プロローグ④
周防先輩の後をついてアリーナの西通路を通り、北西ゲートを通って、いろんな階段を通って、いろんな扉をくぐると初等部のグラウンドに出た。小さな女の子たちがボール遊びをしたり、一輪車に乗ったり、鼓笛の練習をしたりしていた。
ウサギ小屋は初等部のグラウンドの隅にひっそりと建っていて、放課後の時間は大きなクスノキの陰に隠れていた。ウサギ小屋には鳥小屋もくっついていて、インコが鳴いていた。ソコに飼育委員が集結していた。ほとんどの女の子が周防先輩の様にオレンジのバンダナにつなぎ姿だったから分かった。きっと飼育委員のおそろいのユニフォームなんだ。
「よしよし、皆、揃ってるな」
周防先輩がインコのさえずりの中、女の子たちを見まわした。どうやら周防先輩が飼育委員の委員長らしい。リーダーの風格が漂っている。「さて、皆、周知のように小ウサコが脱走しました、私がパンの耳を片手に小屋に来たときには鍵が開いていて扉が半開きの状態でした、逃げたのが小ウサコだけだったのが不幸中の幸いといっちゃあ、幸い、天月も弁天もコロネもチェリーもシャーロックもサクラもスズもマサムネも小屋の奥で寝ていた、よかった、でも小ウサコはどこを探してもいなかった、それが放課後になってすぐ、十六時二十分の段階」
そこでオレンジのバンダナにつなぎにメガネの女の子が手を挙げた。「先ほど調べたんですが、本日の五限目、初等部で『ウサちゃんとのふれあい授業』があったようです、きっと担当の講師が鍵を閉め忘れたんじゃないかと」
「なるほど、相変わらずいい仕事するね、後藤ちゃん」
「恐縮です」後藤ちゃんはぴしっと敬礼した。
「まぁ、その担当講師を締め上げるのは後にして、とにもかくにも、このような由々しき事態はつなぎにオレンジという飼育委員のおそろいのチームカラーが決まってから初めてのこと、私の心中、穏やかじゃない、まして小ウサコ担当のウサコの心中、嵐であることは間違いないだろう、動物好きの皆さんならウサコ苦しみ、簡単に理解できると思います、出来なきゃ困る、一刻も早く小ウサコを見つけなきゃあならないね」
飼育委員たちは頷いた。
「で、皆に召集をかけたのはもちろん小ウサコの捜索のためだけど、こんなに広い学園の中をむやみに探しても拉致があかない、もし見つけたとしても小さくてすばしっこい小ウサコのことだからすぐに逃げてしまうかもしれない、だから、後藤ちゃん、アレ皆に配って」
「はい」後藤ちゃんは皆に黒くて携帯電話よりも大きい機械を配り始めた。
「インカムの使い方、分からない人、いない?」
飼育委員の面々にはインカムが渡されていた。イベントでスタッフが付けているような小さな無線機みたいなやつ。本体は腰のベルトにつけて、小型マイクを胸元に、イヤホンを耳に着ける。真奈にも、アリスにも渡された。マイクのボタンを押すとピっと電子音がして音声が全員のイヤホンに伝播する。「テステス、緊急事態です、どーぞ」
「ラジャラジャ、ココも同じです、どーぞ」
やり取りがイヤホンに伝わる。真奈のインカムは異常なし。
「小ウサコを発見次第、インカムで通達すること、通達され次第、皆で包囲網を張ること、小ウサコ包囲網ね、皆、くれぐれも股を開けておかないように、小ウサコは股をくぐって逃げるから、きちっと締めておくこと、何事も締りが大事よ、締りがね」
周防先輩がぐいっと股を締めると飼育委員から笑いがこぼれた。真奈も笑った。アリスといい、周防先輩といい、この学園には品行方正を象ったようなお嬢様だけじゃなくて、いろんな女の子がいる。「笑いごとじゃないよ、い~い、アイスホッケーのキーパーみたいにくぐらせちゃだめよ」
ウサコも小さく笑っていた。真奈は隣で少しほっとする。
「さぁ、お前ら、笑ってないで、散れぇえぇ!」
周防先輩がいきなりテンション高く叫んで、どこかに向かって物凄いスピードで走り出した。言われた通りに飼育委員の女の子たちは散った。真奈とウサコは一瞬目を合わせて別々の方向に走り出した。アリスは相変わらず真奈にくっついて来た。
「カメラを降ろしてちゃんと探すんだよ」真奈はアリスに言う。
「カメラは肉眼では気付かないものを見せてくれるんだ、」アリスが得意げに言った。「記録すれば後で何万回も過去を振りかることが出来るでしょ?」




