積み重ねてきたあたし。
うー アタマ痛い…
あたしは、必死に表情を取り繕いながら、呼吸のたびに頭のなかで脈打つ頭痛と戦っていた。
アタシの頭痛は、学生時代からの長い長い付き合いだ。
…はぁ、だめだ。痛すぎて 言葉が続かない。辛すぎる。だめだ、薬に頼ろう…
頭痛のピークは、素敵な我が彼氏くん 加藤さんと会っていた時だった。
ウチの彼氏くんは、笑顔が絶えない。いろんな笑顔があるけど、中でも ふふ、っと 軽やかに口角が上がってるような爽やかさ満点のが、一番素敵と思う。
でも、その笑顔、今だけは…罪悪感が生まれてくるだけに、途方もなく困っていた。
はあ…頭痛に蝕まれたあたし。ごめんねえ、せっかくのデート中なのに、具合悪くて。
相手の笑顔に罪はない。でも、ヘバった体には、元気な男の笑顔は 眩しすぎてねえ。自分がついていけないから、変に気を使って身体がますますヘバっていく。
「アイちゃん、それでね」
目の前の男は、それはもう 明るく話し続けているけど、こっちは 表情作るので必死。
こういうのってさ、むしろ女たるもの笑顔は、作ってでも守らなきゃダメだよね、。だって女の価値は 愛想だ!愛嬌だ!キープしてナンボ。
あたしは薬とともに、負けそうな心をこっそり飲み込んだ。
薬の効果が出るまであと…40分… 耐えてくれ、頑張り抜いてくれ…
念のため、別の薬も飲んでおこうかな…ちらっと とっておきの薬を思い出していた時だった。
「アイちゃん、どっか悪いの?」
目の前の彼氏くんは、残念ながら異変に気がついてしまわれたみたいで。
「あー、ちょっと頭痛持ちでね…」
まぁ、チョットじゃないんだけど。今は、ごまかすのが最優先。
「今、ちょっと頭痛薬飲んだんだけどね? 大体 30分位で効き始めるから、そのころには何時になっちゃうんだろうなーって時計見たの」
軽く言うけど、今だって、バクバクと目の奥が血脈と一緒に締め付けるようにアタマが痛い。痛すぎて、吐き気がしてきた…
でもやっぱりここは、目の前の男を心配させたくない…
我ながら こんなコンディションでも笑ってみせるあたしってば、それなりに役者だなと頭の片隅で感心しつつ、実際のトコロは 心の中で「ホントは ただの頭痛薬じゃなくて…筋弛緩剤なんだけどね…」と呟く
本来、頭痛自体、原因が数種類に分かれるんだけど、あたしの場合は その殆どが凝りからきている。原因が分かってるだけに、
哀しいくらい、ガチガチになってしまった肩・首・腰のコリには、筋弛緩剤の方が手っ取り早い。頭痛薬は、痛みをぼかすだけに対して、筋弛緩剤は、筋肉そのものを弛めてくれる…
頼む。早く効いて。
思考回路の半分を祈りに回していた時だった。
「アイちゃん、もしかして飲みなれてる?」
彼氏くんこと 加藤さんが首を傾げた。
「そうなのよ。でも、大丈夫」
あちゃーバレてもうた。でも大丈夫、大丈夫ってば。心配しないで、薬飲んだから。むしろ、見逃して。薬、そのうち効いてくるから。
子供の頃から痛かったの。
骨格とか姿勢とか、体質とか。色々調べてだいぶ原因は分かってきたけど、やっぱり 予防は出来ても解消は程遠くて。
今だって、次の手段に備えて、他にもいろんな薬持ってる。
さっきの筋弛緩剤もそうだし、過度の緊張状態にも耐えられるよう精神安定剤もどきとか。
依存症って思われそうだけど、持病と戦ってきた、これは、あたしの隠れた闘病記。
加藤さんが不意に言った。
「アイちゃん、あそこ…空いてるから座ろうか?」
駅ビルにあるちょっとフカフカなソファを指差して、加藤さんがニコッと笑う。
「ハンドマッサージしてあげる。俺、上手いよ?」
ハンドマッサージ??
加藤さんは、わたしを座らせると自分のバックからおもむろにハンドクリームを出した。
見たことないな、そのハンドクリーム。まるで、ホームセンターの接着剤みたいにシンプルな金属チューブ入り。
「いい匂いでしょ?コレ、俺のお気入り。」
外国製なのかな、トロッとした白いジェルが出てきて…ラベンダーだ…の香りが広がった。
「しっとりするのに、べとつかないよ??」
指の側に置かれたチューブには、英語か…フランス語か… ブランド名のそばには、小さく成分表があるけど、生憎いまそれを読もうという気は起きない。だって。
「痛かったら言って?」
そう切り出されて始まったマッサージは、力加減絶妙。言わなくても、イタ気持ちいい箇所をグリグリと押してくれる。あぁ気持ちいい… このままたゆたってたい…
「加藤さん、すごいね。説明しなくても分かってくれるとかって、本当に腕のいい先生になれそう」
素直に誉め言葉がでた。頭痛は簡単に消えないけど、心の凝りは ほぐれそうな気分なんだもん。
「そう?」
加藤さんは、ニヤっと笑う。
「アイちゃん、もうちょっと痛いと思うけど…我慢してね」
そして押されたのは、肘の手前の内側。…うわっ! 最初は我慢できたけど、これは痛いぞ?でも…ううっ、我慢していれば効きそう…
しばらく我慢しながら 腕を預けていた時だった。
「アイちゃん、いまの薬…病院で貰ってる薬でしょ?」
加藤さんは、うつむいたままマッサージを続けながら不意に切り出した。
「病院のっていうか…」
バレてぇら。
実はこれ、なじみの形成外科さんで処方してもらってる筋弛緩剤。市販薬よりも安くて強力なのを処方してくれるから…助かってたんだけど、一瞬で見抜かれると思わなかった。
「俺も学生時代は運動部だったから、分かるんだ。アイちゃんも運動部でしょ?」
わお、ご名答。水泳部でした。そして、今も アマチュアの水泳大会に出てますとも。でもそこは、暑苦しいスポコン女なのは隠したくて。
「加藤さんも運動やってたの?」
話を逸らしたつもりなんだけど。
「俺の話はいいでしょ、今は。」
笑っていなされてしまった。
加藤さんは、微笑んで続ける。
「アイちゃん、肩凝り過ごそうだもんね」
「ハイ、ご診察のとおりデス」
「普段の仕草みてて分かったよ、こりゃ…」
不意に、加藤さんは、腕に親指をめり込ませてきた。
「ウギャ!」
勝手に変な声が出た。
「ごめんごめん、もうやらない」
加藤さんは、お詫びとばかりに 優しくさすってくれる
「アイちゃん、いつも力み過ぎなんだ。」
あー、言われたことしょっちゅうある!
「肩肘、張り過ぎってこと?」
言わなくても自覚してるわよ、日常生活も、頑張りすぎて 疲れ切ってるって感じのOLライフです。えぇ。
「んー、それとも違うかなー?」
あれ?違うの?? 加藤さんは、言葉を選びながら話し続ける。
「パワーが…空回りしてるって感じ?」
その一言に、一瞬 身構えた。
なんか、日常生活の中で似たよーな言葉を言われたことがアリマスヨ。
胸張って言える事じゃないけど…
人生、結構 やる気に満ちあふれてる割には、それでも 空回りする。
そんな事が実は、かなりある…だから、耳が若干イタい
「アイちゃんは、元々の姿勢が…気持ち…前のめり過ぎるんだよね。」
加藤さんがマッサージの手を緩めた。そして
「悪いとは言わないんだけど、クセが強いから、パワーの出し方も 無理があるというか…不自然な負担を生みやすいんだ。」
わたしの後ろに立つと、背筋をさすったり、肩の体温を測ったりと 新しいマッサージが始まった。
「ねえ、それって。」
あたしには、妙に耳が痛く響いている。
「なあに?」
無自覚なんだ…加藤さん。
「日頃の行いを言われてるみたい。」
ポンポンと刺さる言葉が続いてる気がする…
『元々の姿勢が…気持ち…前のめり過ぎるんだよね。』なんて、あたしの日常生活そのまんまじゃない。
あたしは、ナニをするにも、元気と気合いが一番!で進んできた。
正直、細かく考えるのは苦手だから、いつだって力任せのパワー技も確かに多かった。
その顛末がこんだけ身体が痛くなるワケだし、それって全く褒められてないような?
「『日頃の行い』って言い方いいね。なんか、明治大正昭和の香りがして…俺、気に入ったな。」
加藤さん、話、反らしましたね?
あたしは、ちょっと恨めしくなって、当たり障り無くぼかしながら呻いた。
「アイちゃんは、力の出し方が チョットだけ違うんだよね。本当はね…」
マッサージはゆるゆると続きながら、講座は進んでいく。
なんだか、ヤッパリさっきから あたしには『…君の生き方全部が空回りしている』って、言われている…な気分だよ。考えすぎかな。
ガムシャラに頑張って、こんなに身体をパンパンに酷使して。
それなのに、「力の出し方が違う」とか言われちゃう。
バッカみたい、虚しいっていうのか 哀しいっていうのか。
かといって 口にすれば、加藤さんのことだから
「やだな、そんなつもりで言ったんじゃないってば。」とか、言うと思うんだよね。
いや、きっと 本当に他意はないと思うんだけど…でも、結局そういうことだよね??
「腕力って、肩を使うって思うでしょ?背中とお腹の筋肉も使うんだよ。人の身体は、色んな部位が連携し合って動いてるんだ。一つの筋肉だけ使ってたら摩耗しちゃうからね…」
そういって、背中とか背筋をさするように、マッサージは続いていく。
「アイちゃんさ?」
なあに?
「腕をだらーんとして、楽に前を向けばいいんだよ。『姿勢を正す』とか言うと おカタい感じになっちゃうじゃん?でも、同じ事だから。」
「力を抜く…」
そんなこと、いまさら 色んな接骨院の先生から言われてきたけど、出来てたら頭痛持ちなんかになってないってば。返事に困って「うー」と唸るしかないあたし…そんなサマを見て、加藤さんはふふふっと笑った。
「アイちゃん、また肩…固くなったよ?」
肩をじんわりさすられながら、加藤さんが続ける。
「こういうのってね、今までの積み重ねだと思うんだ。これは、アイちゃんが辿ってきた跡。」
…そう言われたって、誇れるもんじゃないって。
「全力投球してきたんでしょ?背中がそういってる。だったら、作り変えるのだって アイちゃんなら出来るよ。」
生き方を全力投球で直すの?
「ストレッチしたり、身体を大事にして。気が付いた時だけでも違うから。」
こんな形で分かってくれる人、なかなか居なかった。
こんな形で気遣ってくれる人、出逢えなかった。
加藤さんが気にかけてくれるくらいだから。…あたし、自分で自分をもう少し見直そうかな。
ガチガチになった身体は、誇れないけど そこまで追い込んできた心は まだ赦せる。
だったら、その心と一緒に 身体と毎日を少しづつ…見守りなおそうかな。
加藤さん、ありがとう。労ってくれて。そして…
浮かぶ感情が言葉にならなくて ただシアワセなあったかい気持ちが広がる。
恋っていいな
支えてくれる人っていいな
大丈夫、あたし。
あたし、きっともっと…シアワセになれる
自分で自分をシアワセにすることには変わらないけど、シアワセになる方法を教えてくれる人がいるんだもん
大丈夫、あたし。
今までの身体を信じていけば、きっと…大丈夫。