がんばる気持ちと恋する気持ち。
あなたは音楽が好きですか?
私は大嫌いでした。
音楽の授業が終わり、クラスのみんなはそれぞれ部活に行ったり、帰路についたりと、一人ずつ教室からいなくなった。
私は自分の席に座ったまま、教室に一人ぼっちになってもなお、そこにじっとしていた。
何を考えていた訳でもない。逆に何も考えられなかった。ようやく決心して立ち向かうと決めた壁が突然倍の高さになり、私をあざ笑うかのように整然と立ちふさがっているのが、無意識にイメージされた。
「何をぼーっとしてるの?」
突然の声に驚き振り返ると、そこには綾佳がいた。驚いた私の表情をみて綾佳は笑った。その笑顔で私はようやく正気に戻った。
「音楽創作の発表でさ、今年から歌わなきゃいけなくなったのは知ってる...よね?」
「うん、しってるよ。」
「なら、なぜ私がぼーっとしているか、察しのいい君ならわかってるだろう?」
「うん、声かける前から想像はしてたかなー。」
綾佳の落ち着いた口調がこの時だけ少し意地悪っぽく聞こえた。
「なら...!」
「でもね、音葉にはやっぱりがんばって乗り越えて欲しいの。音楽が嫌いだっていうその思いを取り払って欲しい。」
真っ直ぐな視線を私に向けて綾佳は言った。
「だって、昔は音楽すきだったんでしょ?なのに、もったいないじゃない...。」
その日の放課後、綾佳と凛は塾に行き一人になった帰り道で、私はずっと綾佳の言葉を頭の中でループさせていた。あの時、私は不謹慎にも普段見れない彼女の表情を見ることができたことを少しだけ、ほんの少しだけ喜んでいた。そして今は、彼女のその言葉でまた頑張ってみようかという思いになっている。
私は現状を頭の中で整理すればするほど、諦めていた綾佳に対する感情の高まりを無視出来なくなっていた。そしてこのままではいけないんじゃないかと、その気持ちを無理やり押し殺した。
音楽に対して、頑張ろうとしていた気持ちと共に。
そしてその日から私は完全に、音楽と向き合おうとはしなくなった。突然高くなった壁と、綾佳への気持から目をそらすために。
休日明けの月曜日にあった2年生最後の音楽の授業も、ただ受け流すようにこなし、私の2年生での学校生活は幕を閉じることとなった。
春休みの間も、最後の大会が近くなったバスケ部での活動をするだけで、音楽とは全く接する事なくすごした。綾佳ともほとんど会わず、2つの気持ちはどんどん薄れていったのだった。
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