はじまり
あなたは音楽が好きですか?
私は嫌いでした。
私の名前は橋本 音葉。
1話で特徴は特にない、と書いたが一人称が『私』なのは特徴の1つと言える。
清彩高校2年5組。
この高校では1~3組が文系、4~7組が理系とくっきりと文系理系を分けている。
名高い進学校の合理的な教育方針によるものだ。
今日は2月28日。
3年生がこの学校を出ていく日、卒業式だ。
この卒業式、2年生は全員参加となっておりもれなく土曜日という休日のうちの半日を奪い取られるわけだ。
皆、先輩への感謝の気持ち半分、家でゆっくりしたい気持ち半分といったところであろうか。
ただ私は他の2年生とは違った、たった一つの気持ちしか持ち合わせていなかった。
卒業式ともなれば必ず行われる私に対する集団的いじm......いや、もとい全校生徒の校歌斉唱があるのだ。
それだけではない、「蛍の光」が流れたり、卒業証書授与や入場退場の時まで音楽を流し続けるというやはり私に対するいじm.......いや、伝統的な行いがある。
私はこの苦痛に長々と耐え続けなければならない。
いつもならばネット通販で買った耳栓を持ってくるのだが、あろうことか今日は持ってくるのを忘れてしまったのだ。
朝机に置きっぱなしにした自分を何度も恨んだ。
卒業式が終わった頃には、私の精神的疲労はここ最近でピークに達していた。
そんな私を気遣って一人の男子が私にさっき買ったばかりであろう飲料水を渡してきた。
「相変わらずとんだありさまだな、音葉。ほら、優しい俺が水買ってきてやったぞ。」
「さんきゅ、凛」
一宮 凛。
私と同じ清彩高校2年5組。
初登場でこの発言だとナルシストのように映るかもしれないが、別にそんなことはない。
ただ、少しだけ王子様気質なのは否めない。
それというのも、こいつはバスケ部で補欠である私とは違いサッカー部のキャプテンであり、勉強でも学年トップクラスという、リアルな出木杉君のようなやつだ。
それに加えてイケメンとくれば、ちやほやする女子がいない方がおかしいだろう。
まぁ、それはいつもとなりで引き立て役をし続けている私のおかげでもあるが。
「言っておくが、おごりじゃないからな。」
「少しでも優しいやつだと思った私がバカだったよ。」
「長い付き合いなんだ、俺がお前におごるなんてこと、ほとんどないってわかってるだろ?」
私と凛は中学からの付き合いなのだ。
「わかってるけど、少しは変わったのかと期待したんだ。」
「そんなこと言ってるお前だって俺におごった回数なんて、片手ほどだろう?」
「私はそういうやつだ。」
凛はなんだよそれとか言いながら笑った。
それを見て私も笑った。
いつも、音楽による精神的疲労は凛と話すことによってだいぶ軽くなっている。やはり持つべきものは友といったところか。
くだらない話をしているともう1人、私の友がやってきた。彼女は私が水を飲んでいることに気づくと、
「音葉もしかして耳栓わすれたの?大丈夫?」
と、私の体調を心配する言葉をかけてくれた。
彼女は凛とは違って私に真っ直ぐな優しさをもって接してくれる。
「大丈夫だよ、綾佳。もう慣れたことだ。」
榊原 綾佳。
清彩高校2年3組。
凛と同じく中学からの付き合いである。
彼女はサッカー部のマネージャーであり、勉強も凛ほどではないがかなり賢い。
ただ、最大の特徴というべきはその優しさと柔らかい雰囲気だろう。彼女と話をしているとすっぽりと体を何か暖かいものでくるまれたようなそんな心持ちになる。
なんだその恋人と話でもしているような感情はと、思う人もいるだろう。あながち間違いではないのだ。
なぜなら私は中学のころから彼女に静かな恋心を抱いているのだから。
ただそのことを私が彼女に約3年間伝えることなく接してきた理由は他でもない。
彼女は凛が好きだからだ。
さっき私は凛のことを出木杉君のようなやつだと言ったが、それに繋げていうならば私はのび太、綾佳はしずかちゃんと言った感じだ。
私はこの私しか知りえない三角関係を誰にも明かさずこのまま貫き通すつもりでいる。
2人の友との関係に亀裂を入れるような行為をしてまで、彼女に思いを伝える気はないのだ。
「そっかぁ、良かったぁ。」
ただ、彼女の笑顔だけは私の決意を一時的にぐらつかせるほどの威力であることを、私は再確認した。
「よし、じゃあ帰るか。」
「そうだな。」
いつも通り、凛の切り出しの言葉で3人は帰路についた。
「そういえばさ、来週から音楽創作が始まるね。」
綾佳が私に気を使って、少し落ち着いた口調ではなす。音楽好きな綾佳にしてみれば楽しみのひとつなんだろう。
「音楽創作かぁ...。」
私は少し上を向いて空をあおいだ。
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