第六章⑬
「しょうがない、じゃない!」
ウサコは抱き合っている真奈とミソラに向かって叫んだ。
真奈は振り返ってウサコを見た。比奈も梨香子もかなえもウサコの方を見た。
その場に居合わせたアリスも、ウサコの大音量に驚く。
ウサコは汗をかいて、べそを掻いていた。
ウサコは中庭の芝を踏んで歩く。
それから数秒後、天樹と天樹を背負った麻美子が息を切らせ登場した。どうやら、一度ミソラたちを見失って、旧校舎の中をさまよっていたようである。全く呼吸の正常な天樹がこの状況を察して呟く。「麻美子、なんか修羅場だ」
「ウサコ……」
真奈がウサコを見つめる。ミソラは真奈の手を握った。
「真奈さん、」ウサコは真奈の纏った制服を掴んで訴える。「しょうがないじゃないですよ、真奈さん、しょうがないじゃないですよ」
ミソラの手に力がこもる。真奈はそれを確かに感じた。「ごめん、ウサコ」
「謝らないでください!」
「私、ウサコには感謝している、いくらお礼を言っても足りないくらい」
「お願いです、どこにもいかないで下さい! もう一人は嫌なんです! 一人は、嫌なんです!」
ウサコは真奈の制服を掴んだまま泣き崩れた。「わがままでしょうか、私は?」
「違うよ、」真奈はしゃがんでウサコに優しく言う。「わがままなのは私、ごめん、わがままなのは分かってるんだ、ウサコの気持ちも分かるよ」
「なら、」ウサコの声は裏返る。
「でも、私は、」真奈はミソラを見上げる。その後ろには水飛沫のオレンジ色の乱反射。「ミソラと一緒にいたい」
それは分かっていたことだった。真奈がミソラと一緒にいたいっていうことは鈍感でも敏感でもない普通のウサコには丸わかりだった。会話をしていてもどこか上の空、心の中が空っぽで、いつも満たされない顔でウサコに優しくしていたのだ。
「麻美子さん! 天樹さん!」
ウサコは芝生の上にペッタリと座ったまま声を張り上げた。呼ばれた当の二人は『なにごと?』と顔を見合わせた。
「真奈さんを捕まえてください!」ウサコの目は真っ赤に充血していた。ウサコはその目で真奈を睨んで、指差した。
「ウサコ」真奈の心は痛んだ。
そこへミソラが割って入り、日傘を開いた。ウサコの視界は一面真っ黒になる。
ウサコは絶望を顔に出して再度叫ぶ。「早く、早く、真奈さんを捕まえてください!」
「ごめん、ウサコ、」天樹が遠くから叫ぶ。「天樹の最終兵器は全治一か月なんだ」
「え?」ウサコは戦闘不能状態の天樹を初めて確認した。
「ははは、」吹き出すように笑い声をあげたのはかなえだった。「全治一か月だって」
麻美子はソレを見逃さなかった。「確信犯かよっ」
「ウサコ、残念だけど、今日は分が悪い」天樹は麻美子の肩を借りてウサコに近づきながら言う。
「嫌っ」ウサコは日傘の黒に手を伸ばす。
急に視界が開けた。
「ウサコっ」手を握ったのは真奈だった。真奈はウサコに何かを握らせた。鍵だった。部屋の鍵だろう。真奈は鍵を握らせ優しく両手でウサコの手を包んだ。
ウサコは真奈の無償の愛を感じて、……でたらめで頑固な自分の感情を反省することが出来た。こんなに優しくて素敵な女の子を困らせて、……私は、私はきっと、真奈さんを困らせる女の子になりたくない。
真奈を求める気持ちは変わらない。
変わらないけれど、心が優しさで働いて、ウサコは聞き分けのいい、素直な女の子になる。
気持ちを折りたたむ。
困らせたくないから、気持ちとは違う言葉を穏やかに口にする。「もうっ、しょうがないですね」




