
そう言って携帯端末を取り出して個人資格を表示した。それを見た北崎は目を見開いた。
「U.S…アーミー?貴方、軍隊の人?」
「そう。おかしいと思ってたんだ、フリーウェイの入口で身分証明の提示を求められたから。なるほど、もうこんなとこまで規制してるのか」
これは早めに来て正解だった。そう思って北崎の方を見ると怯えたような、不安そうな顔で切宮を見ていた。
「ん?どうした」
「……私は何かの罪に問われたりするのかしら」
「いや、そんなことはないだろ」切宮はなんでもないことのように否定した。
「軍隊は警察じゃないんだから、逮捕なんてしないよ。寧ろあんたの侵入を許した兵士が罰せられるんじゃないの?」
「…そう?」
「少なくとも俺に逮捕権限はないけど」
「…ああ、焦ったわ。もう!貴方もそんな大事な事隠してないで早く言いなさいよ!」
「だって聞かなかっただろ」
切宮は快活に笑いながら不貞腐れる北崎を見た。
「じゃあ、交通規制の話は事実なのね。本当に上座市は一時的に外部からの接触を断つ、というのも…」
「一時的か、永久的か。まあどちらかは知らないが、事実だな。だから俺達が来た」
「俺達?」切宮は笑みを浮かべたまま答えない。
「貴方、内部情報をペラペラ喋ってるけど大丈夫なの?そもそもなんで軍属の人が単独で移動してるの?」
そういう北崎の目はジャーナリストのそれに変わっていた。今の北崎には切宮の姿が情報の宝箱のように見えていることだろう。
「まあ、特殊部隊みたいなもんだよ。俺達は基本的に単独、もしくは2人1組で動く。」
「…デルタフォース?」
「よりも特殊だ。俺達に軍の規律は関係ない。ボスと、自分達の判断に従って動く」
北崎は携帯端末を取り出した。上座市の住人ではない北崎の端末はQPDAでない、ごく普通のものだ。それをレコーダに切り替えながら、切宮の様子を窺う。
「…もし、詳しく聞かせてと言ったら教えてくれる?貴方達の部隊のことや、これから上座市で何が起こるのかを」
強い意志の感じられる目だ。きっと北崎は自分の職務に使命感めいたものを持つ優秀な記者なのだろう。
切宮はその意思を“自分の物のように体感し”震えた。
「何でも教えてやる。聞きたいこと全部。その代わり、ちょっとだけ俺の“趣味”に付き合ってくれ」
そう言った切宮の目は、北崎が出会ってから一番感情が発露した顔だった。北崎はそれを“あっちの方”の誘いだと思い、しばらく考えた後に頷いた。
「分かった。終わった後で全て話してね」
「そんなに待たせやしない。“やりながら”詳しく話してやるよ」
いつの間にか車は上座市の中央区に入っていた。
切宮はハンドルを切り、郊外の方へと車を向けた。
上座市の南側。ここはいわゆる再開発地域だ。
地名を遊南という未だ発展する余地を多分に残した地域には、上座市に住まう者の誰もが見たことのある有名な廃墟がある。
広大な土地を占有するテーマパークの残骸。
そこに大きくそびえ立つ、動かない観覧車。
その観覧車は廃棄されたにも関わらず、時折ボランティアの有志により稼働され、丁寧に整備されていた。昔からこの地に住む者の中には、この観覧車を街の象徴のように捉える者がおり、彼らによって保存を訴える声を募る活動が今も行われている。
しかし整備の時以外でこの場所に立ち寄る者は1人もおらず。普段は広大な無人地域と化している。現在この240000㎡の巨大な廃墟、その中に存在するのは先ほど不法侵入した切宮と北崎の2人くらいである。
その観覧車の足元、何かのアトラクションが入っていたであろう施設の中から、切宮の笑う声だけが漏れ聞こえていた。
「そういう訳で、あんまり勿体ないからさあ。俺がありがたく使わせてもらってるってわけ」
切宮は愉しそうに軽快な口調で説明する。
その廃墟の中は暗く、昼間だというのに全く光が入らない場所だった。客用の椅子が並べられたフロアの前面、一段高くなったステージ上に切宮はいた。
「そう、俺達について聞きたいと言ってたな。もちろん答えてやる。俺達の部隊名は〈影にできる影〉、影が率いる影の部隊だ。最近この国を騒がすテロ組織、その正体だよ」
わずかに照らされる端末の光で、2人の姿が垣間見える。
切宮は自分の前に吊るされた北崎衛華に約束通り説明していた。約束通り、〈自分の趣味〉も楽しみながら。
北崎は既に話が聞ける状態ではなかった。切宮により殴られ、蹴られ、身体中に痣や裂傷が出来ていた。ずっと叫び続け、喉は声が出なくなるほど潰れていた。
「顕現能力者、全てがこれに帰結する。俺達SOSも、今後の上座市で何が起こるのかも。その答え全部にインカーネイターが絡んでる」
言いながら北崎の額にナイフを当てた。
軍用の重厚な造りのそれは、グリップが擦り切れるほどに使い込まれていた。
「俺達SOSの全員でインカーネイターの主導を行う。いや、煽動と言った方がいいな、よりしっくりくる。その為には他に邪魔をされない閉鎖環境が必要だ。分かるか?」
最早北崎には意味が分からない話になっているが、切宮はお構いなしに喋り続ける。反応がない北崎を見て、切宮はその額に当てたナイフを走らせた。
途端に北崎が体を引き攣らせ、潰れた喉で乾いた叫びを漏らす。その感覚を“喰らって”、切宮は満足した。額の傷は切宮にとってマーキングだった。自分の狩った獲物への。
「上座市がその場所に選ばれた。ユピテルに人類の至高の存在と位置付けられたインカーネイター、そんな化け物達が跳梁跋扈する、閉じた楽園としてな」
切宮はQPDAの録画を止め、久しぶりに撮影した自分のライフワークに大いに満足した。
「じゃあな、北崎さん。俺の趣味に付き合ってくれてありがとう。久しぶりに“美味かった”」
そう言い残し、切宮は自身の“撮影スタジオ”から退出した。
後に残された北崎衛華の身体は、いつの間にか綺麗に消え失せ、後には点々とした血痕しか残っていなかった。