表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
(私を苦悩させるさまざまな女の子たちの)ミソラ  作者: 枕木悠
第五章 Hello,My Friend(ハロウ・マイ・フレンド)
45/63

第五章⑮

 鳩笛寮はとても懐かしかった。もうずっと、昔の世界に戻ってきたような感じだった。ウサコは人目を避けるように、真奈の背中を押して部屋まで連れて行った。部屋も懐かしい、机も、ベッドも、何もかも。真奈は部屋を見回し、椅子の背もたれに触れた。ウサコがパタンと後ろ手で扉を閉めた。

 空気の流れが止まる。

 どっちつかずの世界だった真奈の世界が固定されたようだった。

 帰ってきたのだ、そういう感慨。

 ウサコとの日々に引き戻される。

 それはミソラとの日々を夢のような日々にすること。

 熱が冷めたようだった。

 部屋は凄く静か。

 コレクションルームみたいに雑然としていなくて、スッキリとしている。

 何か、足りない。

 チョコレートのように、後を引く、あの毒のようなものが足りない。

「あ、制服がないんだ、どうしよう」真奈は洗濯工場のまま、ジャージ姿である。

「おかえりなさい」ウサコは扉の前に立ったまま言った。

真奈は首だけ振り返って微笑んだ。「うん、ただいま」

ウサコは八重歯を覗かせて笑った。「コレを機会に明方の制服に変えてみたらいかがです、予備がありますからどうぞ、私のを使ってください」

ウサコはクローゼットから制服を取り出した。

「いや、でも、そんなの悪いし、セーラー服も気に入っててくれたし、」真奈は、主語は曖昧にして、思わず言ってしまう。「取りに戻ろうかな」

「戻るって、」ウサコは俯き加減で制服をしわくちゃにした。「ミソラさんのところに、ですか?」

「うん、荷物も全部そっちにあるし、」真奈はミソラのコレクションルームに戻りたかった。熱を冷ましたくなかった。あの日当たりの最悪の部屋に戻りたい。でも、ウサコは私がいなくなったら泣いてしまうだろう。そうでなきゃ、真奈を取り戻しに行動を起こしたりなんてしないだろう。真奈がコレクションルームで思っていた以上に、ウサコは真奈を求めている。でも、真奈の気持ちは片方に傾いている。「ウサコ、知ってた、私、無期謹慎なんだ、それであんなところにあんな人たちといたんだ、謹慎になった子はね、労働して部屋から出る時間を稼ぐんだよ、私は洗濯工場で働いているの、まだ四時間だけだけど、だから私は四時間以内に帰らなきゃいけない、そもそも謹慎中は寮に来ちゃいけないんだ」

「真奈さんが、」ウサコは床を見ながら言う。髪の毛で目元が見えない。真奈が『戻る』なんて言うから悲しい気持ちになっているのだろう。その気持ちと一緒に、真奈がウサコから感じるのは『絶対に行かせない』という決意。「にんじんを食べてくれれば、それで謹慎は解けるのではないんですか?」

ウサコは謹慎のふざけた理由を知っていた。真奈は困る。言い訳に、だ。「そうだけど、うん、でもウサコが思っているより私はにんじんが嫌いなの、絶対に無理、前に言ったでしょ」

「真奈さんが食べられるように、私、ケーキを作ります」

「ケーキでも駄目なものは駄目よ」

「じゃあ、クッキー」

「クッキーでも自信ない」

「じゃあ、グラッセ!」

「ぜーったい無理っ! バターと砂糖で味付けしただけじゃん!」思わず怒鳴ってしまう。「にんじんから何も進歩してないじゃん!」

「いかないでよ!」急にウサコは真奈を強く抱きしめた。真奈は怒鳴った自分を最低だと思う。「ごめんなさい、真奈さん、お願いですから、私を、置いて、もうどこにもいかないで下さい、もう、一人は、嫌です」

「……ウサコ、大丈夫?」真奈はウサコの後頭部を優しく撫でた。

「……はい」小さな返事。

 ウサコを悲しませてしまった。真奈の心は物凄く痛い。きつい抱擁を緩めて、真奈はウサコの顔を見る。瞳は充血していて真っ赤だった。そこに溜まった涙は紅い。紅い涙が一筋、頬を落下する。

 こんな紅い涙はもう見たくないと思った。

 ウサコは目を閉じて、キスをせがんでいる。

 真奈はこんな紅い涙はもう見たくないと思った。


 次の日の朝、ウサコが目を覚ますと隣には誰も寝ていなかった。

 一瞬、慌てた。

でも、見上げると、明方の制服を身に纏った真奈がいた。ウサコに向かって微笑んでいる。

「おはよう、ウサコ、どう、似合う?」真奈は一回転して色気のないポーズを取った。両手で耳を作って「ぴょんぴょん」とウサギの真似。幸せ過ぎて涙が出た。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ