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音と心と友情。

あなたは音楽が好きですか?




私は大嫌いでした。

『音楽創作授業』


清彩高校を約30年前に卒業した生徒が、15年前に世界的に有名な作曲家になったのをきっかけに始まった、2年の3月から3年の7月の音楽の授業で行われる伝統的な取り組みである。

その作曲家のせいで、清彩高校は今や『進学校』の肩書きと共に、『音楽を重んじる学校』として有名らしい。


入学前にその事実を知ることができたなら、私は入学すること自体をかんがえていたことだろう。都内一賢い公立高校であるという情報しか当時の私は知らなかったのだ。



今から『音楽創作授業』、その内容を説明すれば、音楽嫌いな私がこの授業をどれだけ避けたいと思っているかがわかってもらえるだろう。



その名の通りと言えばそうなのだが、この授業の最終目標は曲を作曲し音楽を作るとこにある。作曲は3~4分の曲を1人1曲、『1人1曲』作らなければならないのだ。さらにその作った曲を新しい3年生でのクラスでクラスメイト全員を前にして何かしらの楽器で演奏しなくてはならない。楽器を使えないものはなんと歌わなければならないのだ。

つまり、この授業は最初から最後まで私を苦しませ続ける、私の精神力削りプロジェクトであるといえる。



私は2人と別れて家に着き、自分の部屋に入るなりベットに突っ伏し、声もなく悶えた。そしてその日の午後はどうやってプロジェクトから抜け出そうかと、アテもなく考え続けた。

先生に自分の事情を話し、免除してもらえば済む話ではないかと思う人も多いだろう。しかし、そう簡単な話でもない。自分の過去を洗いざらい先生に説明するのは、それはそれで私にとってかなりの苦痛なのだ。

それだけはできない理由がある。



どうする、どうすればよい。

私の休日は迫り来る高く険しい壁のために、相当暗く、狭苦しいものとなってしまった。



月曜日1時間目。

ただでさえ月曜日の朝は1時間目に音楽の授業が控えていて、家を出るのが苦痛だというのに、今回からは『音楽創作授業』なのだ。ひとつ間違えれば私は不登校になってもおかしくないような心境になっていた。



「今日から、音楽創作授業が始まります。皆さんも楽しみにしていたでしょうが、毎年この授業を一番楽しみにしているのは私でしょう。」


音楽担当教師の中嶋先生はウキウキした口調で話すがわたしの心は一層暗くなるのだった。


「2年生の間は作曲をするのに必要な基本知識の勉強と、それを踏まえた上での課題をしていくわけですが、その前に1つ。」


にこにこしていた中嶋先生の表情がキリッと凛々しい表情に変わった。


「音楽創作、作曲において最も必要な事はなんだと思いますか?」


クラスメイトがざわつき出す。音楽の知識だとか、短調がどうだとか、楽譜の作成じゃないかとかいろいろな意見が小声で聞こえてくる。私もそういった事だろうと思った。


「はいはい、静かに!

作曲において最も必要なこと、それはね、音楽を楽しむ心なのよ!」






私は心臓を一突きされた。呼吸が止まり思考が完璧にストップしてしまった。







と、錯覚するほどにその言葉が私に重くのしかかったのだ。まるで私のことを注意するかのように放たれたその言葉は私には重すぎた。



「皆さんも音楽を楽しんで素晴らしい曲を作っていきましょう。」



クラスメイト達は先生の名言のような言葉を聞き、感心しているようだった。それと同時に作曲に対して前向きな気持ちになっているように思えた。このクラスで先生のあの言葉を重みに感じた生徒など、私しかいないだろう。



今日の学校はその言葉以降、まさに心ここにあらずと言ったように過ぎ去っていった。



私が我にかえり冷静になった時には、学校から家への帰り道で凛と一緒に歩いていた。



「綾香はどうしたんだ?」


「どうしたって、今日は眼科だからって校門の前でわかれたじゃねぇか。お前こそどうしたんだよ、今日1日ずっとだんまりだったろ。話しかけても上の空でよ。」


「そうか、そうだったな。」



静寂がまた二人のあいだに流れる 。



「まさか、中嶋先生の言葉がまだ頭から離れない...とか言うんじゃないだろうな。」


「その通りだよ、凛。」


「おいおい、マジかよ。音楽が楽しいとか、音楽が好きだとか、お前はそういう感情を、理解できないとか言ってそこまで気にしてなかったろ。なんでまた、今回に限ってそんなに引きずってるんだ。」


私は思い詰めた表情を浮かべながら話す。


「私は最近になって自分を少しでも変えたいと思っていたんだ。だから、嫌いながらも音楽創作をやりきって、そこから変わっていきたいと思っていた。」


「音葉、おまえ...。」


「でも、自分を変えようとし始めたらすぐにあの言葉を浴びた。まるで『お前には無理だ』と言わんばかりにね。やはり、私が変わるなんて無理なのかもしれない。」



少し間を置いて、凛は話し始めた。


「何言ってるんだ、お前はもう既に変わり始めてるだろ。」



私は凛のその言葉をその瞬間には理解できなかった。



「お前が自分を変えようとして音楽に向き合うと一度でも考えただって?今までのお前にそんなことは一度もなかった。それだけで既に変化だ。」



わたしの心は急に軽くなった。そうか、そういえばそうかもしれないと思えた。



「別に今すぐに全てを変える必要なんてないだろ。少しずつ、一歩ずつってやつだ。」


凛が得意そうな顔でいう。

それを見て私はふっと笑い、


「凛にしてはいいこと言うじゃないか。」


と少し上から目線で言った。



私はいつも以上に凛への感謝で胸がいっぱいになった。いつか自分を変えることができたら、真っ先に彼にこの感謝を伝えようと、そう、強く思った。



そしてこの日、私は音楽との戦いに挑むことを決意したのだった。

お読みいただきありがとうございます。



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