『大人』への挑戦
あたしが思う「大人」の基準に「コミュニケーション能力」がある。
ウマがあわなかろーが 円満に事を進める能力ってことね。
我ながら、大事ってのは分かってるんだけどさー
大人になりきれない権田 藍、アラサーです。
彼氏殿のおにーさま のお宅へ遊びに行った時のこと。
「…保育士さん。多分、人気の認可保育園。」
あー またやっちゃった。
彼氏殿 匠さんのおにーさまの彼女 「ユウコさん」が いらしたの。
で、舐めるように「(ほー これが、カノジョさんですかー)」しげしげと眺めていた時、ウッカリ そんな事を口走っていた…
みるからに、優しそうで 簡単には怒らなそうな…可愛らしい感じの人。もっといえば、世間ずれしてない純粋培養で、浮世離れした年齢不詳感。
そんな人相手に、ほぼ前振り無しに 職業をボソッと言っちゃったもんだから。
「え? に、人気の認可??」
おねーさん、ドン引き。
免疫のない一般人…むしろ「普段は先生と呼ばれる職業の方」だもんね、そりゃ 驚くでしょうよ。そんな灰汁の強い保護者も居ないだろうし。
これをみていた匠さん爆笑。おにーさま 失笑。
「全問正解。…アイちゃん、安定して凄いね。パーフェクトペースじゃん!」
それは、間違えた時は、没シュートとかあるんでしょうか?
それより、おにーさま 怯え顔のおねーさんのフォローは頼みます…ごめんねえ。
嗚呼、やっちまった。
おねーさん、怯えすぎですが、むしろ、怯えさせてすみません。
匠さんが、「でた、いつもの!」と笑いながら言う。
「ユウコさん、この人…派遣会社のコーディネーターやってるんだ。
少し話しただけで、職業当てられる特技があるんだよ。
兄貴も当てたしね?」
あっけらかんと私の紹介を手短にしてくれて
「…30分経たずにな。」
匠さんのおにーさまが 合いの手のように応じた。
ちなみに、おにーさまは、簡単すぎでしたけどね。
おにーさまのカノジョ ユウコさん…もとい おねーさんは
「あ、はあ…そ、そうなんですか…」
はい ドン引き、続行中~!
どんより私も暗い中、匠さんが笑った。
「儀式みたいなモンだから。…お近づきになりたい人だけ限定、アイちゃん流の挨拶。」
ね?
匠さんが、天真爛漫に笑う
…取り繕ってくれるんだ。
匠さんの場を取り繕ってくれる気遣いには、本当に救われる…
こういうコミュニケーション能力って、大事だよね…
皆がホッとする。
軌道修正に困ってた私も、これで冷静なって話が出来る。
匠さんの…足、引っ張っちゃだめだ。落ち着いて話そう。
「驚かせてすみません。
でも、教育関係者って素敵だと思うんです。…お知り合いになれて、嬉しいです。」
こんな言い方で、許して貰えるかしら?
でも、なぁ~んかなあ?
おねーさんって どーみても 仕事に心血注いでるより 違うほーに 情熱傾けてるタイプに見えるのよね。
…いうなれば、つい最近まで苛められッコで ようやく立ち直ってきたというか。
こんな感じの人、絶対に1部署に1人はいるでしょ?
ダメよ、アイ!
思っても顔に出してはダメ!
さっき、気を付けようって 決意したばかりじゃない!
人には、必ず 誰よりも秀でてる部分があるはず!
「教育関係者の中でも、保育園の先生って、女子力高くて すっごく尊敬しています。優しくて絵が上手くて、ピアノが弾けて、工作出来て…
もはや 神です!私の中では!!」
そう、アイ!貴女には無いものを この方は持ってらっしゃるの!
ちゃんと敬って!!!
「あ、まあ あの…」
よっしゃ!
ちょっと心、許してくれた!!
安心したところだった。
手元のケータイが鳴っているので、みると 客先に常駐している後輩からの電話だった。
「はい、権田でーす。」
電話に出ながら、加藤兄弟に「ごめんなさい、ちょっと電話してきます。」と告げ、ベランダに出た。
話は…うわ、面倒くせー
「え?何でそんなに放置したの?」
倉庫作業へ新規入職させた作業員の勤怠が良くないんだって。
で、ふと気が付いたら 社会保険料の天引きすら出来ないほど欠勤続き。…ほぼ働いてない。
はあ。どっから叱ろうかしら。
「社会保険料、足りないって気付く前に、何で 欠勤続きに気が付かなかったん?ケアはしたの?」
まあ…敗因は話したから、次は…まずは目の前の問題を片付けようか。
「残念なお知らせよ。
社保の加入月初は、絶対に取り消しが効かないの。」
本来、社会保険は、遡っての喪失も加入も可能だ。
例えば、月初3日目とかで音信不通になり、無断欠勤のまま退職したとしても、遡って喪失を掛ければ、会社折半分と本人折半分の社会保険料は両方 掛からない。
(その場合は、国民健康保険に入ってね!)
が、しかし。
初月だけは、それが適応されない。
バッくれようが、支払いは発生する。
「本人の家に行ってでも、社会保険料の回収だよ。これ、ひっくり返せないから。」
後輩が絶句し、言い訳をいう。その謝る姿勢のなさに私は、ブチ切れた。
「てめぇの給料、誰が稼いでくれてると思ってんだ!
現場で汗水垂らして、眠い目こすって 作業してくれてるスタッフさん達の労働時間なんだよ!
欠勤つづいたら『大丈夫?』が何で出てこねぇんだよ!?
仕事の本質、舐めてんじゃねえ!」
可愛くない後輩は、響くどころか ウニャウニャ言ってるから。
「借金取りみたいだぁ?良く分かってるじゃない。その通りよ。
今、本社折半分、本人折半分を 営業所が全額借金してる状態。
意地でも回収!
朝駆け夜討ち!さあ 今夜から行ってこい!」
まあ、近隣からクレーム起こしたら 初めて許してくれるとかいうウチの会社のスタンスも、社会通念上、どうなんだと思うけど。
なんちゅうか、ウチの会社自体がブラックだからねえ。
はぁ、しゃあない。
滞留債権管理計画書作るか…判子は、お前の判子だからな!
やれやれと ベランダから戻ると…
「相変わらずハードな仕事してるねー」
爆笑の匠さん
失笑のおにーさま
今度こそ怯えてるおねーさん。
はっ!
今の会話を聞かれた!?
まさか、全部 聞かれた!?
いや、あの…仕事なんですけど…
はあ、まあ…今の電話は怖いよね。
…円満な付き合いは 程遠いか…トホホ
わたしはまた、自己嫌悪に陥ったのであった。