第六章⑧
放課後、例によって麻美子がノックすることなく事務所の扉を開けると、
「おっす、お疲れっす」
と松葉づえが手を振った。いや、天樹が松葉づえをワイパーみたいに振ったのだ。天樹は椅子にどっかりと座り、机の上に両足を投げていた、左脚はミリタリーブーツだったが、右脚はギブスだった。
「なんだ、ソレ!?」麻美子は目を皿にして叫んだ。
「いやはや、」天樹は照れ隠しのつもりなのか謙虚に言った。「お恥ずかしながら、ついにやってしまいまして、ええ、今朝、家の階段から転げ落ちまして、こう、ボキっと、手羽先みたいにやっちゃったわけなのですよぉ」
「階段から落ちたぁ? まったく、天樹ってば」麻美子は息を吐く。
「綺麗にスパッと折れてるらしいから、心配いらないよ」
「全治何週間?」麻美子はカバンテーブルに置いて、机にお尻を乗せて、天樹のギブスを触った。硬い。ペンペンと麻美子は叩いた。当然だが、ビクともしない。
「一か月、」天樹は答える。「長いね、しかも、このジメジメ、ムシムシの嫌な季節」
「そうか、」麻美子は何か企む目をした。「それじゃあ、一か月間、天樹は不自由の身なんだな」
「ちょっと、麻美子、」天樹は何かを察して声を上げる。「ソレ、どういう意味だ!?」
「まずは手始めに、」麻美子はサインペンを手にした。「恥ずかしいことを書いてやろう」
「おい、麻美子、うわぁ、止めろ!?」
天樹は左足で机を蹴ってキャスターを回転させて後ろの窓まで逃げた。まぁ、逃げ道はソレまでだ。窓は熱を帯びた風の通り道だが、ココは四階で飛び降りて骨を折らずに済む可能性は限りなくゼロに近い。
「往生際が悪いぞ、天樹」
「麻美子は天樹を困らせることばかりするんだから!」
「天樹を前にすると邪悪な考えばかり浮かぶんだ、これはドクタにも治せないよ」
「離れろっ、」天樹はキレのないキックを麻美子に向かってお見舞いする。「くぬっ、くぬっ」
麻美子は心の底から笑い声をあげて、汗を掻いた。
そんな風にして二人がじゃれ合っていた時だった。
階下、窓の外から、何やら、歓声であったり、驚きの声であったり、様々な女の子たちの騒がしい雰囲気が二人のじゃれ合いの邪魔をした。
『ん?』天樹と麻美子は窓から顔を出し、階下を覗き込む。
見えたのは十数人の明方女学園の女の子。
『なんだ、アレ?』天樹と麻美子の声はユニゾンする。
それらの女の子はある風変わりな集団を取り囲んでいた。
一本の黒い日傘を中心に歩く、四人のセーラー服の女の子たち。
目を凝らしてよく見れば、その集団はミソラとコレクションドールズだった。
ゆえに日傘の下は、と考えた瞬間に、日傘の下のセーラー服の女の子が見上げてこっちを見た。ミソラだった。
麻美子は何も考えずに走り出した。ソファを飛び越えて、扉から躍り出る。
「麻美子!」天樹が叫ぶ。「天樹を置いていく気か」
「不便だなぁ、その足は」麻美子は自分の体に急ブレーキをかけて、Uターン、そして天樹を背負って、女の子は意外と軽い生き物だ、
「いけぇ、麻美子ぉ!」
全力疾走で廊下を走り、階段を駆け下りた。




