第五章⑤
熱気と湿気が物凄いアイロンのフロアを抜け、比奈と梨香子と真奈は入り口と反対側の扉から外へ出る。昨日と同じようにカブのエンジン音と女の子の話し声と白衣の女の子の罵声で外は騒がしかった。台車を押した女の子の列に三人も同じように並んだ。三人は当たり障りのない雑談をした。そしてふと、真奈は気付いた。女の子たちが梨香子を見てキャッキャッと騒いでいる。比奈だけでなく、梨香子もこういう場所での人気者だったのだ。梨香子はそういうことに気付きもしないで比奈と真剣に何かを話していた。かなえのことだった。何も考えてない風に見えて、梨香子はかなえのことをいろいろ考えているらしい。かなえの気持ちがなんとなく分かる真奈にしてみれば、梨香子の考えていることは少し調子はずれだったけれど。
そうこうしているうちに真奈たちの番が来た。
パッド的なコンピュータ機器を持った白衣の女の子は梨香子を見て一瞬、顔色を変えた。
「やあ、久しぶりだな、堂島」梨香子は自然に声をかけた。
白衣の女の子は堂島というらしい。堂島は無視したいけれど無視できない、という感じで梨香子に返答する。笑顔じゃない。「ええ、久しぶりね」
「骨折は、もう治ったのか?」
「いつの話よ、」堂島は苦笑い。「それより、あんた、ココに何しに来たの?」
「何って、」梨香子は周囲を見回してから答える。「洗濯以外に、ある?」
「うん、知ってたけど、」堂島はコンピュータ機器を持ち上げて言った。「おやつの時間にあんたの名前を見つけてホワイトチョコがビターだった」
「いいじゃん」梨香子は微笑む。
「よくないわよっ、……はっ、」堂島は自分のペースが乱されていることが分かったのか、咳払いをしてコンピュータ機器を睨んで指先をパネルの上で踊らせる。「ええっと、じゃあ、そうそう、浅間比奈は仕分けね、……よかったね、赤城真奈、今日は人が足りてるから浅間比奈と一緒に仕分けに入って」
真奈はほっと胸を撫で下ろしながら、少し物足りない表情。昨日の作業のグルグルとした訳の分からない状況も振り返るとなんだか楽しかったから。いや、やっぱりしんどいからよかった。今日は比奈も一緒だし、なんていうか、ラッキーだ。
「ええっと、あんたわ、」堂島はそう言って少し黙って呟いた。「……あれ? 乾燥機だったかなぁ? おかしいな」
堂島は自分の記憶を疑っていた。けれど、堂島はコンピュータを信じる女の子だったから自分の記憶を否定した。
「なに?」梨香子が聞く。
「ううん、」堂島は首を振った。「あんたのせいで少し記憶が混乱しただけよ、とにかく、あんたは乾燥機、せいぜい苦しむといいわっ」
「乾燥機か」梨香子は空を見上げ『くもりか』と独り言を言うように呟いた。




