エピローグ②
「いうわけで、悪いけれど」そう言いながらウサコは濁った眼で天樹を見ている。『天樹探偵事務所』のソファにウサコはどっぷりと腰を下ろして足を組んでいた。あれから一週間の歳月が経っていた。天樹は息がし辛かった。ウサコの雰囲気は何もかも変わっていた。髪の毛先は乱れている。乱暴に櫛を入れて手の平で整えただけのようだ。生まれ変わったというよりも、死ぬ直前で留まって、何かを知ったような重々しいオーラを纏っていた。そのオーラは釈迦の様に荘厳ではなく、火あぶりの刑を逃れた魔女だ。目元が窪み、眼光が鋭く天樹を射る。
「一週間、腐った結果」口調も全く変わっている。空気を破壊するようにしゃべる。あのおっとりやんわりとした可愛い声音は腐って微生物に分解されて地の肥やしになったのだろうか?
「腐った結果?」天樹は復唱する。
「ココには立派なソファがあって、天樹と麻美子が二人いる」
「……仲間に入れて欲しいってこと?」麻美子が聞く。
「最後まで私の話を聞いて」
「ああ、ごめん」
「ココには天樹と麻美子が二人いる、そして私と麻美子さんの部下の二人を合わせて五人、」ウサコは手の平を天樹と麻美子に向けた。手相がくっきりと見える。生命線は濃く長い、ように見える。ウサコは宣言した。「何か新しい部活を作ろう」
天樹と麻美子は顔を見合わせた。二人とも考えは同じだ。どうやってウサコに帰ってもらおうかってこと。
「ちょっと待て、」天樹がウサコを制する。「急に、いきなり、突然すぎるよ」
「私は最悪の記憶を消したいの、だから楽しみたい、思い出す暇もないほど楽しみたい、隙間はいらないわ、起きている間中、ずっと楽しんでいたい、悪いことは突然起こるんだからずっと楽しんでいたい、ずっと今が最高って叫んでいたい、私はウサコ、ウサギ、一人ぼっちじゃダメだからアンタたちを巻き込んで楽しんで忘れる、それには部活が一番っ、青春をしようよ、ねっ、いいアイデア」ウサコの言葉の端々からは悲しみの跡が窺えた。事情を知り、ウサコがこうなった原因でもある麻美子にすれば慰めるのにも突き放すのにも細心の注意を払わなければならない。麻美子は少し考える。ウサコは女の子が女の子であるためのボーダーラインの限界に立っている。引き寄せるか押すか、判断は難しい。私たちの判断でウサコのこれからが決まる。麻美子の判断の尺度は、正しいか、正しくないか、であるが……、とにかく、一方の天樹はもうウサコと関わるのが正直ウザいと思ったのだろう。突然、怒鳴った。
「もう帰ってくれないか!」
麻美子は額を押さえた。ウサコはどんな反応をするだろう。予想できないから怖い。目を背ける。すぐにウサコに視線を戻す。ウサコは天樹の目から瞳を逸らさない。麻美子は自分の心配性で神経質な性格に嫌気がさした。結局、女の子のことを全て理解しようなんて無理な話なのだ。女の子は地下室に鍵をかけて人形のようにコレクションするのが正解なのかもしれない。
「私はどこへも帰らない」ウサコはソファの上であぐらをかいた。ウサコを見ていると、余計、麻美子はそう思うのだ。「傘を差しだしたのはアンタたちなんだから」




