楽しむことの難しさ
あなたは音楽が好きですか?
私は大嫌いでした。
凛と共に帰宅したあと、私は昔使っていたCDプレイヤーを押し入れから引っ張り出し、かつてはよく聞いていた曲を流し始めた。
ヴィルヘルム・フリーデマン・バッハ。
この人物は皆が良く知るあの大作曲家バッハのことではない。皆が知るバッハのフルネームはヨハン・ゼバスティアン・バッハであり、ヴィルヘルムはその大作曲家の息子である。
ヨハンは彼の妻との間に10を越す子供を持つ子だくさんな親だったそうだが、ヴィルヘルムは長男であり、ヨハンがもっとも愛した子供だったとされている。作曲の才能もあり、多数の曲を作曲した。
私がかつてよく聞き、まさに約6年ぶりに私の部屋に流れているのが、このヴィルヘルムが作曲した曲、『2台のチェンバロのための協奏曲 変ホ長調』である。
さほど有名な曲ではない、むしろマイナーであろう。だが幼い私、音楽が嫌いになる前の私は、何故かこの曲に惹きつけられた。
かつての私はあまり意識していなかっただろうが、今になると、このヴィルヘルムと私はどこか似ていると感じている。が、まぁそんなことはどうでもいい。
私は先生が言ったように、懸命にこの曲を楽しもうとした。一度は楽しんでいたはずの曲だ、必ず今でも思い出すことができる。そう信じながら。
だが、始まって1分がたつとどこか不快感を感じ始め、その不快感も1分30秒を超えると頭の中からわたしを殴り続け、いてもたってもいられなくなり、2分とたたずに私はCDプレイヤーに手を伸ばし、チェンバロの奏でる音楽を止めてしまう。
こんなことをもう何日繰り返しているのだろうか。
なんの進歩もないままに、2回目の音楽の授業が始まった。そこで私は、新たな試練を突きつけられることになる。
「おう、音葉、おはよう!」
「音葉、おはよう」
「うん、おはよう。。」
凛と綾佳からの挨拶に無意識に暗く答えてしまった。
「暗いよ、朝から!そんなテンションだと音楽を楽しむことなんてできねーぞ。」
「それはわかってるんだけどさ、、、」
「大丈夫だよ、これから何度もあるんだし、だんだんと慣れていけば。」
やはり、綾佳はいつも優しいんだと感じながらも、私は変われるかどうかの不安を隠しきれずにいた。
今日は金曜日。6時間目に音楽がある。
ちなみに金曜日は6時間目までだから、2年5組のクラスでは1週間のはじめと終わりは音楽なのだ。
なんともまたこの辺に私の運の無さを感じずにはいられない時間割である。
しかし幸いにもこの日は作曲に必要な音符などの記号についての授業だけで、音楽を流すことはなかった。だか、不幸中の幸いならぬ、幸い中の不幸とでも言おうか。
授業の最後に先生の放った言葉は一回目のあの言葉と同様に私に重くのしかかった。
「そうそう言い忘れてましたが、今年からは曲に歌詞をつけて歌にして、発表時に歌ってもらうことになりました。それで・・・」
先生はそのあとにも何か説明をしていたようだったが私の耳には入らなかった。
作曲するだけでも辛いというのに、歌詞をつけて歌うなどもってのほかだった。そんなこと、わたしにできるはずがない。
私の決意はたった4日後に窮地に立たされたのだ。
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