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(私を苦悩させるさまざまな女の子たちの)ミソラ  作者: 枕木悠
(私を苦悩させるさまざまな女の子たちの)イントロダクション
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プロローグ⑨

 真奈とウサコは初等部の噴水まで走っていた。

 旧校舎の出入り口が見えて、真奈は安心していた。きっと匂いが変わる。呪いのかなえとレズの比奈は非常に奇妙な二人だった。外に出られると思うとその二人のせいで違う世界に来てしまったようなトリップ感が薄らいでいく。いや、もともと転校初日で地に足がついていなかった。ともかく小ウサコと誰かのウサギをウサギ小屋に寝かしつけて寮でゆっくりしたかった。荷物の整理がしたい。

「きゃっ!」

 急だった。真奈は盛大に前のめりに転んだ。膝を打つ。痛い。血は出ていない。

「真奈さん! 大丈夫?」

「う、うん、」膝のお皿が割れたように痛かったけれどこらえる。きっと、お皿なんて割れてないし、すぐに立てたから何ともない。「平気」

 でも、問題なのは真奈が転んだのが、ただ足がもつれたとか段差に躓いたとか分かりやすい理由じゃないこと。何もないところで転ぶほど真奈はドジじゃない。

「ちょっとっ、何すんのよっ、」真奈は後ろを振り返って怒鳴った。「いきなり人を転ばせるなんて、あんた何様!?」

「学校って、退屈」

 人生を舐めているようなアヒル口が言った。大国の大統領にも物おじせずに喧嘩を吹っかけそうな戦闘的な目が真奈の様々な部分を見ていた。真奈も戦闘的な目になって、いわゆるメンチを切って、突然現れた不愉快な女の子の様々な部分を見てやる。真奈より頭一つ分背が高い。女子ばかりのこの学園ではほとんどの女の子が見上げなきゃいけないくらいの身長。つまりこの女の子はほとんどの女の子を見下しているということだ。髪は肩にかからないくらいのミディアムヘアで色は真奈よりも明るいアッシュブラウンだった。毛先が鋭く外に跳ねていた。ボーイッシュだ。この学園ではあんまり見ない感じの女の子だ。顔立ちもお嬢様というよりはお嬢様を護衛する騎士のように凛々しい。カッコいい。でも、男装して完全な男になるにはアヒル口といい、いろいろと可愛い部分がある。スカートから延びる足はスラリと長く細い。真奈の足は遠くから見れば細いとは言えないこともないくらいの太さがある。だから、出来れば並んで歩いたりしたくない。真奈を転ばせたのは、その細い美脚だった。柱の陰からひょいと小猫みたいに飛び出してきて、真奈の足首に近い脛の部分に引っかかったのだった。ともかく、真奈の第一印象は最悪だった。

「学校って、退屈って、全然っ、意味分かんないし! 私に何の恨みがあるのよっ!」

 がるると噛みつく。

「何もないよ」アヒル口は真奈の渾身の恨みをひょいと躱す。

「ええっ?」調子がくるう。「と、とりあえず、謝りなよ、私は転んで膝のお皿が割れたみたいに痛かったんだからっ!」

「私は榛名梨香子、よろしく、真奈ちゃん」

 真奈にはハズレの答えばかり返ってくる。「って、あんた、なんで私のことを?」

「私は真奈ちゃんを待っていた、セーラー服だから分かりやすい、すぐに分かった、声をかけても走り去っていきそうな勢いだから、別に、転ばせたっていいよね」

「よくないっ!」あまりにも舐めたアヒル口だ。「ケンカ売ってんのっ!?」

「そう、ソレ、私は真奈ちゃんに喧嘩を売ってるの、退屈しのぎに、どう?」

聞いた瞬間、真奈の強気に火が付いた。「いいじゃん、やろうよ」

「理解が早くて助かるよ、」

 真奈は拳を作って、ソレをグルグルと回した。臨戦態勢。梨香子も指の関節を鳴らした。

「真奈さんっ、」ウサコが止める。「その人のことは放っておいて、早く行きましょう」

「ウサコ、ごめん、そうしたいのはやまやまなんだけど、」

「喧嘩は校則違反ですよっ」

「さぁ、かかっておいで」梨香子は恋人を誘うような無防備な姿勢。

「何? 早々、とどめが欲しいの?」真奈は拳をグルグルと回す。

「真奈さんっ」ウサコは真奈のセーラー服の裾を引っ張る。

「いいねぇ、学校が退屈だから誰かに訳分からないままどうにかしてもらいと思ってたんだ、それが転校生の真奈ちゃんだったら本望だな」

「自殺志願者? マジでキモイんだけど」

「真奈さんっ、言葉が悪いですよっ」

「別に死にたいとか思ってないけど、別に長生きしたいとも思ってないね、でも楽しみたいと思ってるよ、この喧嘩を、真奈ちゃん、キツイのを一発、急所を狙ってよ」

 真奈は拳を振り上げた。

「駄目ですっ」ウサコが必死に止めた。ウサコは意外と力があって、真奈を後ろから羽交い絞めにして放そうとしない。「真奈さん、落ち着いて」

「ウサコ、放してよ、殴らないと静まらないっ」

「真奈ちゃんまだ? さっさとやってよ」

「あなたは黙っててくださいっ!」

「迷うの? サイテーだよ、そういうの、流儀に反する」

「そうよね、流儀に反するよね、サイテーだよね」

 真奈は再度拳に力を入れてグルグルと回した。でも、次の瞬間には力が抜けた。本日二度目のウサコとのキスだった。そっと唇が離れて、ウサコは顔を真っ赤にして真奈を見つめた。

「暴力はいけませんっ」

 そんな当たり前のことを自分が言われると思わなかった。当たり前のことが分からない女の子は誰かを困らせる女の子だ。ウサコの八重歯と小悪魔なキスで真奈は自分がウサコを苦悩させる女の子になっていたんだと理解して反省した。



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