第五章⑩
昨日と同じ自販機に比奈はコインを三人分投入した。
「私、チョコミント」
「断然、チョコクッキーよね」
「クールサイダーにしよう」
三人はそれぞれアイスを片手に昨日と同じベンチに座って、綺麗な夕日を眺めた。左から梨香子、比奈、真奈の順で座っている。
「ああ、やっぱりずっと見ていたい景色」真奈はアイスをかじって声を上げた。
「昨日も同じことを言っていたね」
「雲の位置が変わったり、オレンジ色がブルーに近づくから、最後まで目を離せない、ずっとカメラを回していたい気分だよ、カメラなんて持ってないけど」
「そういえば、ミソラも同じことを言っていたなぁ」梨香子が呟く。
「そうなんだ」
「ミソラは絵描きだから、そういうことを思うんだよね、きっと、真奈も絵を描くの?」
「そっちの方はサッパリでした、」真奈は田舎では画伯とか呼ばれていた。もちろん、スラングだ。「コレクションルームの絵は全部ミソラが?」
「全部じゃないと思うけど、画風がそれぞれ違うから」
「へぇ」真奈にはよく分からない。上手い下手、芸術はそういう尺度で語ることのできないから真奈にはよく分からない。でも、好き嫌いだったら語れる。じーっと眺めてはいないが、真奈はコレクションルームの風景画は、第一印象で全部好きだった。こういう絵を描く人はきっと素敵だなんて思ったことはもちろん内緒だ。
「コレは私の想像だけど、」梨香子はなんだか饒舌だった。かなえがいないからだろうか。とにかくそう断ってから話す。「どうしてミソラが私たちを一緒に住まわせているかってことについてなんだけど、きっと絵描きっていう職業? から始まっていると思うんだ、絵描きが全部同じ人種だとは言わないけれど、共通する性格みたいのがあると思うんだ、つまり、一枚の紙に一瞬を閉じ込めるっていう願望、所有欲、コレクターなんだよ、きっと、ミソラは最初絵を描いて一瞬を閉じ込めた、またとない一瞬を、でも絵を描くのには膨大な時間がかかるよね、だからミソラはカメラを手に取った、これなら時間がかからない、それでもミソラは満足できなかった、一瞬をずっとにしたかった、それでビデオカメラを手に取った、けれどビデオカメラには映らないものがあるよね、その場の雰囲気とか匂いとかさ、それで最終的にミソラはコレクションし始めたんだよ、私たちを」
「私は単純にミソラの愛だと思ってた」比奈が言う。
「うん、そうだね、」梨香子はクールに微笑んだ。「きっと愛だね」
「へへっ」真奈は舌を出して急に笑った。
「なぁに?」比奈が真奈を肘で小突いた。
「へへっ」真奈は込み上げてくる笑いを抑えきれないようだった。「愛だよ、愛、それはとても幸せなことだよ」
「真奈ってばやっぱり人格が変わっている」
「比奈だって、変わったんじゃないか?」梨香子が言う。
「あら、梨香子だって」三人は黄昏てアイスをかじる。
「ミソラも一緒にこの景色を見ればいいのに、」真奈は立ち上がってアイスの棒をゴミ箱に向かって投げた。比奈と梨香子に振り返って真奈は言う。「それじゃあ、帰ろうか」
「ええ帰りましょう、真奈さん、私たち、二人だけの部屋に」
目の前に立っていたのはウサコだった。忘れかけていた、懐かしい響き。
さて、この小説はちょうど一年前のこの時期に考え始めて、夏の暑い日、新幹線に乗って新田クラクションの舞台に向かっている途中で完成した物語です。
この物語は最初、とても楽しい物語のはずでした。けれど、途中で私は、きっと世の中で見下されている人間のいやらしい部分が、魅力的であるだけでなく、可愛いんじゃないかと思いました。それまでも知識では知っていましたが、心で理解したのは、この物語の登場を人物を描きながらのことです。すなわち私と真奈の心情はリンクしています。もちろん、私は真奈のように素敵な女の子ではありませんが……。とにかく、私はこの物語をただのハッピーで終わらせたくなかった。世界を終わらせたくなかった。
なんて……。
この物語はきっと私以外の誰も予想しない結末を迎えると思います。できないのではなくて、しない。ある人にとってはとてもつまらないものでしょう。けれど、私にとってはとても大切で様々な選択肢の中から私が好きな結末を選びました。いえ、彼女たちが私に選ばせたのだと思います。小説は私と女の子たちのパーティです。私を苦悩させるさまざまな女の子たちはパーティを終わらせたくないようです。ミソラ編だけでは、女の子たちを語れません。
さてさて、クラッカーの音鳴り響くマイティブロォはそろそろです。最終兵器のブラフガール。天樹の強力なマイティブロォ。気に入ってくれるかわかりませんが、私はこの物語のマイティブロォが好きです。
この物語を気に入ってくれている女の子たちは好きだと思うんだよなぁ。




