第五章④
「よし」麻美子は携帯電話を畳んでひとまずやることを終えた顔をしている。
その顔が不服だ。「麻美子さん、真奈さんたち、もう中に入って行ってしまいましたよっ」
「ソレでいいんだ」
「何がいいんですか」ウサコは苛立ちを隠せなかった。
「ウサコ、落ち着きなって」
「落ち着いています」天樹を見ずにウサコは言った。
天樹はウサコの肩を掴んでこっちを向かせる。
「どうして天樹たちが動かなかったか考えてみろよ」
ウサコは天樹の真剣な目を見つめ、首を振る。「分かりません」
「ハンカチを用意する時間を作ったんだよっ」天樹はニヤッと言った。
麻美子は天樹の後頭部をパンと叩いた。「ふざけるな」
ウサコはハンカチをポケットから取り出してまたしまった。ウサコは泣き虫だからハンカチがないと落ち着かないのだ。
「ウサコ、梨香子がいただろ? あ、梨香子って言っても分からないか」
「あの方ですか? 以前いきなり喧嘩を売ってこられた」
「そうか、一応顔は知ってるんだ」
「あの方も?」
「そう、ミソラのコレクションナンバー・ツー、榛名梨香子、喧嘩が強い、竹刀でもあれば太刀打ちできそうだけれど、いかんせん梨香子の素手はヤバい」
「どれくらいですか?」
「男の子が涙を流して逃げるくらい」
「それは、」男の子との接点があまりないから、ウサコは世の中の男の子は全て筋骨隆々というイメージを持っていた。ウサコ以外でも幼稚舎からこの学園生活に浸りきっている女の子はそんな風なイメージを男の子に抱いている。明方女学園の外の社会を知らないから、女の子と同様に様々な男の子がいることを具体的に分かっていない。テレビやドラマや漫画の情報を通して知識はあるが、現実の男の子のことを想像するとどうしても偏ったイメージに執着してしまう。「ヤバいですね」
「ヤバいだろ? だから赤城真奈を奪取するのは洗濯の後、予定では二時間後だな、洗濯で梨香子も比奈も疲れ切ったところを狙う、納得した?」
「麻美子、顔が悪いよ」天樹が麻美子の顔を指差しケラケラと笑っている。
麻美子は天樹の首を絞める。
「一応、理解はしました」ウサコは頷いた。「でも、天樹さんは最終兵器なのでしょう?」
最終兵器の意味も分からないけれどウサコはそう言わずにはいられなかった。ウサコは待てなかった。時間が惜しい。二時間は長すぎる。「最終兵器だったら、なんでも出来るんじゃないですか?」
麻美子と天樹はじっとウサコを見た。訳の分からないことを言っているのは自分でも分かっていた。二人を困らせていることも重々承知。でも、やっぱり言わずにはいられない。
そんなウサコに麻美子は優しかった。思わず好きになりそうなくらい優しい。真奈が近くにいないからだろうか、ウサコは少し惚れっぽい。「最終兵器を使うのは、ここぞってときだ、今じゃない、ここぞってとき、分かるだろ? 魔法少女の必殺技は序盤、中盤に出てこない、ウルトラマンだったらカラータイマーがうるさい時だ」
「まあ、安心しなよ、」天樹に言われてもウサコはあんまり安心できない。「天樹はこれまでも様々な女の子たちを安心させてきたんだから」と、天樹はウインクした。流れ星のようなウインクだった。けれど、ウサコの不安はぬぐえない。




