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(私を苦悩させるさまざまな女の子たちの)ミソラ  作者: 枕木悠
第五章 Hello,My Friend(ハロウ・マイ・フレンド)
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第五章②

 洗濯工場を取り囲む、グラウンドのグリーンの芝ほどには手入れの行き届いていない茂みの中に、天樹と麻美子とウサコは姿を隠していた。そこからは洗濯工場の入り口がハッキリと確認できて、そこは入口へ向かう女の子からは死角になるポジションだった。洗濯工場で働く一人の女の子を捕まえるのにこれ程都合のいい場所はないだろう。もしかしたらすでにこの場所を愛用している変態さんが二人ぐらいいるかもしれない、そんな風に思えるほど都合のいい場所だった。

「まだかなぁ」

 天樹の小さな胸とブラウスの間はキッチンの隙間収納みたいになっているらしく、ウサコはそこから双眼鏡が出てくるのを確認した。その双眼鏡で天樹は洗濯工場の入り口、そしてその周辺を見回している。先ほどから女の子たちの往来は頻繁にあるが、まだ真奈らしき女の子は現れていない。ウサコが真奈を見逃すはずはないから、可能性としてはすでにもう中で働いているか、それか、まだやってきていないかのどちらかになる。

「そういえば、」麻美子が小声で呟く。「急いでここまできたから捕獲する道具を何も用意してないなぁ、ロープでもガムテープでも、何かあった方がよかったかな?」

「別に誘拐するわけじゃないんですよ、そんな物騒なもの、必要ありませんわ、私が真奈さんの手を引っ張れば、真奈さんは涙を流しながらついてきてくれるはずです」

「いや、そっちじゃなくて、連れが私たちを追いかけて来たら面倒だから、威嚇の道具でもいいな、ねずみ花火とか」

「連れ?」

「ミソラのコレクションナンバーワン、浅間比奈、彼女も一緒に洗濯工場で労働している」

「武器なんて必要ないよ、私がいるんだから」天樹は双眼鏡を覗きながら言った。ウサコにはどういう意味か分からない。

「天樹は最終兵器なんだ」麻美子は冗談っぽく言った。

「最終兵器?」

天樹はチラッとウサコを見た。そして笑って何も言わないでまた双眼鏡に目を引っ付けた。ウサコは首を傾げた。天樹のことがまだよく分からないからだ。未だ未知数だ。燦石先輩は変わり者と言っていたけれど具体的にどういうところが変わっているのだろう? 雰囲気は確かに変わり者だけれど。

「ふあああああ」天樹は大きな欠伸をしてコキコキと肩を鳴らした。

「……浅間比奈さんって、どんな方ですか?」ウサコは麻美子に尋ねた。

「レズビアン、厄介だよ」

「あ、もしかして、あの方ですか? 髪が長くて、笑い方がチャーミングで、真奈さんにキスをしようとしたり、真奈さんにキスをけしかけたり」

「ああ、うん、きっとあってるんじゃない?」

「絵画の中のような方でした、いえ、おとぎ話から飛び出してきた魔女のような不思議な人」

「ああ、確かに比奈は魔女だね」麻美子は笑いながら頷いていた。「魔性だ、何を考えているか、本当に分からない、でも、ミソラのコレクションドールになったら、なった妙義かなえと榛名梨香子にも同じような雰囲気を感じたな、私は」

「どういうことですか?」

「浮いてるんだよね、あ、もの凄く適当に言ってるから、そのままの意味で考えないで欲しいんだけど」

「浮く?」

「この学園の女の子じゃなくなるんだよね、あ、コレも物凄く適当な感想」

「どういうことですか?」

「うーん、簡単に説明できないんだけど、」麻美子はウサコの方を見て考えている。ウサコと比較してミソラのコレクションドールズに当てはめる適切な言葉を探しているようだ。「異世界の人みたいなんだ、あ、コレは率直な印象」

「ごめんなさい、麻美子さん、余計に分かりません」

「ごめんね、うーん、そうだな、簡単に言えば外国人だよ、余所者」

「よそもの」ウサコは麻美子の言葉を反芻した。

「大事なものが変わったんだよね」

 ウサコはその言葉の真意を知りたくて、また聞き返そうとした。その時だった。洗濯工場へ歩く三人の女の子の姿が確認できた。天樹が双眼鏡を畳んで胸にしまって腰をかがめた。麻美子も遠くの三人に気付かれないように注意しながら三人の様子を目だけ動かして窺っている。ウサコは三人の中に真奈がいるのが見えて走り出したい気分だった。麻美子が後ろから口を塞いで抱きしめていてくれなかったらウサコはきっと飛び出していたと思う。麻美子がウサコの耳元で舌打ちに続いて囁く。「どうして梨香子がいるんだよ……」と。

 天樹は目で麻美子に合図を送った。麻美子は頷く。ウサコは二人の間に何の情報が飛び交ったのかは分からない。とにかく二人は、三人の女の子が洗濯工場の中に消えてしまうまで何もアクションを起こさなかった。口を塞いでいた麻美子の手が離れると、ウサコは二人に向かって涙目で訴えた。

「どうして!?」この訴えには様々な意味が凝縮されている。悔しさが滲じみ、熱っぽい。

 一方で麻美子と天樹は冷静だった。

「梨香子がいる」天樹が言った。

「ああ、まずい、」麻美子が頷く。「レズよりもずっと厄介だ」

「麻美子、どうする?」

「一つ妙案がある、」麻美子は学園で禁止されているはずの携帯電話を取り出して棗田にダイヤルした。「棗田、……ああ、平安名か、至急作業割り当て表の変更だ、榛名梨香子を乾燥機に回して、……えっ、無理? ……それをどうにかするんだよ、大丈夫、締め切りは取り返せる九分以内なら、まだイケる、きっとこのタイミングを逃したら、金曜日の夜まで後悔することになるんだからっ」



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