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おにーさま

「うっは。うまそー」と言いかけて、その言葉を飲み込んだ。

 今、この目の前に、これ以上はない理想の大胸筋と上腕二頭筋がいてね!!!

 あたしは、鼻血が出そうなほど興奮はあはあしていた!!!


 毎度、恋愛偏差値 平均割れのアラサー女子

 権田ごんだ あいです!こんばんわ!


 実は、あたし…筋肉フェチでして。

 ガチでアマチュア競泳をやっている中で、夜な夜なジムのプールサイドで 男性の筋肉まっするをみては、内心 ドキドキしてるという、結構ひとにいえないな趣味を持ってまして。



「だから、兄貴に会わせたくなかったんだ。」

 隣から呟く声がして、はっ!と我に返る。

 アカンアカン。


「初めまして。弟がお世話になっています。」

 にっこり笑う目の前の素晴らしき筋肉様…あ、間違えた。

「兄のじんです。」

 彼氏殿こと 加藤 匠さんの おにーさま 加藤 仁さん が微笑んだ。




 話は簡単。

 愛すべき彼氏殿の家にお邪魔していたら、急に「今日ね、俺の兄貴が遊びに来るんだ」と伝えられ…へ?と思っていたさなか、現れた方がこの「お筋肉様」。


 加藤さんのお兄様だから、さぞ ハイソな今時オシャレメンズなんだろうと、一生懸命 面の皮を被り直して警戒していたのよ。

 がしかし、実際は その斜め上をいっていた。


 質実剛健、物腰が穏やかで、なにかと男の色気までも漂う大人のお筋肉様。

 こりゃあ、水着になったとき、一番下の腹斜筋から下に向かうラインが…ゲフンゲフン。


 でもね、哀しき性かな、仕事中毒の私は 理性よりも早く職業病が目覚めてねー


「…医療関係のお仕事なさってます?…ご経営にも携わってらっしゃる立場で。」


 胸鎖乳突筋くびのきんきくが、見事に太い。…学生時代は、雰囲気からして九分九厘、柔道だな。話し方は「先生」的…民間のサラリーマンっぽくない。だけど、サラリーマンとの接点はある口振り。てことは?


「…柔道整復師せっこついんのせんせいさんですよね?」


 私、仕事が派遣会社のコーディネーターなの。

 ついついやってしまう、話してる相手の仕事とか過去とかを探っては、マッチングを考える哀しき職業病。


 うっかり言ってしまってから、実に後悔。この会話…女子力の欠片もない…彼氏のおにーさま相手にやる話?

 会話をどう軌道修正しようか本気で悩む羽目に陥った。


 匠さん、ごめーん。嫌な思いさせたかもー

 やっぱり、私に「女子」を求めないで…


 すると

「すごいな、アイちゃん。俺、一言も言ってないのに。」

 おにーさまが、この怪しさ満点の小娘相手に感嘆した。

 いや、感嘆もなにも簡単ですよ、おにーさまの場合。

「全部正解。接骨院で院長してるよ。」

 はあ、やっちまった。

「お話のなさり方と…体格と手のひらで何となく分かりました。あとは、雰囲気かな?」

 種明かしに、おにーさまが目を細めて笑う。

「アイちゃん、凄いね。」

 あくまで大人の男性の微笑みを迎える筋肉様…間違えた、おにーさま。


 うっは、落ち込んでても、その三角筋かたのにんにくは 眩しい。

 脱がせてその筋肉を酒の肴に 語り合いたいですな!


 …待って、ゴンダアイ!

 冷静になるのよ!気持ちの持ち直し方がおかしいわ!

 暴走するあたしを、理性が必死に引き留める。


「いいコと付き合えて良かったな、匠。」

 ブシュ~ 陥落~

 おにーさま、そんな御優しい事を言ってくださるの!? この我ながらどうかと思う小娘に!


 素敵!!!

 是非、僧帽筋せなかのきんにく大円筋わきのしたを見せてください!

 そんな事は勿論言えないので、黙っていたけど。


 にこやかに笑い、話を色々してくれるおにーさま相手に、いつしか、彼氏殿 加藤 匠さんが 不機嫌を隠さなくなっていた。


「もー 兄貴とアイちゃん、会わせなーい」


 …もしかして、妬いてくれてる?

 ヤキモチに喜ぶ歳ではないけど、でも…なんか フツフツと浮かぶ感情がある。


 だってね?

 なんか…いつも 匠さんに 圧倒される事が多くて、もはや 劣等感に潰されそうだった。ただただ 不安でしかなかった…こんなアタシでいいの?って。


 今日だって、オシャレなコーヒーメーカーが作り出す 抹茶豆乳ラテで もてなされたと思ったら、和食のカフェご飯顔負けのランチが用意され。

「夕飯は、イタ飯だけどいい? 美味しい夏野菜マリネのレシピ見つけたんだ!一緒に食べようよ」至れり尽くせりで用意され。


 でも、なんか安心した。

「兄貴とアイちゃん会わせなーい」っていう嫉妬を聞いて。


 それって…

 それぐらい、私にご執着してくれてるってことだよね?

 そんな、俗っぽい一面があるって事だよね?


 嬉しくて、なんだか やっと 加藤さんが身近に思えた。


「ウマが合って、互いのどっかに憧れて、初めて恋愛が成立する…もんじゃない? 一目惚れなんか、きっと天文台的な確率だよ。

 心配することないんだけどなあ?」


 ね?そういうモンでしょ?

 と お筋肉様…いや失敬、仁さんを みやると、穏やかに笑い返してくれた。

 同意見って思っていいわね?おにーさま?


 それに…

 正直、おにーさま は いい友達でいたいタイプ。

 知的さと穏やかさは素敵だけど、それって フツー。いつか、退屈する。

 私は、一緒に過ごして、刺激になる相手たくみさんの方が 長くて深い付き合いをしたい。


「だそうだ。匠、よかったな?」


 彼氏殿こと加藤さんは、読めない表情のまま自分の兄みると

「…兄貴は、カッコいいから簡単に言えるんだよ。」呟いた。

「ブンむくれてる場合か?鍋の様子…見てこい。そろそろ、見た方がいいぞ?」

 動じないおにーさまは、クスっと大人の笑みを浮かべると、煮込み料理中の台所へ弟を上手に追いたてた。


 何だかんだで 仲のいい兄弟なんだね…

  微笑ましくみていると、おにーさまがおもむろに話し始めた。


「弟を宜しく。

 身内ながら、オススメだよ。」

 ふふっと笑う顔が、あくまで落ち着いていて柔らかい。


「仲…いいんですね。」

 思ったままをいうと


「そうだね、うちは…父子家庭でね。母は、匠が4歳の時に亡くなったんだ。兄弟で…俺の上に兄貴が2人いるんだけど…『匠を皆で育てよう』ってやってきたから。…仲はいいかもしれない。」


 おにーさまがおもむろに、グラスへビールを注いでくれた。

 それはまるで…仲を認めて貰った盃を受けているような気分で。

 もしかしたら、実際そうなのかもしれない…


「見ての通りの性格なんで、女子力とかご期待には添えないですけどね。折角のご縁…嬉しいです。いいお付き合いさせていただこうって、思ってます。」


 おにーさまのグラスへビールを注ぐと、おにーさまが「ありがとう」というと、話し始めた。


「家族としての匠しか知らないけど、アイちゃんに会って、やっぱり 匠は匠なんだなと思ったよ。」

 どーいうこ…あぁ、そういうことか。


 末っ子で、兄弟皆に愛されて育ってきた反面、今みたいに 兄弟にイジられ…ちょっと兄へコンプレックスがあったりして。


 匠さんが無意識に求めてきた像に、たまたま私は近かったんだね。

 基本スキルが自分より高すぎず、いつも 手放しで褒めてくれる存在。

 そして…


「アイちゃん、突然、自分の彼氏の兄が現れても緊張しないんだね。

 俺がくるのを言ってなかった匠には まあ、もう驚かないけど、アイちゃんに困る素振りが出ないから、俺もホッとした。」


 これは、仕事で培った度胸だ。特に対人関係。

 むしろ、筋肉で興奮した余裕は…見逃してほしい。


うちの彼女だと、たぶん…こうはいかない。」

 おにーさまは、笑うと グラスに口を付けた。


 匠さん、

 そっか、私の事 そういうトコも好きでいてくれてるんだ。

 今まで 人生もがいて培ってきた「あたし」を好きでいてくれるんだ。


 ありがと、うれしい。

 私のそのまんまの存在を好きでいてくれてるって、うれしい…




 そうこうしているうちに、加藤さんが帰ってきた。

「兄貴、アイちゃんに変なことしたら、ユウコさんにチクるからね?」

 へー、ユウコさんっていうんだ。


「…それは困るな。でも、信用しろよ?自分の彼女は。」

 仲、いいなあ。

 全く動じないおにーさまの余裕に、面食らった顔の弟。

 兄弟っていつまで経っても兄弟なんだなあ。


「もー、分かってるって…」

 匠さんが、今度こそ 困ったようにため息をついて、仁さんがまた笑った。




 おにーさまが、帰り支度を始めた時だった。

「アイちゃん」

「はい。」

「…アイちゃんは、軽度の大豆アレルギーかもね。プロテインとかアミノ酸のサプリメントは、濃いから、トレーニング後は 三食の食事で賄ってね?

 筋弛緩剤の常用は、勧めない。」

 え?

 ニヤリと笑うおにーさま。

水泳すいまーでしょ?それも、中長距離系。肩を見れば判る。走って体幹鍛えてごらん、肩と首の負担が減るよ。

 それと、多分…視力に左右差あるでしょ?メガネとかコンタクトで補正すれば、頭痛も軽減出来ると思う。」


「ひえ??」

 絶句しかない。

 匠さん、話した?

「俺も、アイちゃんと一緒でね、相手の身体の使い方で日常生活を想像するのが ほぼ職業病。」


 あ~ら、結構なご趣味をお持ちなようで。

 でも、おにーさま 背後、お気を付けになって??


「あーにーきー!

 そーいう目で アイちゃん診ないで~」


 楽しくなってきた展開に、私は笑った。

 すっごく…これから楽しみ!


 温くなったビールを飲み干して、私はまた 笑ったのであった。

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