青葉若葉
「待った~? じゃねぇよ! 俺らがどれだけ待ったと思っているんだ」
戸口で顔を合わせて早々、あたしに向かってずけずけと悪態をついてくるこの人が、青葉くん。人一倍負けず嫌いで勝負事が大好き。だけど情にもろく、すぐに落涙してしまうナイーブな心の持ち主でもある。
「ごめんごめん。そう怒らないでよ」
「…………」
しかし、あたしの必死の謝りに少しは機嫌を直したのか、静かに青葉くんがつぶやく。
「べ……別に本気で怒ってたわけじゃないし、いいけどさ」
「そっか、よかったー」
「サキちゃんを困らせたらだめだよーアオバ」
「ううん。だいじょぶだよ、若葉くん」
「ほんとー?」
そう言って首を傾げるこの人が、若葉くん。おっとりとした温厚な性格で、争い事が苦手。植物や動物など生き物を愛する今では珍しい草食系男子。
青葉くんも若葉くんも、容姿はそっくりだけど性格がまるで違う。彼らの親でも間違うことがあるらしいけど、少なくともあたしは絶対に間違えない自信がある。
「青葉くんも、若葉くんも、今日はどこに行くか決まってる?」
「もちろんだろ、な。ワカバ」
「うん。お祭りだもんね、河川敷の夏祭り」
「え? 夏祭り?」
若葉くんが懐から出した1枚の紙には、その詳細が明記されていた。
「お祭り、あったんだ」
「ん、サキは行かないのか?」
「ううん、勿論行くけど……こんなのすごく嬉しくって」
「あはは。サキちゃん超カワイイー」
「わっ、若葉くんっ! からかわないでよー!」
「そうだぞワカバ」
「なんだよぅアオバ。アオバも言いたかったら言えばいいじゃんねー?」
「は、はぁ!?」
「いや。できればやめてほしいような……」
まあ、こんなスキンシップも嬉しいんだけどね!
「とりあえず、この祭りのことを確認しに来たんだ。サキは忘れっぽいから」
「時間的には今日の6時くらいからだから……5時半くらいにココで待ち合わせっていうのはどうかな? サキちゃんその時間帯、お店にいるよね?」
「うん、いるよー。じゃあ、その時間に待ち合わせねー」
「あと、僕から一つだけお願いがあってね?」
「うん。なあに?」
「サキちゃんの浴衣みたいなぁって」
「……えっ?」
「だからー、できれば浴衣で来てほしいなって」
「何言ってんだワカバ。あんまり調子に乗んなよ」
「ゆ、ゆゆゆ浴衣なんて、初めてだからあんまり分かんないんだけど」
でも、おばあちゃんから借りれば……。
「じゃ、期待してるね~」
「うっ、うん」
「あんまし無理すんじゃねーぞー」
「はーいっ」
しまった扉をしばらく見つめ、あたしはおばあちゃんのところにとんで行った。
「おばーちゃーん」
「なんだい、さっちゃん」
「あのね、青葉くんたちが、浴衣で来てって。お祭りに」
「ほほほほほっ。お祭りかい、浴衣ならたくさんあるよ。好きなのをお選び。おばあちゃんがきせてあげるよ」
「ホントっ? ありがとう! おばあちゃん大好き!」
こうしてあたしが選んだのは、水色の生地に花びらの模様が散った、可愛らしい浴衣だった。帯を縛ってくれながら、おばあちゃんは柔らかく微笑む。
「さっちゃん、とてもよーく似合っているよ」
「ありがとう。あたしもこの柄、好きだよ」
「青葉くんたちもさぞかし喜んでくれるでしょうねぇ」
「うん、楽しみだなぁ!」
あたしはぐるりと一回転して、おばあちゃんと顔を見合わせて笑った。
夕暮れまでまだ時間がありそうだ。
続きます。
次は夏祭りです。