第六章⑭
真奈はミソラたちと一緒に行ってしまった。その背中は幸せそうだった。
「幸せそうね」ウサコは誰にでもなく、このまたとない美しい美空に呟いた。
それは本心だった。うん、そう、本心。いい子になったのは、真奈に幸せになってもらいたかったからだ。
……でも、やっぱり、電卓を叩くように答えは簡単に出てこない。答えって何? 私はどうしたいの? 心は悔恨に満ちる。ウサコはやっぱり、真奈が欲しかったのだ。どうにかしてやりたいと心が叫ぶ。真奈をどうにかしてやりたい。
その時、雨が降ってきた。にわか雨だ。土砂降り、ウサコはずぶ濡れ。
「……はは、……ははははっ」
散々だ。散々な目にあった。「神様ぁ、私は、私は何か、悪いことをしたんでしょうか!?」
雨を手の平に受け、天に向かって叫ぶと、ウサコの中の何かが変わり、はじけ飛び、壊れた。
壊したのだ。
真奈が壊したのだ。ミソラも比奈もかなえも梨香子も真奈も私を苦しめる怪物だ。私の主張は真奈に届かなかった。それどころか、私は思ってもいないことを言葉にした。私はそんなこと望んでなどいない。しょうがないで済むことじゃなかった。受け入れられないことは受け入れられない。そんなの無理だ。いい子にだって無理だ。いい子にそれが出来るなら、私はいい子になんてなりたくない。なる意味がない。信じられない。様々なことが信じられない。様々な苦悩が混ざった濃い涙が瞳の淵に溜まって決壊した。熱くてやけどしそうだ。
「最低っ! 最低っ! 最低っ!」
ウサコは叫んだ。壊れてしまった。『最低っ!』なんて言わないのがウサコなのに、何かが違って狂ってしまった。
真奈は幾重にも選択可能なこれからで選ぶことのできない未来になってしまった。真奈は私のすぐ近くにいたのに、私が待ちわびていたのに、私の大事な女の子になるはずだったのに。ウサコの未来はあっけなく奪われた。裏切られた。悔しい、悔しい、悔しい。悔しさで心が歪む。ペンチでひねられた常温の金属板だった。歪みは不細工で、修復不可能で、冷たく、黒く、さびて何も反射しない。心は曇った。何もかも、訳が分からない。どーなっても構わない。限界だった。よくここまで我慢したよ、ずっと真奈が手に入らないことは分かっていたのに、真奈の心はウサコを見ていなかったのに、よく辛抱したよ。
でもさ、全然ダメだった。
だからどーなっても構わない。
気持ちは底なしに堕ちていく。
ウサコはまた叫んだ。
真奈を欲しいと思う感情が沸騰する。真奈を殴りたいと思う感情が沸騰する。真奈を呪ってでも殺してやりたいと思う感情が沸騰する。欲張りが人格を支配した。沸騰してもまだ足りない。涙を流し続けてもまだ足りない。だって真奈は振り向いてくれないのだから、私の沸騰は意味がない。快楽も伴わない、ハンパな行為。ハンパな笑顔でウサコは泣いて叫んだ。
これでもう終わり。
いい加減気が済め。
この感情が消えるように。
この感情が跡形もなく消えるように。
ウサコは目を真っ赤に腫らして、派手に泣く。一人で。
ウサギは寂しいと死んでしまうのに。
そんなウサコに傘を差したのが、天樹と麻美子だったのである。




