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(私を苦悩させるさまざまな女の子たちの)ミソラ  作者: 枕木悠
私を苦悩させるさまざまな女の子たちのエピローグ
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エピローグ①

 金曜日の夜、約束のパーティーは開催される。

「真奈、」ミソラはコレクションルームのリビングで真奈にセーラー服を渡した。「コレに着替えるんだ」

「え、なんで?」

「コレからビデオを撮る、アウラ・クラブの最初の活動記録を撮るんだ、おそろいのチームカラーを身に纏わないと、それから、出来れば髪形も、」

「パーティーをするんじゃないの?」ミソラが何か言うのを遮って真奈は聞いた。

「パーティーだ、様々な意味を込めたパーティーだ、覚えているか? 私が真奈に頼んだことを」

「『愛の奇跡』のこと?」真奈は答える。

「正解だ、歌えるか?」ミソラは質問する。

「うん、」ミソラと離ればなれになっても真奈はポッド的な音楽プレイヤーでヘビーローテーションだった。「いける」

 ミソラは子供っぽく微笑んだ。ミソラはいつも大人っぽく微笑むから、今のミソラは物凄くいい気分なのかもしれない。「私は絵描きだ、芸術家なんだ、私は、だから、クラブでは芸術をテーマとして取り扱う、アウラを昇華させて遊戯性でこの部屋を一杯にしたい」

 真奈は分からない顔で小首を傾げた。

「……要するに、」ミソラは頬を膨らまして息を吐いた。「楽しもうということだ、皆で、まずは分かりやすいバンド・サウンドだ、私の絵を皆が賞賛できるような目を持つまでまずは分かりやすい音楽から始める、楽しもう、アウラの空間を」

「アウラって何?」

「またとない景色のこと、」ミソラは言って首を振った。難しいことを考えているようだ。「いや、厳密にはそういうことじゃないけれど、私は失われいく景色をアウラという響きに当てはめたいな」

「さっぱり分からない」

「感じるものだ、さ、スタジオへ行こう」

 真奈はセーラー服から首を出して応える。「スタジオ?」

「こっちだ」ミソラの屋根裏部屋の丁度真下の廊下の床がスタジオへの入り口だった。ミソラが踵でその部分のフローリングを蹴ると、床板が奥の方へ収納されて、地下からさらに地下への通路が出現した。ミソラは真奈を見て、少し得意げな顔で小さく鼻息を漏らした。

真奈は真顔で質問する。

「隠してたの?」それは『秘密にしてたの?』という意味だ。

「いや、教える機会がなかっただけだ」少し弁明口調。

真奈はそういう意味で聞いたんじゃないから首を振った。「私、楽器なんて出来ないよ」

「歌えばいい、真奈はロザンナ」

「ミソラは?」

「私は、」ミソラは中空で鍵盤を叩いた。「ピアノ」

 真奈はミソラの流麗な指使いを見て、音を聞いたような気がした。

 ミソラと真奈はスタジオへの階段を下った。数えたら七段くらい。ミソラはライトグレーの扉を開ける。途端、バラバラなリズムとメロディが鼓膜を震わせる。音圧に鳥肌が立つ。

 比奈のギター、梨香子のベース、かなえのドラム。

 並んで立つ三人はミソラと真奈に気付き、音を出すのを止めた。そのときだけリズムもメロディも重なって、曲の終わりを思わせた。三人ともさまになっててカッコよかった。バンド演奏なんてやってるなんて知らなかったから、その分余計にカッコいい。

「真奈さん、どう?」かなえが丸い椅子から立ち上がり、少し興奮気味に聞く。「カッコいいでしょ!」

 真奈は頷いた。「うん、比奈も梨香子さんもかなえもカッコいい!」

 比奈は嬉しそうに一回転しながら得意のフレーズを弾いた。「しびれた?」

真奈は「すごいすごい」とはやし立てる。「比奈はレズだけじゃなかったんだ!」

「えへへっ」比奈は体をくねらせて笑う。あんまりいい言葉で誉めてないのに。

「私のコレクションドールは、例えば、楽器を演奏できたりするんだ、」ミソラは三人の前にある二つのマイクスタンドのマイクのスイッチを入れていく。「私のスパルタ教育で、皆、腕前はスタジオミュージシャン以上だ」

「ソレ、」梨香子がベースをボロロンと鳴らした。「誉めてないでしょ?」

「どおー?」

 急に声がして振り返ると、扉の前に、例のアリスのカメラと同機種を所持している美少女がいた。今日はなんだかバズーカのようなカメラを担いでの登場である。美少女は突然現れ、突然どこかへ行ってしまうから真奈はまだ彼女の素性を一切知らない。もしかしたらアリスの知り合いなのかもしれない。後で聞いてみようと真奈は思った。真奈の視線に美少女は親しげにニコッと微笑む。お互いのほとんどを語りつくしたような間柄での微笑だった。真奈はこの美少女が一番謎だと思った。

「私たちを素晴らしい芸術作品に仕上げてくれ」ミソラが言う。

「了解しましたっ、」と美少女は一歩前へ出て敬礼する。「それよりお化粧は大丈夫? フルハイビジョンを舐めないほうがいいよ!」

 そうビシッと言われると真奈は鏡で自分の顔を確かめたくなった。扉から右手の壁一面は鏡。左手の壁を背にしてアンプなどの機材が整列している。必然的に自分たちのパフォーマンスを確認できるようになっているのだ。真奈は鏡に近づき、自分の姿を確かめる。茶色の前髪を整える。普通だと思った。スタジオに集まった五人と比べて、真奈は自分の姿は普通だと思った。ここにいる女の子の中で真奈はなんとなく浮いている。それは自意識過剰かしら?

 隣にミソラが立った。ミソラの深緑色の髪は、グリム童話に登場する、妖精のものだった。

「何を考えているのだ、」真奈はミソラに心を見抜かれた気がした。「君は、まったく、私を苦悩させる女の子だ、君は君のままで魅力的で素敵なのに、それでもまだ足りないと思っているのか?」

「……ミソラ、」真奈はプロポーズされたような気がして恥ずかしい。「……嫌だ、私ってば、なに考えてんだ、もうっ」

 そんな風にコミカルに恥ずかしがる真奈の前髪をミソラは急に触った。真奈はコミカルに動くのをピタッと止めて、注射されるときみたいにカチンと固まった。ミソラの手首にはグリーンのゴムひもがあった。ミソラはソレを使って真奈の前髪を縛った。あのときの、キスされたあの風呂上りのときの髪型にされて、つまり、真奈のお凸は露になる。

「強いて君に注文をするなら、」ミソラも、この行為には勇気を浪費したのではないだろうか、唇が震えていた。「これくらいだろうか?」

「恥ずかしい」真奈はパンツを隠すみたいにお凸を両手で隠した。

「さあ、」美少女が声を張る。真奈とミソラに漂うピンク色の空気に耐えられなかったのかもしれない。「じゃあ、始めるよっ、一発で終わらせよう」

「ああ、もちろん、はじめからそのつもりだ」ミソラは壁のスイッチを調節してスタジオの明かりを暗くした。

「オーケイ、」美少女はカメラを構えた。

 真奈はミソラに手を引かれ、カメラから右側のマイクの前に立つ。レンズが真奈たちに照準を合わせてくる。被写体になるときの特有の緊張が体を駆ける。

「よっしゃ、」美少女がカウントする。「五秒前、サン、ニィ、イチ……」

 瞬間、比奈のひずんだギターがイントロを奏でた。



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