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虚構仕掛けのユートピア 〜void incarnaters〜  作者: Noyory
3章 relievers〈リリーバーズ〉―救済の非現実性―
11/16

3―4 relivers ―藍色の迷い子―

ー1ー





 遠くに煙が見える。1つ、2つ、3つ。


 …あ、右手からまたひとつ。


 また火災だろうか。さっきからどんどん酷くなる一方だ。


 背原 真綾(ハイバラ・マアヤ)は創祐の自宅のベランダから、上座市の中央区の方を眺めていた。真綾がこの家に戻ってからわずか1時間の間に4つの赤い煙が上った。ニュースで言っている洗脳事件と関係あるのは間違いない、そう思うと飛び出して2人を探しに行きたい衝動に駆られる。


 振り向いてとても広い室内の暗闇を見る。今は誰もいない。

 2人とも帰ってこない。創祐は自分のお店でずっと通話中、兄はどこに行ったかすら分からず、電話に出もしない。真綾は少しでも情報を知る為、テレビの生中継を流したままにしている。


 1人でいると、このマンションは広すぎた。

 今日みたいな日は特に。

 創祐は親の金で贅沢をさせてもらってると恥ずかしそうに言っていたが、それが嘘であることを真綾は知っている。

 確かに仕送りはされていたが、そのお金は真綾と真琴の電子バンクにそのまま送金されるよう設定されていた。真綾は創祐が自力で勝ち取った居場所に住まわせてもらっているのだ。


 とても大きな恩がある。


 その恩は、今もずっと大きくなり続けている。


 そして兄。


 ずっと離れていた、自分の生き写しのような人。


 自分にとって大事な2人が帰って来ない。



 やはり、探しに行こう。


 “あの装備”を持っていけば、洗脳された人に襲われてもなんとかなるだろう。

 バレないように、無事を確認するだけ。それなら……



「止めておけ」



 突然後ろから響いた低い声に、真綾は体が飛び上がったかと思うほど驚いた。振り返る拍子にテーブルの置き物がいくつか床に散らばってしまった。


 そこに立っていたのは黒い長髪の男だった。


 その姿は黒いコートと暗闇のせいで真っ黒だった。まるで背の高い影法師が質量を持って浮かび上がってきたかのように。


「シュウ先生…」


 真綾はその男を知っていた。

 それどころか、自分が色々なことを学んだ“師”だった。

 でもある時突然にいなくなった、懐かしい恩人。でも、


「先生、どうして…」

「真琴は無事だ。創祐も」

 シュウと呼ばれた男は真綾の言葉を遮りそう言った。

「さっき真琴に会ってきた。ある本屋に“避難”している。その内創祐もそこに行くだろう」

「2人とも無事ですか?」シュウが頷いたのが気配で伝わる。

 真綾は力が抜け、ソファに埋もれるように座り込んだ。

「よかった…」真綾はそう言って顔を覆った。


「だからお前が行くことはない。2人とも“怪我ひとつ”なく健康だ。もうすぐここに帰ってくるだろう」


 その言葉で真綾は安心した。シュウの口から出た言葉は常にその通りになるのだ。思い出しても、過去その予言が外れたことはひとつとしてない。


「…ありがとうございます、先生…え?…せんせ」


 真綾が顔を上げた時、シュウの姿は音もなく消えていた。



 まるで本当に影法師だったように。






ー2ー


 



 葵 創祐(アオイ・ソウスケ)三城威織(ミキ・イオリ)は、上座中央区の裏通りを走っていた。真琴のいる八百万屋(ヤオヨロズヤ)と言う名前の古書店に向けて。


 あの後創祐は、合流したロボスのメンバーに自分の店にいる加藤達のことを託して、威織と一緒にパラメントシティを走り出た。

 威織に真琴の状態を尋ねられ、辿々しく電話で聞いた内容を伝えた。その時威織に胸倉を掴まれてなにか言いたげに睨まれたが、結局威織は何も言わず、「俺も行く」とだけ言った。


 それから2人は無言で走り、およそ20分で古書店に着いた。同じ中央区の中でも、この辺りはまだ昔の名残りを残している。ここに来る途中、元笑顔の暴徒達の体が数百は転がっていた。それらを見る度に創祐の焦燥はどんどん積もって行った。


 2人は息切れしながら店内に入る。

「真琴!」創祐が叫ぶと、奥の方から線の細い髭面の男が出てきた。

「ああ、創祐君!よかった、ちょっともう大変なんよ、早う靴脱いで上がって来て!」そう言って2階に上がってしまった。


 クソ、何が大変なのか言えよ!


 創祐は靴を放りだして上階に飛ぶように上がった。



 そこには、いつもの無表情で真琴がベッドに腰掛けていた。



 その横で店主の男が“びっくりした?”と言わんばかりに真琴を指差して片膝立ちのポーズを決めていた。ちょうどマジシャンがタネを明かした時のような格好だ。


「………え?…あれ?真琴、お前…怪我は?」


 真琴は立ち上がると無言で創祐に近づき、その顔面を殴った。だが真琴の腕力では対して痛くない。それよりも驚きの方が優っていた。

 創祐は電話で話した古書店の店主を見た。

「いや、驚いたやろ?あ、違う違う嘘ついたんやないよ。ほんとにさっきまで真琴ちゃんズタボロやったんやけん」

 確かに真琴の服はボロボロだ。しかし身体自体は特に目立った傷などは見当たらない。本人も元気そうだ。

 いまだ茫然自失した創祐の顔を真琴が掴む。そして、無理矢理自分の顔に近づけた。珍しい、真琴の怒った表情。

 真琴は無言で自分の右耳を指差す。髪をかきあげてその耳に着いたピアスを指差す。創祐を睨みながら。


「…ああ、“外す”のは無理だ。放っとけば2、3日で効果が切れる」

「じゃあ放っといて」

 一言そう言うと、真琴は顔を遠ざける。

 いつものこいつだ。


「あれー、マコちゃん元気そうじゃん、うぉ!」

 威織が階段から部屋を覗き、見たままを言った。その横に真琴の投げた枕が飛んでくる。それを躱したせいで盛大な音と共に階下に転がって行く。


 寝起きの真琴は最悪で、怒っている時の真琴はもっと最悪だ。

 人の話に耳を貸さず、全ての人から遠ざかる。



 それでも、創祐の想像していた最悪よりは遥かにマシだった。






ー3ー





 自分がだんだんと減っていくのが分かる。


 しかし、この心の“穴”、その大きさは拡がりも小さくもなりはしなかった。つまり、自分が降高の全体であろうが一部分であろうが、この空虚な喪失感に外的要因は関係ないということだ。


 かつての降高の“意識”は、人々との一体化とそうでないものへの粛清の過程で、意外にも自らの疑問に新たな発展を得ることができた。


 降高の目論んだ幼稚な救済計画は、どうやら分が悪いようだ。一時的に爆発的に増えた同化者は、あっという間に駆逐され現在もその数を減らしつつある。1度意識を絶たれた者には自分は定着せず、無になっていくのが分かった。

 しかしその戦況も、もうほとんど降高の“意識”とは隔絶された“ただの意識”の自分にはどうでもいいことだ。同化した者の最後の一人まで駆逐されれば、この“意識”もただの無になるだけ。それだけのことだった。


 今やこの“意識”に残ったものは、この“穴”の謎だけとなった。別に何ともないのに、ふと訪れる寂寥感。もうほとんど自分の存在理由となったこの喪失感の源泉。


 どうしても知りたい。誰かこの答えを知っていそうな者は?


 今まで降高として接してきた他者の意識を思い出す。


 数多の想いと言葉の中からそのキーワードを検索する。



 そして、その検索に一つの言葉が引っかかった。


『人の心なんて、機械的な反射みたいなもの』


 これは降高が、降高として聞いた最後の言葉だ。


『CPUが動作するのと、根本的にはたいして変わらない』


 降高の思考とは、ほぼ正反対の回答。降高はその心に生きる力を齎すために人々の救済に執着した。やり方は盲目的で偽善的、そして自身の虚飾にまみれていたが、その思いだけは本物だ。


 それを、ただの機械的なものだと断じた少年。


 聞いて見たい。なぜその結論に至ったのか。


 そして、この心の“穴”のこと。


 どんな答えが返ってくるか知りたい。




 最後に、どうしても。






ー4ー





 太陽の頭が見えてきた。


 九龍隼人(クリュウ・ハヤト)はWISE.opt社の自分のオフィスで騒乱の1日の夜明けを見つめていた。

 目の前のPCには上座市各地からの現状報告が次々とリストアップされて来ている。それも発生当時の頃に比べればかなり少なくなった方だ。九龍は退屈気に報告を流し見る。この混乱は今日中には終息するだろう。


 敵性被害者(ヴィクティムス)の大半はレビン・スミス中佐の大隊により、ほぼ鎮静化された。相手の弱点を周知の上、結果が“お膳立て”された鎮圧作戦だ、さぞ退屈なことだったろう。あの若い中佐が黙々と、着実に遂行する姿が目に浮かんだ。


「失礼致します」

 ドアを開けて、天ヶ瀬(アマガセ)が入室してきた。徹夜を感じさせないいつもの動きで九龍のデスクへやって来る。四条のオフィスより格段に狭い部屋なので、天ヶ瀬はたった3歩でデスクに到達した。

「たった今、降高晶(フルタカ・アキラ)の死亡を確認して来ました」

「そうか。思ったより早かったな」

 顕現能力(インカーネイト)の抽出素材として、公共電波に不定形(プロテウス)電子を乗せる苗床となった降高は、残り2つの地区への拡散前に急速に衰弱していった。それから半日間、生命活動の停止と再開を繰り返し、たった今ついに息絶えたようだ。


「彼の死後、敵性被害者はどうなった?」

「スミス中佐に確認したところ、一部で同時間帯に能力から開放された者が100名程確認されています。しかし、現在も残りわずかの“残党狩り”を継続中だそうです。」

「そうか。ならば抽出された顕現能力(インカーネイト)は、能力者本人が死亡しても生き続ける、ということだな」

「はい。とても貴重な知見を頂きました。彼の死は決して無駄にはならないでしょう」


 九龍は椅子に寄り掛かり宙空を見上げ、〈盲目の羊飼い〉ブラインド・シェパード、その死に追悼の意を送る。


「神の気分、か。果たしてそれはいい心地だったのかな、降高」










ー5ー






 “上座市で連続する未曾有の連続大規模事件”。



 そのままのタイトルを冠した特別報道番組が上座パラメントシティの中心にある街頭公共テレビパブリックビューイングに流されている。自分達に直結するその報道は、不安気な顔の多くの人々の足を止めることに成功していた。これが洗脳に使われた道具であることは、公式に発表されていなかった。


 メディアによって“テロによる初の広域洗脳事件”と呼ばれ、世界を騒がせることになった一夜から早くも3日間が過ぎ去った。


 彼にとって予想外だったのは、この上座パラメントシティがたった3日の休業で再び開放されたことだ。隠れていた昨日までと同じ場所とは思えない程に、その目の前に人が溢れていた。


 しかし、それは思いがけない幸運だった。


 その視線の先。中央広場に配置されたフリースペースのテーブルの1つに、彼の探していた少年が座っている。


 今の彼には形があった。人の形が。


 “意識”はゆっくりと歩み寄った。


 ここまで来て、逃げられでもしたら目もあてられない。






 真琴は中央広場の休憩所(レストスペース)で読書をしていた。創祐に連れられて円卓に昼食に来たのだが、創祐は他のオーナー達との今後の話でそれどころではなくなった。しばし放ったらかしにされた真琴は他の場所で昼食を摂ってくると告げ、ひとり円卓を出たのだ。創祐の「遠くに行くな」の声が煩わしかった。

 休憩所(レストスペース)で簡単な軽食を食べた。ここはモールの中心に位置するが、吹き抜け構造のため外の光が通る。周りには一般客よりもメディア関係者の姿が目立った。彼らにとっては格好の報道材料なのだろう、各局から来ているのか同じような一団が何回も周囲を通った。いい加減、テレビ局も1つにまとめればいいのに。その方が効率的だと真琴は思う。 


「こんにちは」


 目の前に1人の、同年代くらいの少年が立っていた。真琴は全く面識がないので無視しようとした。本から顔すら上げなかった。


「話をさせて頂いていいですか?」

「忙しいので」

「実はあなたに尋ねたいことがあるのです」


「邪魔、どっか行って」と言ったが、その少年は構わずに続けた。


「人の心とは、機械的なものですか?」

「何言ってんの?」

「あなたが言ったんです。以前、私に」


 真琴は初めて顔を上げた。相手の顔に笑顔が浮かぶ。


 その笑顔を見て、真琴の目が大きく開かれた。


「……もしかして、降高?」

「気付いてもらえてよかった。でもそれは以前の話です。今はもう名前のない、ただの“意識”の集合になっています」

「…意味が分からない」


「降高の体はどうやら死んでしまったようです。今は、以前降高の意識だった私しか残っていない。それを言葉で説明するのはとても難しいので省かせてください」


 真琴は何とか理解しようと眉を顰めた。

「…洗脳された奴の残り?」

「ああ、その表現が一番近いですね。私は降高の能力によってこの体に入った、彼のコピーの集合体だと言えます」

「それで本体(オリジナル)が死んで名前がなくなった…」

「そうです。あなたが逃げたり、攻撃しようとしないでくれて嬉しい。今の私は普通の人と何ら変わるところがないから、そうなった時太刀打ちできませんでした。あなたのように素手で484人の人間を倒す力はない」

「…本当に降高なんだ」

 真琴はあの時の事を思い出して更に眉を顰める。

「あなたに会いに来たのは、私の抱く疑問に答えてくれるかもしれないと思ったからです」


「さっきの機械的な心がどうこうっていう?」

「あなたが降高に最後に言った言葉です。どうしてそう考えるのか、それが知りたくて」

「どうしてって言われても、そう思うからとしか答えようがない」

 名前のない少年の笑顔が曇る。

「では深い意味は無い、と?」

「そう」

 少年は酷く落胆した。

 しかし、まだ聞きたいことはある。

「…降高は心と言うものをあなたと正反対に位置づけていました。機械的でなく、生物的なものだと。生きる力の源と考えていました。それで人々の救済と称して、私のような彼のコピーを同化させ、その苦痛を取り除こうとした」

「苦痛?」

「降高の心には他者の心が理解できないという苦痛がありました。そして〈光災〉によって得た能力でそれを克服した。救われたのです。そしてその存在を自らの中で神として崇めた…」

 少年に再び降高の心が蘇ってきた。

 切り離されたと思った意識が、再び繋がろうとしている。

 今はもうない、その意識に。

「でも、その存在って自分のことじゃ?」

「その通りです。彼は自らの中で自らを崇める宗教を作り上げた。そして“本当に救われた”。心が軽くなったのです。生きる力が湧いた」


「なるほど。それであの能力で自分を貼付(ペースト)していったんだ。“苦しみから解放された”状態の自分の心を、他の人達に」

「…降高は精神科医でした。彼の患者はみんな何かしらの心の痛みを抱えていました。彼はそれを救う方法として、自分に訪れた救いをみんなと共有していったのです」

「馬鹿馬鹿しいね」

「何故です?結果として、その救済はみんなの心を楽にした。彼らの中にいた私には体感としてそれが伝わったのです」


「でも、それも自分でしょ?」


 真琴の言葉に、少年は自分の中の降高が硬直するのが伝わった。その顔は落としたものを見つけた時のような、そんな顔をしていた。


「今の話の中に、登場人物は降高(あんた)しかいないよ?結局は自分で“神様”と“救い手”と“信者”の役をやってるだけだ。それは共有とは言わないと思う」


「……あ」


「そもそもが他人を助けるなんてただの自己満足だよ。人を助けた気でいて、本当はそれで自分が救われてる。救済ってそういうものだと思うけど」


「ど、どういうことですか!」

 少年は先を促すが、彼の中の降高はもう半ば気づいている。“ああ、そうだっのか”という声が聞こえるくらいに。


「他人を救済する、という行為は非現実的なものだってことかな。人は、自分以外に自分を救うことはできない。聖書の“汝の隣人を愛せよ”って言葉は、それを行う者の方がその気持ちを持たなければいけないって注意してる。そうでないと自分が救われないぞ、って」


 降高は聖書など読んだことがなかった。読み漁ったのは精神疾患や人とのコミュニケーションを図るための参考書や論文だった。


 その結果、逆に自分は他者から離れていたのか。


 真琴はもうあまり話に興味がなくなったのか、両手をついて空を眺めた。空は、久しぶりに雲ひとつない青空だった。


「なら、やはり降高は間違えていたんですね…最初から」

「そんなことないよ」「……え?」

「あんたは、自分だけは救ってる。他人を犠牲にして、街をこんな滅茶苦茶にして。でもその行いはあんたの気持ちを楽にしたんだ。救済の効果ってそれが全てだと思う。そういう意味じゃ、最初に会った時が一番幸せそうだった」

 こっちは大迷惑だけど、と真琴はぼやいた。


「もう、報われていた…?」


 しかし、ではこの喪失と寂寥の“穴”は?

 この“穴”はどうやって埋めればいいのだ?


「そもそも正解や間違いの話じゃない。あんたは心が生物的って言ってたけど、そうじゃない。もちろん機械的でもないよ」

「じゃあ、何なのですか?」

「心には正解しかない。ただ、みんな同じ心を持ってるけどその捉え方がバラバラなだけ。あんたが生きる力が心だと思ってるならそれは正解だよ。他の人が違うと言っても、あんたにだけは正解だ」

「じゃあ、機械的というのは…」

「僕だけの正解」


 なんという自分勝手で自己満足的な回答だろう。

 しかし、それが真理なのかもしれない。

 いや、違う。自分がそう思えば、それが真理なのだ。

 この少年はそう言っている。


「ねえ、もういい?」

「…“穴”が」

「穴?」

「ずっと自分の中心に“穴”が空いてるんです。なにか物足りない、無くしたような、もともと無かったような、埋まらない“穴”が」


 少年は迷惑顔の真琴の、その目を見ながら問う。

 自分の存在理由となった疑問を。


「あなたの正解、その機械的な心なら、その虚無感をどう解釈しますか?」


 少女のような瞳は、もう自分に興味を持っていない。

 それでも自分の質問には即答してくれた。

 彼にとっては、この時間は大サービスなのかもしれない。


「CPUは自分の中に必ず空き(スペース)を持っている。それは、余裕がないと、自分がそれ以上進化もできなければ記憶もできないから」


「…つまり?」


「自分はまだ先に行ける、そう思ってるんじゃないの?まだここで終わりじゃないぞって。あんたの“心”が」


 なるほど。そういう考え方もあるのか。

 少年は、ここに来て良かったと素直に思った。


「…ありがとう。とても勉強になったよ」


 真琴はもう本に目を戻していた。自分に敵対心がない相手のことは本当にどうでもいいらしい。少年は満足して、その場から離れようとした。


「もし胸にそんな空き(スペース)があるならさ。あんたもまだ救われてないってことだね」


 真琴の呟くような最後の言葉。


 その通りだろう。自分に救済は訪れていないのだ。


 しかし、なんと前向きな気持ちだろう。


 胸の“穴”は開いたまま。


 しかし、今やっとこれも自分のものだと自覚できる。


 この少年の歩く先には目的地がない。


 存在理由もなくなった今、ただの迷子となり果てた。


 でも、もう少しだけ、生きてみようか。


 まだ終わりじゃないと、心が言っているのなら。








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