それだけじゃない男
彼氏殿 匠さんと おでえと していたときのこと
視界の先に見掛けた男女に どちらともなく会話が止まった。
「困ってる、でいいんだよね?」
匠さんのお兄さんの彼女さんが、ナンパ男に絡まれてた。
なにやってんだろ。
「バシッと断ればいいのに。」と言ったのは私。
「断れない事情があるんじゃないかな」と言ったのは匠さん。
…そういうもんか…
大人になると色々複雑だよね、
利害やら変な欲やら絡むからさ…立ち回りも変わってくる。
とは言え。
こっちも見ていて 気分が良いものではないので。
「あー 義姉さんだー 」
わざとらしく声を掛けて ナンパ男を邪魔してやった。
ナンパ男には、
「どこかでお会いした事、有りましたよね?どこでしたっけ…?
ごめんなさい、お名前が出て来ないんですけど、お会いした気がするの。」
さも、無邪気 故に邪険に出来ない面倒くさいタイプを熱演して ナンパ男を笑顔でガン見した。
驚いたナンパ男は、笑顔が一瞬引き吊っている…まあ そうであろうよ。突拍子もないことをした自覚はあるよ? 悟らせないけど。
念のため、義姉さんもみた。
じっくりみても、変に目を反らしたりしない。
ほぉう?
疚しい感情は無し、ってわけね。よし、浮気ではないな。
あたしね、
ナンパ男くらい、パシッと断れないだらしない女、ホントは大嫌いなの。
だけど…
匠さんの身内の関係者割引適用よ。
助けてやろうじゃないの。
驚いたまんまのチャラ男を一瞥しながら 遠慮なく話を続けた。
「ごめんなさい、お人違いだったかしら?
私、こちらとは 義理の姉妹で。
ウチのダーリンのお兄ぃさまの奥さんなの。」
あのね、
この人 相手がいる人だからね。まだ結婚してないけど。
手を出しちゃダメだからね。
笑顔で脅してやった。
見るからに 顔の良さに任せて悪さしたんだろう下衆のクズ臭さに 笑いが込み上げる。
ほんっと、自分の意思で断れないオンナに漬け込む弱いもの苛めなオトコも、セットで大っ嫌いなのよね。
一瞬で浮かんだ追い討ち作戦を、出来るだけ無邪気の悪気ない顔を装って始めた。
「今、ご家族連れじゃないんですか?」
近くに奥さんいるなら、引き取って頂くし、
お子さんいるなら、ママにチクッて頂くまで。
もちろん 逃がしてあげるけど、無様な後ろ姿で逃げて頂かないとね。
あたしが 面白くない。
「いやあの」
はい、どもったー!
度胸無さすぎー つまんなーい!
もうちょっと 根性見せてよ。
悪さするなら、もっと 清々しくやろう。
敵ながらアッパレ的に。
つまらん。
不意に後ろから苦笑いの気配が聞こえた時だった。
「アイちゃん、引き留めちゃ悪いよ。
義姉さんも、これから家の事あるだろうし。」
匠さんが颯爽と会話に入ってきた…しかも、カンペキなアングルで。
振り向けば、
数段格上のイケ面に この世の不公平を感じさせるイケメンvoice。
トドメは、百戦錬磨を思わせるイケメンスマイル。
ちょっとゾクッとした。
…この人、絶対 分かってて楽しんでる…
「困らせちゃダメだよ?」
私に言ってるようにみせて、目の前のクズ男に一瞥するその顔!!
お主も 悪よのう。
「お人違いの方、さようなら。」
義姉さんをさりげなく 無関係の方へ導いて クズ男から離した。
もう 私の興味は違う方向に向いていた。
あのね、さっきちょっと ショックだったんだよね。
あの一瞬は気が付かないように 心へ蓋をしていたんだけど…
匠さんがノッてくれたこと。
自分のスペックを自覚していること。
使い道を理解していること。
…そうだよね、匠さん…だもん。
ウィットに富んでて カッコよくて オシャレで…
…おかしいな
何で こんな 惨めで不安な気持ちになるんだろう。
天罰かな。
ズブズブと 反省会という物思いに 沈み掛けていたときだった。
「アイさん、助かりました。有り難うございました。」
義姉さんから声を掛けられた。
「… 仁さんの患者様でしたので、あまり邪険にも出来なくて。」
やっぱり、事情があったんだ。
セクハラというか パワハラというか。嫌な患者もいるんだね。
「兄貴、知ってるの?」
匠さんが聞くと、義姉さんは すぐに頷いて答えた。
「はい。他の患者様からの紹介で通院なさってる方なので、ご紹介者様の立場もあるんです。
仁さん自身は、その…上手に出来るんですけど…でも、私は、そういうところが下手なので。」
「客商売の辛いところだねえ」
匠さんは笑って続けた。
「悩むぐらいなら、兄貴に相談しなね?兄貴が最終的には決着つけることだし。」
それは暗に…次は助けない。そう言いたげな含みを響かせていた。
義姉さんと別れ、歩きながら 悶々と悩むことがまた一つ。
「モテる彼女、羨ましい?」
見るからに『ざ!保育園の先生!』って感じに可愛らしい義姉さん。
そりゃ、一人で歩いてたら ここぞとナンパもされるんだろうな。
…私は…
ナンパされたこと自体がない。
女のスペックとして ソソるもの無しと言われてるみたいで、自分が哀れに思えてくる。
彼氏としても「声を掛けたくなる」位の存在の方が…嬉しいで…しょ?
ふと匠さんが手を繋いでくれて「あのね」と話始めた。
「義姉さんが兄貴と結婚するなら、『医院長の妻』になる訳でしょ?頑張って『そういう事』も馴れて貰わないと。
そこはしっかりして欲しいんだ、義姉さんにも…兄貴にも。
でも、アイちゃんは、いつでも大きく立ち回る事が出来るでしょ?
身内にとって どっちが頼もしい?」
み、身内にとって!!!
それって、恋人より先を考えてくれてる…でいいんだよね?
「アイちゃんは 悪巧みには向いてないけど、立ち向かう姿は可愛いよ?
ツメが甘かったり、無謀だったりするけど、その辺りはオレに任せて好きに暴れな?」
見上げた顔は、どこまでも爽やかだった。
そして…それだけじゃない男の人の顔だった。
「ところで?
兄貴の彼女を、義姉さんって呼んでるってことは、つまり オレの嫁さんになってくれるって事で。」
ニヤニヤ笑う匠さんがいる。
え?え?ええっ?
真っ赤になって狼狽える私は、さっきの大芝居を思い出せないくらい動揺していた。
嫌じゃないけど、嫌じゃないけど!
あーもー
こーゆーの、受け流せない自分が いーやーー!!
人様の事、いえなーい!