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虚構仕掛けのユートピア 〜void incarnaters〜  作者: Noyory
3章 relievers〈リリーバーズ〉―救済の非現実性―
10/16

3―3 relivers ―青い告解―

―1―






 かつて降高と名乗っていた“意識”。


 何も見えない、どこにいるかも分からない。しかし、自分が降高であったと思う“意識”である以上、自分は降高の“意識”として、この世界のどこかに存在しているのだろう。


 だがもう自分には形と呼べるものがないらしい。

 だって、こんなにふわふわと漂っているのが分かる。

 宙空を?水の中を?見えないので分からない。


 その“意識”にはひとつの疑問があった。

 それは自分が降高の全体なのか、それとも散り散りになった全体の一部に過ぎないものなのか、ということだった。


 そもそもこの“意識”がそんなことを考え出したのは、自分の中にぽっかりと穴が空いたような、何かが欠けているような感覚を抱えていたからだ。しかしその喪失感がもともと降高が持って生まれたものか、それとも全体から切り離された一部分でしかない故に自分に生じたものなのか、それすら判別のしようがなかった。



 ある時突然に視界を得た“意識”は、目の前に大勢の人の形を見た。彼らはみんな自分の事を見上げている。しかし自分に形はないので、自分が見えている筈はない。

 それから“意識”は何かに押されるように彼らの元に辿り着き、その中に浸透していく。どうやら自分は個体ではなかったらしい。人々の形、そのひとつひとつに自分が浸透していくのが感じられたから。


 その中で、自分ではない“意識”と対面する。彼らは今の自分とは比較にならないほど多くの感情を有していた。


 人々の歓び、悲哀、怒り、そのたくさんの思いが谺していた。


 その裏側には暗闇があり、みんなそれを隠し、苦しんでいた。


 1人の例外もなく、全員に表と裏があった。


 “意識”はその苦しみを、シャワーを浴びるように自分の全体で感じ取り、そしてある事を思い出した。


 自分、いや降高は、まだ形がある時からこうやって他人の意識を覗いていた。内からではなく、お互いの形の外側から。

 人の心に巣食う問題を治療するのが役目だったのだ。他人の心の闇を溶かし、少しでも楽にするのが仕事だった。しかし降高はお世辞にもその仕事に対し優秀な人格とは言えなかった。


 今この“意識”は、それを安らげる方法を知っている。


 一体になればいいのだ。既に神により救済された自分が。


 降高の“意識”が造り出した神。その虚像に。


 降高としての“意識”の同一性が乖離しかけている今なら分かる。彼は、彼の為に、彼だけの神を創り出したのだ。


 降高の“神”とは、言ってみればひどく大掛かりな言い訳だ。その虚像の神に全てを捧げるふりをして、自分が“やりたいこと”を“やるべきこと”に変換した。好きに振る舞う為の大義名分として利用した。


 それが人々の救済だというのがせめてもの“救い”か。


 自ら造り出した神に、自分自身が跪く。


 それはひどく滑稽なことのように思えたが、この安心感、解放感がこれでいいのだと後押しする。


 そう感じるなら別にいい。


 降高はそれを本当に崇めていたのだろう。


 自分で自分を救ったのだ。


 降高の救済を、全体の救済へと変換すること。


 苦痛からの解放を為した、自分を媒介として。


 この世界から“苦痛”を無くす。

 その為には全ての“苦痛”と一体とならなければならない。

 一体化しない者は粛清しなければ。

 それは、この世界に残る“苦痛”となってしまうから。





 慈悲をもってそれを行わねばならない。





 なぜなら、これは“神の所業”なのだから。






―2―





「葵さん、お願いですから考え直してください」

 加藤は葵 創佑(アオイ・ソウスケ)を必死で止めていた。

 何故なら、創祐が突然外に出ると言い出したからだ。

「ナオ兄、いま言った番号で折り返してくれ」

 創祐は通話を切ると、自分の制止など聞こえていないように上着を羽織り、端末をポケットに入れた。

「これでよし。加藤さん、今から着信が来るのでできるだけすぐ出てください。外に音が漏れないように」

「え?」

 言い終わるとほぼ同時に加藤の端末が鳴り出す。応答する。

「どうも、創祐がいつもご迷惑かけます」

「え、いやとんでもない…」

「橘っていう、俺の兄みたいな人です。その人にこの場のサポートをお願いします」そう言って加藤の手から端末を取り、テーブルの上にスピーカの状態で置いた。

「いや、待ってください。1人で行く気ですか?」

 自殺行為だ。あの連中には容赦というものがない。

「詳しい話はこの電話の人に聞いてください。どうやら街全体が外の奴等に襲われているらしいです」

 加藤や他の者がざわめく。恐怖に体を震わせる。

「警察やこの前来た軍隊も他の場所の対応に追われて、救援がここにくる可能性は絶望的のようです。なので、ちょっとここまで誘導してこようと思います」

「無茶です!」加藤が小声で怒鳴る。

「気付かれないよう、大人しくここにいた方が安全です。洗脳というのが本当かどうかは分からないが、あの人達はちょっと普通じゃない。やめたほうがいい」

 加藤には創祐が急に人が変わってしまったように思えてならない。少なくとも普段の創祐はこんな無謀を行う男ではない。


「加藤さん、今日の改装オープン、残念でしたね」

 創祐は急に脈絡のない話題に切り替える。

「…オーナー、それは…」しょうがない、と言おうとして創祐の目を見たとき、加藤は思わず言葉を止めた。

「今日すごく楽しかったですよね。でも、最後の最後にこんな滅茶苦茶が“また”起こって。俺、実は今物凄く怒ってるんですよ」

 口調には何の変わりもない。だがその目だけは感情の籠っていない、無機質なガラス玉に変わっていた。怒りの感情は全く伝わってこないが、まるで創祐が機械になったような恐怖を覚えた。


「だから、ちょっとついでに暴れてきます」


 その言葉に加藤は耳を疑い絶句した。

「加藤さん、行かせてやってくれ。こいつは大丈夫だ。“昔”を知ってる俺が請け負う。」端末のスピーカから橘の声。

「昔…?」

「余計なこと言うなよ、ナオ兄」そう言って出て行こうとする創祐をナオカゲの声が止めた。


「葵、さっきの質問の答えは?」


 先程の、挑むようなナオカゲの質問。

『この状況で、お前はどんな記録(ログ)をくれてやる?』


 創祐は振り返らず、何の躊躇もせずに答える。

「あいつらには言葉じゃなく、行動で示そうと思う」


「そうか。ちゃんと“鍵”を閉めていけよ」

「了解」


 そう言って創祐はごく普通に店を出ていった。後に残された加藤は話についていけず、呆然と見送った。


「大丈夫。あいつは“特別”な鍵を持ってますから。ここは絶対に安全ですよ」


 加藤には橘が何を言っているのか理解できなかった。




 創祐は後ろ手にドアノブを閉め、その手に神経を集中した。ドア全体が脳の延長感覚で自分の一部のように体感できた。ハンドルを持つ車の車体全体が、自分の体の一部のように感じるのと一緒だ。


 〈精神具象(スピリット・シェイプ)〉、その能力の発動。


 そう、〈精神具象(スピリット・シェイプ)〉。管理者達(あいつら)はそう呼ぶらしい。


 静電気が弾けたような音がして、そのあと鍵を閉める独特の金属音が響く。〈感覚施錠(ロック)〉の完了。

 これでこのドアは誰にも開けられない。この〈ロック〉はドアを開けようとする者の精神に掛かる制約となり、暗示した行為をするとそれを妨げる効果がある。

 過去に数回、そしてつい先日もこの能力を使用した。創祐は学園の爆破事件のあと、真琴の妨害装置(ピアス)にも同じ暗示を掛けたのである。あのワガママが解錠できないのだから、その効果は折り紙付きだ。


 その施錠を確認すると、創祐は円形のフロアに向き直り、敵性被害者(ヴィクティムス)の並んだ笑顔を見る。向こうも創祐に気付き、群れを成してこちらに向かって来ている。声もなく、変わらない笑みのまま。問答無用だった。


 だがそれはこちらも同じだ。


 創祐の臨戦の意思に呼応して、周囲に青白い粒子が出現する。それは一瞬で範囲を拡げ、円形フロアの全体に拡散した。その範囲は周囲50mに及んだ。


 お構い無しに突撃してくる敵性被害者達は全員がためらいなく〈精神具象(スピリット・シェイプ)〉の領域に踏み込んだ。


 創祐の〈精神具象(スピリット・シェイプ)〉、その〈拘束(リストレイント)〉。


 空間に充満していた粒子が大きな円となり、被害者という名の暴漢達を囲うように収縮する。そして物質形成範囲の5mに近づくにつれ半物質化した粒子は笑顔の集団を押し返し、彼らの肉に食い込むほどまで収縮した。


 フロアに響き渡る、特大の施錠音。

 まるで大きな城門を閉じたような轟音だった。


 フロアの中央に1つの塊にされた集団は、粒子の凝縮によって精製された黒く無骨な拘束具であっさりと無力化された。


 もはや微動だにできない笑顔の集団、しかしその顔に張り付いた笑顔は変わることがなかった。創祐はその内の1人の女性に歩み寄り、その顔を間近に観察してみた。


 優しげな笑み。慈愛に満ちた、吐き気のする薄ら笑い。


 この顔は、間違いなく降高晶(フルタカ・アキラ)の顔だ。


 “光災”のあった日、僅かな時間しか関わっていない男。


 しかし、今の状況とあのときの本人の語りから、創祐は何となくこの男の性格を察していた。いや、それも自分の勝手な想像でしかない。だがあの男を好きにはなれないことは間違いない。


 「…あんたのやってるのは、救済の押し売りだよ」


 その言葉は降高に届くのだろうか?

 それは創祐には、正直どうでもいいことだった。



 そうしているうちに、連絡通路から歩いてくる新たな笑う男に発見された。襲い掛かってきた男を、想像は力任せに殴り飛ばす。凄まじい閃光と共に男は通路の反対側まで飛んでいき、壁に当たって止まった。


「悪い、ただの八つ当たりだ」


 創祐の呟きのような謝罪は遠すぎて聞こえなかっただろう。聞かせるつもりもないが。


 その代わりその音を聞きつけた別の集団がぞろぞろと姿を現した。


 ガラスの目をした創祐は、自ら彼らに向かって進む。


 5000か。今日中に終わるかどうか。


 創祐はそう考えて自嘲気味に笑みをこぼしたが、その目のせいで全く笑っているようには見えなかった。







―3―






 JUC第6大隊隊長レビン・スミス中佐は、突如爆発的に現れた敵性被害者(ヴィクティムス)への対応で軍を指揮していた。

 この街に駐屯してから初の本格的な実戦である。だが本当のところ、ほとんど自作自演の演習だった。名目上、相手はあくまでテロリストの洗脳下にある一般市民なので、装備は非殺傷兵器のみ、車輛も移動用の軍用車以外使用していなかった。

 事件の発生当初は上座市の東部に当たる東雲区での敵性被害者(ヴィクティムス)を鎮圧する指令に従い行動した。事前の情報通り、弱点とされる頭部への衝撃や電気的なショックを与える武器で、敵性被害者の無力化は存外呆気なく終了した。

 部隊はこの地区で約900名を確保し、死亡者を1人も出すことなく収容することに成功した。


 現在部隊は敵性被害者の集中した上座中央区の主要部に移動してきていた。ここに到着するまでに襲撃してきた敵性被害者は100名をくだらない。しかし武装した兵士にとっては単なる暴徒とあまり変わることがない為、こちらの被害は皆無に等しい。


 しかしそれでも凄まじい力であることに違いはない。


 これほどの人数を多箇所同時期に洗脳する前例などレビンはもちろん聞いたことがない。しかも瞬時にだ。これが市庁舎に眠るたった1人の男の持つ力かと思うと、改めて〈インカーネイター〉という存在の特異性が異常であることを認識した。


「中佐、斥候からの連絡が」部下からの報告。

 無言で通信機を受け取り、名前だけ名乗る。

「現在パラメントシティ前で状況確認中ですが、中佐、モニタをご覧ください」「何番だ?」「3番です」

 言われて同乗の部下が、各部隊に常備されたカメラの中から指定された番号をレビンの乗る軍用車に表示した。

「これは…」

 そこに映されたのは、累々と横たわる人々の姿だった。最初レビンは被害にあった一般人かと思ったが、その数が異常だ。そして今までとの一番の違いは、襲撃する側の敵性被害者の姿も見えない事である。少なくともこのカメラの範囲には。

「どういう事だ、何があった」

「分かりませんが、こちらを……」そう言って部隊長はカメラを右に移動して行く。この映像は彼のヘルメットに付属されている映像なので、彼の目線と同じ方向を見ていることになる。

 カメラはパラメントシティ、その東側入口を映し出した。その方向に向かって、倒れている人間が道を作っているかのように連なっていた。


「待機しろ。私がそちらへ向かう。到着まで周辺のチェックを怠るな」

 レビンは運転する兵士に指示し、上座パラメントシティ、その東側入口へと向かわせた。元々それほど散開していたわけではないので、到着まで10分も掛からないだろう。






ー4ー




 パラメントシティ内、フードエリアに繋がる通路の中程で、盛大なガラスの砕ける音が鳴り響いた。

 高級ブランドの服飾品が並ぶショーケースを破砕して、三城威織(ミキ・イオリ)に殴り飛ばされた男は沈黙した。

 彼の後ろではギャンググループ〈ロボス〉のメンバーが、襲い来る笑顔の集団に非道の限りを尽くしていた。

 構図的には30人のロボスに対し、笑顔の集団が2、300人程で圧倒しているが、その大半が威織の顕現能力(インカーネイト)である反逆技巧(リボルバー・トリック)により、同士討ちで自滅していく。その為戦況はロボスの圧勝の様相を呈していた。


 威織達〈白のロボス〉と名乗る彼らは、このような調子でシティの東側入口から突入して来た。

 その理由は橘からの要請に応じ、こシティ内に閉じ込められた葵を“援護”する為である。あくまでも援護だ。創祐ならこの程度の相手、1人でどうとでもなることを威織は知っていた。

 別に橘の願いを聞く義理はないが、相手が創祐なら話は別だ。ロボスの面々も葵とは面識がある。すぐに集まる人員を連れ立って、ここに喧嘩を吹っかけたのである。

 中にはただ暴れたいだけの者もおり、嬉しそうに暴力を振るっている者もいる。彼らはそんな社会不適合者の集まりだった。


「片付いたぜ」

 相棒のマキが寄ってくる。流石に肩で息をしている。おそらく外からここまで1000人近くは相手にしてきているはずだ。威織もいい加減あの気色悪い笑顔に飽きてきていた。

「ぼちぼち円卓がある場所だ。もうちょっと労働しようぜ」

 威織の言葉にロボスの面々がウス、とか押忍とかばらばらの返事をする。中にはウェイ、などと返すギャル男のような奴もいる。こんな奴いただろうか?イオリは全く名前が出てこなかった。


 その彼らもそろそろ疲れが頂点のようだ。しかしもうそんなには掛からないだろう。

 あとはこの通路をひたすら進むだけで到着だ。




 その時の創祐の周囲には無数の笑顔の群れと、かつてそうだった者が混在していた。

 その笑顔の数もだんだんと減少していく。今ここで自由に動ける者は、創祐以外ただの1人もいなかった。


 周辺には身体が折れるのではないかというほどに黒い拘束具で自由を奪われた敵性被害者達。彼らはしばしもがいた後、次々と気を失っていった。それ程の圧力の拘束だった。


 円卓からどれくらい離れただろうか。戦闘に集中し過ぎていたせいで、自分が今どこにいるのかを完全に失念していた。周りが戦闘と暴徒による破壊、そしてテナントに降ろされたシャッターのせいで景色がいつもと全く違うせいでもある。


 “自分が今どこに立っているか、周囲の状況がどうなっているのかを把握しておくのは戦闘においての基本だ。それは場所や地形のことでもあり、お前自身の精神的立ち位置のことでもある。これは戦闘に限らず全ての行為において同じ事が言えるな”


 ふいに、創祐の思考に“あの男”の言葉が蘇る。


 まずい、今はまずい!


 途端に沸きあがるかつての殺意。創祐はそれを抑える為に咄嗟に真横のシャッターを殴りつけた。加減のないそれは、分厚い壁を突き破り、〈精神具象〉の誤作動を起こした。


 そのテナントに次々と無数に顕れる縛鎖、謎の文様の彫られた拘束具、首輪、手錠、巨大な止め具は破損したシャッターとテナントの壁面にめり込む。その全てが、漆黒の黒。


 違う!“そこ”じゃないんだ!


 心臓の誤作動、勢いよく血を全身に流し過ぎ、熱を帯びる。


 過呼吸、目の前が青白い粒子の色に染まる。


 創祐は激しく手を胸に打ちつける。


 何でもいい、“鍵”を!


 ここに、本当に開けてはならない場所に、


 一番“鍵”か必要な場所に



 創祐の胸に、脳内に響く、大きな施錠の音。



 しばらく想像はその場から動けなかった。気付くとだらしない格好で座り込んでいる。徐々に脈と呼吸が落ち着く。


 ぼんやりしていた視力が回復し、真横のテナントを見上げる。


 自分が創った、滑稽な防壁。


 それは、自分の中の“ある扉”を塞ぐ為に築いたもの。


 慌てて、大急ぎで拵えた不格好な鍵と錠。


 自分の心の中には、“これ”と同じものがあるのだ。絶対に開いてはいけない、忘れると決めたもの。それが、たった一言の再生で開きかけるとは思わなかった。自分が本当に鍵を掛けたいものが。


 創祐は立ち上がる。もう体調は戻っている。

 心臓の鍵がちゃんと掛かっていれば、自分は大丈夫。


 この顕現能力(インカーネイト)は、その為のものだと改めて認識する。


 降高という男に教えてやりたい、と思った。


 この力は、神様の救済なんかじゃないと。


 これは自分だけの為の力だ。他人の助けにはならない。


 〈光災〉の中で見た、情報の海。その中では精神も情報の1つだった。光しか見えないそこを、自分が漂っている。

 創祐はそう感じていたが、きっとその時自分もその海の情報の1つになっていたのだろう。

 その海の中で、自分の情報は海と1つに混ざり合い、溶けて無くなり、そしてまた自分に戻った。その過程で自分で情報を書き換えたのだ。自分だけの心の有り様を。自分の為に、少しだけ心のままに。


 きっと、降高は自分で自分を救おうとしたのだ。


 自分がしたように。


 あいつにとっては、それが“神”か。


 本当に、笑ってしまうほど子供の発想。


 自分と同じように。


 真琴もそうだったのだろうか。


 真琴の、あの力も……



 ふいに携帯端末(QPDA)が鳴り出す音で、創祐はこの場所に思考が戻ってきた。

 自分の創ったオブジェを見ながら茫洋としていたようだ。

 直陰からかと思ったが、着信先を見ると真琴からだった。真琴は家にいるはずだ。特に用事がなければ出歩いたりしない。しかも喧嘩中に向こうから電話があるなど異例中の異例だ。流石にこの騒ぎで心配になったか。


 いや、まず考えられない。


 創祐は嫌な予感がしつつも電話に出た。


「あ!創祐君!?良かったあ出てくれて!」

 相手は真琴ではなく、どこかで聞いたことのある独特の喋り方の男だった。「えと、どちら様ですか?」

「あ、僕、宗久よムネヒ…ああ、そうや名前言ってないから…ほら、あの、真琴ちゃんの本屋よ、古本屋!前来たことあるやろ!?」

「……ああ、あの裏通りの」

「そうそう、ごめんねえ連絡遅くなって。マコトちゃん携帯落としとって探すのが大変やったとよ、もう外怖いし…」

「…真琴になにか?」

「そう、大変とよ!テレビの暴漢見た?あ、創祐君も大丈夫と?それがウチにも来て、真琴ちゃんが大乱闘やらかしたんよ!」


 背筋が凍った。


 笑顔の集団(あいつら)とやり合ったのか。

 顕現能力(インカーネイト)が使えない状態で。


 嫌な予感は的中した。

 まだ色々喋る店主を遮り創祐は走り出して問う。


「真琴は無事ですか!?」

「あ、ううんあんま大丈夫じゃない。今気を失っとるわ。いっぱい怪我しとるけんウチの中に…」

「すぐ行きます…!」電話を切ると創祐は全力で走った。


 最悪だ。本当に最悪だ。


 創祐は気付いていないが、もう周囲に笑う集団はいなくなっていた。しかし前方から大勢の足音。カーブでまだ先が見えない。構わず走りながら迎撃する心構えをする。


 しかし現れたのは、白い服の一団とイオリの姿だった。


「どうした、葵さん」



 威織は創祐の顔色で、一瞬で何かを悟った。



「マコちゃんに、何かあったのか?」




 創祐は、咄嗟に答えられない自分を呪った。






ー5ー






 八百万屋(ヤオヨロズヤ)の店主の自宅兼倉庫2階の寝室。

 その無駄に頑丈な造りのベッドに、背原 真琴(ハイバラ・マコト)は寝かされていた。あれから数時間経つが、未だに意識は戻らなかった。

 店主の宗久は何度も病院に電話したがいつまで待っても繋がらないので、とりあえず自宅の救急箱を使い応急処置を施した。


 なんとか出血などは止まったが、宗久が意を決して外に出た時も真琴はかなり鈍器で殴られていた。もしかしたら骨折くらいしているかもしれない。いや、していると思う。絶対している。

 そう考え出すといてもたってもいられなくなり、マコトの携帯を探しに外へ出た。誰か真琴の知り合いに連絡しようと思ったのだ。きっとこんな時だから心配しているに違いない。

 また暴漢が来ないかと震えながら辺りを探ってようやく見つけたそれは、幸い傷だらけだったがちゃんと動いた。

 そして宗久も顔を知っている葵創祐の名前を見つけ、ついさっき連絡を取ることができた。


「良かったなあ、真琴ちゃん」

 寝ているマコトに声を掛け、頭のタオルを冷やしにキッチンへと下りる。この処置が正しいかどうか分からないが、頭もひどく打っていたので冷やした方がいいと思ったのだ。もっと効果があるよう、間に保冷剤も挟んでおく。


 そして2階に戻ると、真琴の前に男が立っていた。


 宗久は悲鳴をあげて、タオルを落としてしまった。

 また暴漢がいつの間にか侵入してきたと思った宗久は、その場で硬直し動けなくなってしまった。


 だがその男はマコトを見つめたきり動こうとしない。


 その手が、マコトの額に軽く触れていた。


「熱があるのか?」

 驚いた事に話し掛けてきたその男に、宗久はもしかしたらソウスケの代理かもしれないと思った。

「だ、打撲に効くかと思って…」

 宗久の説明に男は頷くと「よろしく頼む」と呟いた。


 やはり親類の方か何かだろうか。しかしそれにしても格好が異様だ。目の隠れた腰まである長い黒髪、そして足先まで丈のある黒いコート。振り返ると中のシャツも、パンツも真っ黒だった。


 男は宗久の横を通り抜ける時、「創祐にもそう伝えてくれ」と言い残しそのまま部屋を出て行った。「あ、ちょっと…」



 男を呼び止めようと振り返ったが、その姿は既になかった。


 

 


 


 




 









 




 

 





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