第五章⑧
かなえはエプロン姿でキッチンに立ち、クッキングヒーターのボタンを調節しながらお玉に乗せた味噌を溶かす。お玉を鍋の中で回して、ほどよい按配で小皿にスープを掬い、唇に近づける。「うーん、やっぱり比奈さんみたいにならないなぁ」
かなえは一人苦悩する。比奈に何回かおいしい味噌汁の作り方を教えてもらったけれど、何が違うのか全然同じように仕上がらない。カレーライスもそう、ハヤシライスもそう、クリームシチューもそう、ホットケーキもそう、なんだか別の食べ物に思えるのだった。焼きそばとカップ焼きそばくらいに違う。つまり、この味噌汁は味噌汁じゃない、なんて重たく考えてしまう。
そんなことを考えていたらレンジが鳴った。ミソスープのことはこれきりにして、ヘルシアの中のマグロの加減を見る。菜箸でマグロを突っついていたらミソラが携帯電話、いや、スマートフォンを片手に登場した。つまみ食いかしら?
「かなえ」
「なぁに?」
「料理は私が引き受ける、だから、」キッチンとリビングの敷居に立つミソラはなんというか、非常に言葉にしづらいんだけど、とにかく切迫している様子だった。「洗濯工場に三人を迎えに行ってきてくれ、杞憂だといいんだが、悪い予感がする」
ミソラはスマートフォンの画面をかなえに見せた。画面の情報はツイッターのつぶやきだった。かなえは何も聞かなかった。すぐにエプロンを脱いでミソラに渡す。廊下を歩きながらミソラに料理の状況を短く説明する。玄関でローファーを履く。おさげを払って襟を正す。ミソラはかなえにスマートフォンを渡した。「何かあったら、電話するんだぞ」
「うん、分かった」
ミソラは扉の横の掌形認証に手をかざす。重たい扉がゆっくりと動き出した。もどかしい。押すように、かなえは走り出た。
真奈たちは労働が終わって洗濯工場から出た。夕日が眩しい。昨日と違って程よい疲労加減だった。かなえの夕食がおいしく食べれそうだと思った。でも、その前に、アイスが食べたかった。それを梨香子と比奈に提案する。
「いいね、寄り道して行こうか、」梨香子は真奈の肩を軽く抱いた。「ひどく疲れた」
わざとらしく寄り掛かってくるけど、真奈には全然そんな風に見えなかった。労働中、遠くの方から梨香子の様子を見ていたけれど涼しい顔で乾燥機に女の子たちの下着やベイビードールやブラウスを放り込んでいた。疲れているなんてきっと嘘だ。
「ああ、きっと良くない習慣になっちゃうよ、労働の後にアイス、とても魅力的だけど、きっといいことばかりじゃないよね」
「今日だけ、」真奈は比奈を拝むように前に出た。「ね、比奈ちゃん」
「比奈ちゃんだって、」比奈はしぶしぶという顔を無理やり作って言う。「しょうがないわね、じゃあ、今日も比奈ちゃんがおごってあげますか」
「やったぁ」真奈は手を広げて喜ぶ。三人はアイスの自販機のある場所まで歩いていく。




