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ファイヤーキング  作者: はるきここ
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エピローグ

 瀬戸内の小さな島に移り、秋幸とのユニットでギャラリー&カフェ「ジェード」がオープンして一年が過ぎようとしていた。手探り状態は続いていたが、瞬く間に時間は過ぎ、夏から始まる芸術祭に向けて春先からプレスが島に押し寄せていた。メディアの中にはかつての仕事仲間がおり、僕は彼らにコーディネーターを依頼され、僕達のギャラリーを取り上げてもらうことを条件に時間が許す限り取材に付きあった。

秋幸は島の数少ない若者達とワールドカップ南アフリカ大会で盛り上がっていた。サッカー少年だった秋幸は、小学生の頃の対戦相手に日本代表がいるらしく、作品作りと日本代表の応援で寝不足が続いていた。

由果は結局僕から離れて行った。盛大なパーティーの後、振られたのだ。由果は僕がかつて進めたナレーターの養成所に通っていると言っていた。由果の中でも何かが始まっていた。僕のことなどどうでもよくなるほど、楽しそうだ。僕にまだ想いを寄せていると見せかけてわざわざ瀬戸内まで来てくれたが、そんなに甘くはなかった。完璧に失恋すると、想像していたよりずっと辛かったが、仕方ない。僕はなんらかの約束もできないし、自らの生き方を変えることはできないのだから。悔しいがみゆきに言われた通りとなった。そのみゆきも僕達の強い味方で、彼女の仕事を通じて芸術祭をサポートしてくれている。

 そして万里子。驚くべきことが起こった。万里子が結婚した。その相手はなんと亮介君。都会の洗練された女が田舎の漁師と結婚したのだ。あり得ない、最初はそう思った。いや、今だって思っている。誰もが「うそだろ?」と言った。万里子は漁師の嫁となったわけだが、漁師の漁の字も知らない都会育ちの万里子が、いつか僕の事を予想もつかない生き方をすると言っていた。しかし万里子こそ僕の想像をはるかに越えていた。亮介君は、孤独な男の一時的な感情の高ぶりで、刹那的な恋に舞い上がっているに違いない。万里子も孤独な男に同情し、海の男が一瞬だけ素敵に見えたに違いない。秋幸は「ほっとけよ」といつになく冷静だが、僕は二人を前にしてあえて辛辣な言葉を投げかけた。余計なお世話だし、無駄なことだと承知していたが、客観的に見て、どこからどう見ても上手く行きっこないと思ったのだ。育った環境をとやかく言うつもりはないが、あまりにも違い過ぎた。「万里子は、この地に何の思い入れもないし、都会でしか生きられない女だ、だから一時は良くてもそのうち必ず出て行くだろう」と。亮介君は「そんなことは覚悟している」と何度も僕の言葉をさえぎり聞く耳を貸さなかった。「中谷はそう言うと思ったわ。中谷だけじゃなくて、私達以外の誰もがそう言うと思う。だって、私が一番驚いてるんだもの」

万里子は、僕達のギャラリーの行く末を案じて、彼女の父親がスポンサーとしてギャラリーに参画することを計画し、説得した。心からありがたかったし、ひそかに期待もしていたが、僕達は当面自分達でやろうと決めた。自分達でやれるところを見せなければ、僕達の思い通りの継続は難しい。僕達は、万里子が味方だという事実がなにより心強い。でも、亮介君との結婚は別だ。知り合って間もない二人が電撃的に結婚したことで、僕はどちらかと言うと亮介君が心配だった。亮介くんがどうしようもなく傷つくことがあったら僕にも責任がある。しかし、なるようにしかならないとあきらめ、二人を見守ることにした。

現在万里子は高松大学の大学院で経営学を学んでいる。出来るだけ亮介君を助けようと頑張っているが、時間のある時は僕達のギャラリー&カフェを手伝ってくれている。カフェで提供している食材やビバレッジの仕入れと、経理を手伝ってくれているのだ。地域経済と経営が万里子の研究テーマで僕達のギャラリーはそのまま万里子の研究事例になっている。それを許している亮介君はどこまでも包容力がある。絶対に裏切れないと僕達は心から誓った。それにしても、ここ一年で森羅万象はめまぐるしく変わると実感している。


 中谷以上に私が驚いている。そして中谷が友人だとしても、人の恋愛に世話を焼き、苦言を呈する姿を見たことも今までに無いことだった。一年前のパーティーの夜はこんな風になるとは想像もしていなかった。私はパーティーの翌日東京に帰った。興奮していて、父に改めて私のプランを聞いてもらうつもりで羽田から直接父のオフィスに向かった。父は、私の意気込みとは裏腹に事業計画もまともに描けないギャラリーに出資する金はないと突っぱねた。確かに利益だけ見れば、いつ見込めるかもわからない状態で、中谷達の想いだけでは経営は成り立たない。だがそれ以上に魅力があるビジネスになると私は食い下がり、なんとか出資してくれるように連日頼みこんだ。そんなに魅力があるなら銀行をまずは説得させろと正当な意見を述べ交渉は決裂しそうになった。だが熱意が伝わったのか最終的にはギャラリーではなく、私に出資すると折れた。「万里子にやるんだから、万里子が好きにすれば良い」と。

私は一週間後、再び瀬戸内を訪れた。フェリーが島に帰港し、漁港沿いを歩いている時、誰かが私を呼ぶ声がした。声のする方へ振り向くと、停泊している漁船で作業をしていた亮介君が手を挙げた。亮介君と面と向かって話すのは初めてみたいなものだったが、会話は弾み、ちょうど昼時でランチに誘われた。気象庁は、梅雨入りを宣言していたが、その日の空は晴れ渡り、亮介君の赤銅色に輝く日焼けした顔が際立って見えた。美しいと思った。

私は亮介君の炊いたご飯と漁で獲れた魚の南蛮漬けと海苔のお味噌汁をいただいた。素朴な味の食事は亮介君そのものだった。中谷の祖母の家と同じような古い一軒家だが、窓を開け放ち、ときおり涼しい風が家の中をまった。なんて居心地が良いんだろう。私は思わず「ここにずっといたいな」と口にしていた。「気が済むまでいればいいよ。そうだな、例えば、俺の嫁になればずっといれる」「そうね、その手があるわね」私達はそんな冗談を言い合った。幸せな気分で食事を終えると事態は急変した。固定電話が家の中に鳴り響き、亮介君は最小限の言葉で電話を切った。そしてあわてて財布やキーをデニムのポケットに突っ込みキッチンにある戸棚を次から次へと開け始めた。決して明るい事態ではない、何事かが起こっていた。「どうしたの?」私が聞くと亮介君は、私の存在に初めて気づいたように一呼吸おき「親父が死んだ」と告げた。

 亮介君の父親は肝臓病を患って高松の病院に入院していたが、肺炎を起こし合併症で亡くなった。母親をすでに亡くしていた亮介君は、病院の手続きから葬式まで一人で懸命にこなしていた。中谷達は亮介くんの親戚や近所の人達と亮介君を助けていたが、私は何も助けられず、傍にいることしかできなかった。すべてが済むと亮介君は、抜け殻のようになった。「喪の仕事」それが終わらなければ、何も始められないと中谷は言った。私は中谷達のギャラリーに宿泊し続け、亮介君の様子をたびたび見に行った。亮介君は、初七日が明けるまで漁にも出ず、ずっと父親の遺影の前に座り続けていた。ある夜、亮介くんが海を見つめながら泣いていた。私は彼の背中にそっと手をあてた。一瞬びくっとするが、私だと気付くと淡く微笑んだ。そして私は、そのまま彼の背中にほほを寄せた。亮介君の体温が私の身体にも伝わる。「一緒に生きよう」確かに私の声で亮介くんの背中にそうささやいていた。その夜私達は激しく愛し合った。それから私は、東京には戻らず、瀬戸内にいる。正確には一時東京に戻り、亮介君を父と母に紹介したが、事後承諾で私達は結婚した。あの日の冗談が現実となっていた。先の事はわからない。共通点は、お互い一人っ子ということ以外無かった。だが、私は少なくとも何の打算もなく、とても自然に亮介君と家族になりたいと思った。そして、中谷達が経営するギャラリー&カフェを本格的にバックアップするために基礎から地域経済を学ぶことを決意し、高松大学の大学院に通い始めた。


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