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虚飾で彩られた少女の名前

作者: 紫雲すみれ

 二〇××年。昔『●●子』といったような名前が当たり前だった時代が終わったように、名前には流行がある。以前はキラキラネームと呼ばれた名前も、現代の日本ではごく一般的な名前になっていた。

 また、現代人らしい名前を子供に付ける親が増えていき、上の年代の案で戸籍法の規定が緩まった。

本人の強い希望があった場合、家庭裁判所に届け出を出さなくても名前を変更することが可能になる、という法案だった。改名届に本人の名前、そして十人の署名があれば一晩で手続きが済むようになった。これは、民主主義に則って定められたことであった。

しかし、この新しい法を駆使し、名前を変更する子供はほとんどいなかった。


 とある小学校の三年一組、午前八時三十分。

「起立、おはようございます。着席」

「それでは出席をとります。名前を呼ばれたら大きな声で返事をしてくださいねー」

 いつものように担任である女教師はにこやかな笑顔で十人の生徒に呼びかけた。

「「はい、羽妃衣ぱぴぃ先生!」」

 生徒達は元気に応える。

「今田 賞味期限しょうみきげん君」

「はい、はーい!」

「遠藤 血の暗黒龍ぶらっでぃーだーくどらごん君」

「はい、今日も元気です!」

「元気ですね。大原 愛天使エミリア(ぷりてぃーえんじぇるえみりあ)ちゃん」

「はぁい」

「川井 チーズオムライス君」

「はい!」

「佐藤 苺愛栖栗夢いちごあいすくりーむちゃん」

「はーい、ふふっ」

「あら、ご機嫌ですね。関 ○(あーす)君」

「はい」

「田中 薔薇女王ぷりんせすろーずちゃん」

「はい、元気です」

「中村 和衣留奴わいるど君」

「ふっ」

「返事ははい、でお願いしますね丸山 角川かどかわ君」

「はーい……ふわぁ」

「また夜更かししてゲームしたんでしょう、駄目ですよ角川君」

「ふぁーい……」

 九人目まで、教室はとてもにぎやかな空気だった。しかし、十人目の生徒が呼ばれる時、毎朝一瞬しん、となる。

「渡部……」

 クスクスという笑い声がところどころでする。

「渡部 真理まりさん」

「ブッ」

 男子生徒の一人が吹き出した。そして他の生徒たちもつられるように笑い出す。

「チーズオムライス君、笑っちゃだめよ……ぷぷっ!」

「だってよぉ薔薇女王、今時『まり』だぜ?」

「こら、チーズオムライス君も薔薇女王ちゃんもやめなさい! 渡部さんが変な名前だからって……あ、いけない」

 教師の発言で、九人はどっと笑い出した。

「ごめんね渡部さん、みんな悪気はないから許してね?」

「……はい」

 真理という少女は小さな声で頷いた。こんなことは日常茶飯事であり、それは何度学校を転校しても変わることはなかった。

「一時間目は国語の時間です。皆さん、自分の名前の由来の作文を発表しましょう」

 真理は憂鬱になっていた。どの学校でもある、この授業が嫌いだった。

「ぼくの名前の、賞味期限は、守らなくてはいけないものという意味だそうです。約束の時間を過ぎたりするのは、よくなくて……」

 出席番号一番の生徒の発表が終わり、

「チーズオムライスというのは、お父さんの好きな食べ物です。今は、家族みんなが大好きで……」

 四番が終わり、

「私はこの薔薇女王という名前が世界一気に入っています。可憐な女の子になってほしいという願いを……」

 七番が終わる。

 真理はどうしよう、と頭を抱えながらも時間が過ぎるのを待つしかなかった。八番、九番、と終わり、最後に真理の発表の番、のはずだった。

「では、まとめに入りましょう。名前というのは両親が……」

「せんせ、渡部さんがまだ発表してませーん」

「あら? 先生、また渡部さんのことわすれちゃったわ。はい、どうぞ」

 教師は謝る様子もなく、真理の順番になった。本人としては、そのまま忘れて貰えた方が良かった。

席を立ちあがり原稿用紙を持つが、その手は震えていた。

「……わ、私の真理という名前は……お母さんがつけてくれて……可愛い名前って……」

「センスないお母さんでかわいそ」

「全然可愛くないのにね?」

「「あははは」」

「あの……えっと……」

 真理の原稿用紙は涙で滲んだ。真理は心底この名前が嫌いだった。深い意味も無く、馬鹿にされる、いじめられる原因の名前。

「もういいですよ、渡部さん。時間もないしまとめに入りますねー」

 教師は読みかけの真理の原稿用紙を乱暴に回収し、何事も無かったかのように黒板に板書を始めた。

 真理はトイレに行き、胃の中のものを全て吐き出した。

その日真理が自宅に帰ると、いつものように母親が出迎えた。俯く真理に、母親は必死で話しかける。

「おかえり真理ちゃん、今日は学校どうだった? お友達と仲良くできた? 給食は残さず食べられた? 真理ちゃん、最近痩せてきたからお母さん心配で……」

「……ないで」

「え?」

 真理は母親の首元に掴みかかった。

「もうその名前で私を呼ばないで! お母さんがつけた名前のせいでいつも辛い思いしているのよ!」

「す、素敵な名前だと思うわ。真理って可愛いし……」

「クラスのみんな、ダサいって言ってる! 私だって可愛い名前がよかった! 名前、変えさせてよ! こんな名前いらない!」

「……そっか。ちょっと待っててね」

 真理の母親は弱弱しく笑うと、戸棚から一枚の書類を持ってきた」

「これは改名届。この欄に好きな名前を書きなさい」

「名前、変えていいの?」

「ええ……今まで、苦労させてごめんね」

「やったぁ、ありがとう!」

 真理は改名届を部屋に持っていくと、わくわくしながら鉛筆を握った。

「どんな名前にしよう。素敵な意味の名前がいいな。そういえば今日のみんなの作文、すごかったなぁ……可愛いのもいいし、かっこいいのも……そうだ!」

 真理はすらすらと新しい自分の名前を書いた。それを真理の母親は無言で了承すると、電話で親戚一同に署名を頼みこんだ。

三ヶ月後。十人の署名と新しい名前の書かれた改名届を役所に提出しに行き、無事に手続きは済んだ。

「苦労して集めたのよ、真理ちゃん……いいえ、もうこの名前は変わったんだったわね」

「私、生まれ変われたよ……お母さん、ありがとう」

「新しい名前、良かったね」

「……うんっ!」


 その翌日、元真理である少女は名前が変更された旨が記載された書類を学校へ持っていった。担任は溜息をついたが、それ以上何も言わなかった。

「起立、おはようございます。着席」

「今日は出席を取る前に、お知らせがあります。渡部さんの名前が、変わりました」

 教室にどよめきが起こる。

「先生、新しい渡部さんの名前は?」

「それは……渡部 賞味期限血の暗黒龍愛天使エミリアオムハヤシ苺愛栖栗夢○薔薇女王和衣留奴角川和衣留奴角川(しょうみきげんぶらっでぃーだーくどらごんぷりてぃーえんじぇるえみりあおむはやしいちごあいすくりーむあーすぷりんせすろーずわいるどかどかわ)」

 沈黙が場を支配した。

「先生、もう一度言ってください」

 ○が言い、教師は大きく息を吸って言った。

「渡部 賞味期限血の暗黒龍愛天使エミリアオムハヤシ苺愛栖栗夢○薔薇女王和衣留奴角川(しょうみきげんぶらっでぃーだーくどらごんぷりてぃーえんじぇるえみりあおむはやしいちごあいすくりーむあーすぷりんせすろーずわいるどかどかわ)」

 教師が言い終わり、賞味期限血の暗黒龍愛天使エミリアオムハヤシ苺愛栖栗夢○薔薇女王和衣留奴角川はドキドキとしていた。

 これでもういじめられずに済み、やっと友達ができ、みんな名前で呼んでくれる。そんなことを夢見ていた。しかし。

「ふざけるな渡部ぇ!」

「……ど、どうして」

 賞味期限血の暗黒龍愛天使エミリアオムハヤシ苺愛栖栗夢○薔薇女王和衣留奴角川は困惑していた。誰もが、自分を喜んで迎えるだろうと思っていたからだ。

「なんで僕の名前がお前なんかに、僕の、大切な名前がぁっ」

「ふぇっ……あたしの名前、ぱくられたの……?」

「最低!」

「地球は一つという言葉がある」

「渡部って、そんなやつだったんだな」

「いくらなんでも長すぎだし!」

「オムハヤシってなんだよ! 俺を、俺の家族を馬鹿にしてるのか!?」

「どろぼう、名前どろぼう!」

「名前かえせ!」

 賞味期限血の暗黒龍愛天使エミリアオムハヤシ苺愛栖栗夢○薔薇女王和衣留奴角川は、生徒達に非難された。中には、泣いている者もいた。

 わけがわからなかった。こんなはずじゃなかった、と賞味期限血の暗黒龍愛天使エミリアオムハヤシ苺愛栖栗夢○薔薇女王和衣留奴角川は頭を抱えた。

「皆さん、静かにしましょうね。今日の一時間目の授業は道徳です。本題に入る前に、こんな物語を皆さんは知っていますか?」

 教師は黒板にチョークで『虚飾で彩られたカラス』という文字を書いた。

「せんせー、読めません」

「そうですね……他にもこの物語は、『おしゃれなカラス』『王様になりたかったカラス』とも言います。これはイソップ童話です」

 教師はすらすらとあらすじを黒板に書き、生徒達に説明していく。

「ある日、鳥の王様を決めることになりました。黒くて醜いカラスは、他の美しい鳥達の羽を自分に差し、自分を美しく見せようとしました。結局その美しさは偽物、他の鳥たちに羽を引き抜かれ、当然の如く王様にはなれませんでした……というお話ですね」

 生徒達は教師の話を真剣に聞いていた。

「ここで本題です。ここに、改名届があります。これを渡部さんに差し上げます」

「えっ……」

「さあ、みんなで渡部さんにぴったりな名前を考えましょう!」

 教師は笑顔だった。生徒達も、一人を除いて笑顔になった。

「カラスにしよう!」

「あのっ」

「一票」

「カラスにしましょうよ、渡部さんの名前」

「わ、私っ……そんな名前……」

「二票目が入りましたね」

「カラスがいいと思います」

「嫌です、そんなの、カラスなんて」

「三票」

「カラス!」

「そんな」

「四票」

「カラス!」

「ごめんなさい……ごめんなさいっ!」

「五票」

 黒板にチョークで書かれた正の字が、一つできた。

「カラス!」

「ひっ」

「六票」

「カラス!」

「お願い、やめて、やめてみんな」

「七票」

「カラス!」

「あ……あああ……」

「八票」

「カラス!」

「いやああぁっ!」

「九票……これで、皆さんの意見が集まりました。そして、先生も皆さんと同じ意見なので……これで、十人ですね」

 黒板には二つの正の字がしっかりと書かれていた。全員が賞味期限血の暗黒龍愛天使エミリアオムハヤシ苺愛栖栗夢○薔薇女王和衣留奴角川の机に集まり、それぞれ自分の名前を署名する。

 賞味期限血の暗黒龍愛天使エミリアオムハヤシ苺愛栖栗夢○薔薇女王和衣留奴角川は泣き出した。そして鉛筆を無理矢理握らされ、周りにどやされ、改名届に無理矢理名前を書かされた。それは教師によって提出された。

 次の日にはもう、彼女の名前はカラスになっていた。


それから数日もしないうちに、また戸籍法が改定された。名前を変更することは理に適っておらず、また変更を希望する者はあまりいない現状があった為、現在の名前を最後に全ての国民は名前を変更することを禁じられた。

カラスは、永久にカラスという名で呼ばれることになった。


END

最近のキラキラネームをみてると、私がおばあちゃんになる頃には

こんな感じになってるんじゃないか? と考えて書きました。

ちなみに虚飾で彩られたカラスというのは実在する童話です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 寿限無〜を思い出しました。 こういう、アリエナサソウナコト実しやかに描き出せるのが、「お話」の良い処ですね。 面白かったです。 灯火
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