暗闇の中へ
『……リク君、明日もう一度テストするから…』
やつれた顔で、音楽の先生はそう言ったのはつい3、4時間ほど前。
僕は歌の練習をするため家の近くの林の中に来ていた。
家でなんかできない。近所から苦情が来るし。
「あー、もう、面倒くさいなぁ……」
灰色の雲が覆い尽くした空の下、一人の悪態をつく。
が、テストの成績が悪くなるのも困る。
今後の人生のためにも持てるスキルは持っておきたい。
学力だって下げるわけにはいかなかった。
「……今後の人生のためにも、か」
独りの僕の人生の、ために。
そう言い聞かせ、僕は歌の練習を始めた。
「ーーーで、なんで雨なんか降ってくるんだよ!」
歌の練習を始めてからおよそ30分。
天は僕の歌など聞きたくないというように雫を落としてきた。
それが無性に腹立たしくて、やり場のない怒りを言葉にする。
それすらも、虚しく思えてくるのだからどうしようもなかった。
「どこかっ……雨宿りできるところ………」
林の中をがむしゃらに走って雨宿りのできそうなところを探す。
泥がはね、ズボンの裾も靴もグチャグチャになったが、そんなこと気にしていられなかった。
「ーーー!」
そんな中見つけたのは、
岩を繰り抜いて作られたような洞窟だった。
それを見た瞬間、僕は戸惑いもせず洞窟の中へ入った。
「はぁっ…!はぁ………」
顔に張り付いた不快な髪をはらい、息を整える。
洞窟の中のひんやりとした空気が濡れた体を撫で、少しだけ寒気を感じた。
「…こんなとこ、あったんだ……」
ある程度落ち着いてから、改めて洞窟を見回す。
人工的に作られたものらしい。壁には電球のようなものが吊るしてある。
それは奥へと続いているようだが、一切灯りがついていない所を見ると電気は通っていないらしい。
そもそもだいぶ埃を様だったのでしばらく使われていないことは明らかだった。
「……」
道は奥へと続いている。
が、僕は探検をしに来たわけではないし、今やるべきは歌の練習。
ここだったら、雨宿りをできる上、誰にも聞かれることはないし自分の声もよく聞こえる。
「…しばらく、ここで練習しようかな」
そう言って、僕はスゥッと息を吸った。
「ーー。…………」
それから少しして、歌を歌うのをやめる。
雨は以前やまず、ザアザアという水音だけが響く。
僕はそっと、洞窟の奥へ続く道を見やった。
奥は暗い。外の光は全く届いていないようで。
なにか、出てきそうな雰囲気に若干怖気づく。
しかし人の心理とは面倒なもので、この時僕は好奇心の方が勝ったのだった。
「…何もないでしょ」
見るだけなら、問題はないはず。
呟いて、僕は足を進めた。
ポケットからスマホを取り出し、ライトをつける。
足元しか照らせなかったが何もないよりはマシだった。
ざり、ざりと、砂を踏む音と自分が呼吸する音しか聞こえない。
遠くなる雨の音。
僕は暗闇の中を進んでいった。
ーーーーここが、あの子と出会う場所だとは知らずに。