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わたしのこと、好き?

 最近お付き合いが始まった彼氏君こと加藤さん。自分の中で 絶対!やりたくないって決めている事がある。

 それは、「あたしのこと、好き?」っていう 確認作業。


 だって、あたしだって、一応女子だもん。好き、だと思われてる実感が欲しい。でも…あの行為ほど、惨めで虚しいこともないと思うんだ。

 基本的に男って、めんどくさがりじゃない?「釣った魚に餌やらない」とか聞くし。聞いても返事すること自体が面倒くさがられて、その末にウザがられるってのも始末が悪い。

 だからきっと、やるだけ無駄。

 

 それに、自分がその恋に縋りついてるみたいで見苦しいし、なにより惨め。だったら、止めておこうって決めたの。

 決めたんだけど… 自分に自信もないし、加藤さんのこともまだよく知らないから…不安だけはグルグル渦巻いてるのよね…




 とあるお休みの日。加藤さんの家でノンビリとランチを作っていた時のこと。


 洗う、切るは、あたし。料理、味付けは、加藤さん。

 嫌いじゃないんだって、料理自体は。


 ふいに加藤さんが言う

「アイちゃん、なんか好きな音楽、掛けてよ」

 音楽?あら、ナンノコトカシラ?

「知ってるよ?ケータイにいろいろ入れてるんでしょ? 聴きたいな」

 あー バレてぇら。


 あたしね、ケータイを音楽プレイヤー代わりにしてるの。

 色々入ってまっせ。

 実用的なモノから、仕事関係、人には言いたくないコアな趣味とか。


 そりゃもう、入ってますけど…なんか… 緊張した。

 あたし、いま、試されてる気分。


 加藤さんって趣味が何かとイイんですよ。そんな御仁に、自分の趣味を教えるって、センスを査定されそうじゃん?


 …緊張するよ…もぅ。


 まあでも、ここは あたくし権田さんなので。


 いちおうね、当たり障りないプレイリストが、たぶん 1時間分くらいは入っている。なもんで、まあ…場を繋ぐ分にはいい、かな?


 あたしは、

「ん!わかったー」

 と、表向きは 軽く返事をしつつも、心の中では プレイリストのスタート位置を何回も確認していた。


 スタートの曲は、やっぱ掴みの一曲じゃない? ここは選びたいのよね。


 準備が出来たら、ケータイをこの家のコンポに繋いで。そして、再生ボタンを「ポチッとな」してみる。


 あたし的にはアリなセレクトなんだけどなあ。それでもやっぱりホント…ビミョーに緊張する。ほら、何度もくどいかもしれんけど、センス問われてるみたいで…緊張するのよ。


 多分だよ?多分だけどね?

 100歩甘く考えて 早々変な曲を掛けても加藤さんは、趣味のターゲットゾーンが広いから 笑わなそうなんだよね… 


 とはいえ、さあ。

 幾ら加藤さんとはいえさー

 ケータイの中のストックは、聴かれたくないコアな趣味の曲の方が案外多かったりするんだ。

 そこは絶対知られないよう、阻止しなきゃなあ…


 チラッと加藤さんを見ると、楽しそうに首をユラユラさせながら聞いていた。


「アイちゃん、いいね。俺、このチョイス好きだよ」


 おっ、掴みは上々。やっぱね。この曲は、オシャレだよね。


 今、再生してるプレイリストはね、ランニングする時に聞いているオリジナルセレクトなんですぅ。

 セレクトの基準は、テンポはもちろん モチベーション上げたいから、曲は基本的に 軽くてノリが良いもの。シャレたジャズだったり、洋楽テイストの強い曲だったり。


 CMだったり、テレビ番組のテーマ曲だったりで、そこそこ耳なじみのいい曲ばかり集めてるから、抵抗は無いはずなんだよね。


 まずまずの評価に安心して、あたしは 次のことを考え始めた。




 最近ね、褒め上手の加藤さんにも、褒め言葉の活用系があることが分かってきたの


同級 比較級 最上級ってまあ 語学の教科書みたいな羅列だけど、分類分けするならそんな感じなんだよね。


 同級は、「いいね!」

これは連発で良く聞くの。で、徐々にレア度が増していくんだけど…

 比較級は、「新しい!」「それ、アリだね!」

 自分が知らなかった世界とか価値観に触れられると、兎に角!嬉しい人みたい。なので、なかなか聞けない最上級ともなると…

「そうきたか。やるなあ!」「ソコ?!」

 奇想天外とか、斬新な発想だったりすると 大喜びするんだよね。

 意外性とか、新鮮味のあることとか…大好物みたい。


 簡単に言っちゃえば、新しもの好き。でも、古いけど古ぼけないモノも好き。

 感性が根っからオシャレに出来てる人みたいなんだよね。


 加藤さんの性格をもう一度確認しつつ ふと一安心の息を吐いた


 一安心しつつ、次の心配をしてしまうのが、あたしの悪い癖。…あともう少しで、ランペースで使ってるプレイリストになるな…


 さて、次なんだっけ?



 思い出せないまま、随分と時間が経った時だった。




「♪チャッチャカ チャカチャ チャッチャッ」

 とある曲の再生により、あたしの顔はみるみる血の気が引けていった。


 何故?

 何故この曲が 再生されてしまったのだ!


 コレは、某国民的有名お笑い番組のオープニング。面白いことを言うと座布団が貰える、スベると没収。日曜日の夕方5時半からやってる落語家6人による超長寿番組。


 あっちゃー

 これは、聞かれたくなかった…


 隣では、 

「ヤラレタ!そうくるか!」

 不意に加藤さんが、キッチンワゴンをバンバンと叩きながら笑い始めた。

「これって、アレだよね?」

 何かにもう、そのこみ上げる笑いたい衝動をぶつけたくて仕方ないって感じの笑い方。

「うん。アレですよ、アレ。」

 何でこんな曲入ってるんだって? 真面目な理由がちゃんとあるのよ。後で話すけど。

 あー ナンカの手違いだったんだろうけど、バレちまったもんはしょうがない。


「必要ナンデスヨ。この曲。

 ランニングするとき、この曲のテンポが丁度 BPM162かなんかで、ウォーミングアップのメトロノーム代わりに使えるの。」


 専門用語が並んだけど、加藤さんは意味が分かったらしい。BPMってのは、音楽のテンポを表す単位で、速いと数字も大きくなる。

 加藤さんは、まだ笑いながら聞いてきた。

「アイちゃん、走るの?」

 バレてハラハラのあたしの後ろで、コメディカルな某有名曲はまだまだ流れてる。

「現場入らなくて良いときは。…閑散期のうちに身体作っとかないと、繁忙期に死んじゃうし。」

 物流系人材派遣業に勤めてるあたしは、供給人員が足りないと自分が作業員で入る時がある。


 普段、事務職のあたしが現場に入るとなると…結構ガタがくるんだよね。

 なもんで、現場での立場もあるし、閑散期は 体重を絞りつつ持久力だけは落とさないようにトレーニングしている。


「へえ。…で、この曲?」

 加藤さんは、カラカラと笑う。

 あーもー 何とでも笑いなさいよ。

「丁度いいのよ、テンポも、インパクトも。暗くないし、ハッキリしてるから…実用性が高いの」

 ついつい暗くてキツい声になってるのは許して。…こっちも気まずいのよ… あー恥ずかしい!!


 加藤さんは、トーンダウンしたあたしを見ながら、爽やかに言った。


「いやー、やっぱ アイちゃんって大アリだわ。」

 あのー、ホントにそう思ってる?

「ヤラレタ!反則でしょ?」

 嬉しそうに笑ってる理由がアタシにはさっぱり分かりませんよ。

「いつも発想がフリーダムで 『そうきたか。』って思うこと、すごく多いんだよ、アイちゃんって。」

 …そんなん言われたって信じませんぜ?

 だって、普段 人を誉めるときは

 「いいね!」とか「新しい!」「それ、アリだね!」とかじゃん?

 今のが もし最上級なら、「そうきたか!」になるのにさ??違うんだもん。

 

 けど、加藤さんは「もう一回聞いてイイ?」リピート再生なんか始めちゃて。


「…ひさびさに聞いた。コレ。一回聞けば、耳に残ってテンポは確かに掴める。」

 なんか見てると、ふんふん。と軽くノリノリになってる。


 ねえ…

ホントに納得した顔?信じていいの?


 加藤さんは、身体はコンポに向けながら、顔だけがこっちを見つめて言った。

「俺、アイちゃんが思ってるよりも アイちゃんの事好きだよ?」


 うっ 疑う気満々なところを、このタイミングで、直球ストレートの愛の告白デスカ?


「今のはホントに『ヤラレタ』。

 散々、モノひっぱたいて笑ったりしてるから、悪い言い方に見えてるかも知れないけど、俺 ホントにこういう自由な思いつき…好きなんだ。」

 信じません。だってあたし、若干傷ついたんだもん。

「本当に笑いすぎだとは思うけど、お褒め頂いたみたいで、有り難いデスヨ」

 まあうん 信じてないけど、一応、言っとこう。


 すると加藤さんは、その前置きに すぐに表情が変わった。

「思いっきり笑って悪かったけど、マジでツボにきたんだ。アイちゃんって最高だよ」

「ウー ホントにそう思う?」

「うん。」

「なら、そう…思うことにする」

「是非そうして。俺、アイちゃんのもっと大好きな趣味、聞きたい。」

 とはいえね?

 ここでオダテられて乗るほど、あたし権田藍ごんだあいは 甘くないです。警戒は 続けますよ?

 

 でも、同じくアタマのいい加藤さんは ニッコリ笑う。

「アイちゃん、勘が良いから…人に合わせて流す曲選んじゃうでしょ? 俺、ソコは求めてないんだ。」

 それだけいうと、加藤さんは、今度は 身体をあたしに向き直して、改めたように言った。


「アイちゃん、隠さないで教えてよ。

 さっき、アイちゃんにまた『してヤラレタ』のが、俺、気持ちよかったんだ。」


 真剣に話す二人の隣では、鍋で煮ている豚肉と野菜の温かい匂いがしている。優しくリズムよくコトコトと続く鍋と水音のコンビネーションがが続いている。

 …この穏やかで 緩やかな空気の中、加藤さんは あたしを見守っているように…眼差しが降り注いでいる

 

 あーあ。

 この人は、どんだけ 人の心を開けるのが得意なんだろ。

 この人は、どんだけ 「好きだよ」を伝える言葉を持ってるんだろう。


 だったら観念しよう。信じてみよう。


「分かった。…ドン引いても ちゃんとこれからも 電話とメールは返事してね。」

 憎まれ口めいたことを言うだけ言ってはあるけど、きっと 受け入れてくれる気がする。

 この人なら、受け入れてくれるはず。



 そこから再生したのは、おおよそ 女子力とは相容れない外聞憚る曲ばかりで。

 でも、加藤さんもまた「あ、俺この曲知ってる」とか、普通になじんでしまってて。そこから何度も「いいね、この曲。」とか「後でデータ頂戴」とか「やべえ、コンピ版、出して欲しい」とか繰り返してた。


 なんか、短いやりとりだったけど、しみじみ思ったよ。

 「好き」って伝える言葉は、一つじゃないんだなって。

 俺は、君が好きだよ。ってフレーズ以外の言葉は、幾らでもある。


 いやね?

「好き」が一番分かりやすいけど、さ。

果たして「好き」って言葉が、その人にとって一番感情込められる言葉かどうかはワカンナイ。


 だから、加藤さんにとって「好き」は「いいね」で、

「大好きだよ」は「そうきたか」で。

 そして、もしかしたら…

「ずっと一緒にいよう」は、「ヤラレタ!」なんかもしれない


 これはきっと、加藤さんが教えてくれた、「好き」の言い回したち。


 やっぱり、「あたしのこと、好き?」なんて確認作業しなくても ふとした時に気持ちが散りばめられてる…いいんだ。これ以上不安になることはないもん。


 

 あたし、やっぱりこの恋踏み切って良かったかもしれない。

 

 ふわふわと 鍋から立ち上る素朴な香りとともに、あたしの気持ちも ナチュラルに甘くなっていく。

 そんな加藤さんに「いいね」って思ってるよ。

 加藤さんの愛情表現に沢山「そうきたか!」って思う。


 ねえねえ、加藤さん。

 これからもお互いに「ヤラレタ!」ってノックアウトされ続けようね。


 かき混ぜるたびに、新しい湯気が立ち上る鍋のスープのように あたしは気持ち新たにそんなことを思った


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