第六章⑫
旧校舎の噴水の前のベンチでミソラは日傘を差し、足を組んで座っていた。その周りに同じセーラー服を纏った比奈と梨香子とかなえがいた。
空気に浮かぶ水飛沫は、西日に照らされて、虹色に輝いている。虹色はきっとこの瞬間だけの色。
緑の多い中庭に、ミソラの髪の色は溶け込んで、まるでこの場所はミソラの宮殿だった。
ミソラがいなくなったら、この緑は全て色を変えてしまうかもしれない。
そんな風にさえ、思える。
その場所へ、真奈は走って、やってきた。真奈の姿を確認して比奈と梨香子とかなえは微笑んだ。ミソラの表情は日傘に隠れて見えない。全力疾走で胸が苦しかったが、それが気にならないくらい真奈は嬉しかった。再会に照れて笑い、舌を出す。渡り廊下から中庭に踏み込む。手入れの行き届いていない芝を踏む。
「真奈!」かなえが堪えきれずに名前を呼んで、真奈に駆け寄る。
「かなえ!」真奈は手を広げた。ミルフィーは華麗に跳ね、芝生の上を跳ぶ。真奈は腕に飛び込んできたかなえを抱き締めて一回転した。
「真奈」比奈は感動して声が震えている。
「真奈ちゃん」梨香子は相変わらずクールだったけれど真奈の背中を触った。
「え? どうして? どうして皆セーラー服なの?」
言いたいことは山ほどあった。でも、最初に口をついて出たのはそれだった。
「ミソラに聞いて」比奈が真奈の背中をミソラの方に押す。
「真奈!」ミソラがいきなり名前を呼んで立ち上がった。相変わらずミソラの顔は日傘に隠れたままだった。ミソラは自分の表情を見られたくないのかもしれない。真奈とミソラは近い。
「うん、ミソラ!」
「部活を作るぞ!」
「うん、ミソラ!」真奈は思い切り返事をした。でもすぐに『えっ?』てなる。「……ぶ、部活ってなんの?」
「部活を作るための条件は五人、それともう一つ、お揃いのチームカラーが必要なんだ、カラーと言っても名前のついた色には限りがあるからチームカラーっていうのはユニフォームっていう言葉に言い換えることが出来る、だからセーラー服、私たちはこれで部活を作ることが出来る」
「分かったけど、部活って、何をするの?」
「アウラ・クラブ」日傘の奥から聞きなれない言葉が聞こえた。
「あうら?」
「失われた芸術の権威を取り戻すのだ」
「意味が分かりません」
「私たち、アウラ・クラブは、絶えず変わる、このはかない一瞬を尊重する立場を取る」
「もっと分かりやすく教えて」
「このまたとない景色を忘れないということだ」
「ああ、なるほど、いや、でも、まだよく分かんない」
「景色だけに縛られないよ、ソレは映像にも、写真にも、絵画にも、彫刻にも、音楽にも、言い換えられる、最初にアウラ・クラブが取り扱う対象は、真奈、君だよ」
「やっぱり全然分かんないよ」
言葉とは裏腹に、真奈から笑み0がこぼれた。
「真奈、君はどうして行ってしまったんだ? 気を付けろと言っただろ?」
なんだかミソラは怒っている。
「ごめん、ミソラ」
「一か月は長かった、私は真奈を信じていた、帰ってくるって、私よりもウサコがよかったのかい?」
「ごめん、ミソラ、でも、そんな酷いこと、言わないでよ」
「酷いこと?」
「ウサコと比べさせないでよ、ミソラはミソラ、ウサコはウサコよ」
「やっぱりウサコがよかったのか」
「だからそんなこと言うなっ」
「図星か、そうか、傷つくなぁ」
「だったら、どうして私を迎えに来てくれなかったのよ! 私、待ってたんだよ! ミソラを!」
ミソラは黙った。真奈も黙って日傘を見つめる。噴水の水だけが重力に従って動いている。
「……すまない、真奈」ミソラが先に謝った。「私は地下シェルタに引きこもるくらいに気が弱いから、今も、外気に触れているだけでドキドキしているよ、だからこういう風に様々なお膳立てをして、格好つけないと真奈を迎えに来れなかったんだ、すまない」
「私もごめん、ミソラ、でも、本当に、」真奈の目からは涙が溢れていた。「本当に迎えに来て欲しかったから」
ミソラは真奈を日傘の中に入れた。ミソラは顔を近づけて囁く。ミソラの顔を見て真奈は信じられないくらい安心した。ミソラが真奈の額を触る。ミソラは真奈のお凸が好きだ。真奈は触られるのが好きだ。利害関係が一致している。これほど素晴らしい関係はないと思う。「真奈、泣くな」
「ごめん、私の方が、お姉さんなのに」
「何を言っている」
「え?」
「私の方がお姉さんなんだから、真奈は甘えていいんだ」
真奈はどういう意味だろうって少し考えて、言葉通りの意味に受け取らないで、小さな女の子が少し背伸びしているんだなっていう感じに受け取ってあまり深く考えず、真奈はミソラの小さな躰を抱き締める。目を瞑って体温を感じる。
ミソラが真奈の耳元で囁く。「真奈」
「なぁに?」
「君はセーラー服の方がいい」
「そうね、私に明方の制服は似合わないわ」
「帰って来てくれるか?」
「しょうがないな、」と真奈は頷いた。「まだ、にんじんは喉を通らないからね、校則に従わなきゃ、しょうがないね」




