第四章①
夜、ウサコは様々なことを考えながら寝床に入った。昨日は隣に真奈がいた。何も考えず、何も祈らず、ウサコは眠りにつくことが出来た。今日は一人、他の子の布団にもぐろうとも思わなかった。隣が真奈を知ったから、真奈以外考えられなくなる。ウサコは、イケないことだとは思いながら、体を覆う掛布団に真奈を代入して、妄想して、自分を騙して安らぎを得ようとした。安らげた、が、やはり真奈の実態が欲しい。欲しくて切なくなる。ウサコは長い間、ルームメイトを求めていた。こんな子が来たらいいな、あんな子が来たらいいな、と空想しない日はなかった。だから転校生がウサコのルームメイトになることを聞いたときの喜びは言葉に言い表せない感情の発露だった。静かだった部屋が騒がしくなるだろう、何かが変わるだろう、何か素晴らしいことが起こるのではないだろうか。神様がくれたプレゼントだと思った。長い間寂しさに耐えてきたウサギへのご褒美だと思った。ウサコは転校生を愛し、尽くさなければいけないと思った。例え、どんな女の子でも。けれど、想像してしまうのは仕方のないことで、寮の女の子たちやクラスメイト、通りすがった名前も分からない女の子を材料にして素晴しいルームメイト像をウサコは考えていた。けれどそれは無駄な作業だった。一言で言えば、真奈はウサコが思いも寄らなかった女の子だったからだ。言葉では上手く説明できないけれど、真奈という女の子はウサコの琴線に触って弾いて音楽を奏でた。ウサコは最初から真奈に夢中になった。ルームメイトだから誰よりも近くにいられる権利を最初から与えられている。その権利は絶対に手放すもんかとウサコは密かに誓った。だから真奈をクラスメイトに紹介するときや人気者の周防先輩や、アリスは別として、そのつど誰かに奪われるのではないかと苦悩するのは当然の反応だった。けれど、真奈のこれから、学園での生活の未来を考えると、ウサコの腕の中だけにいるのは当然おかしい。学園で生活するためにウサコ以外の女の子と関わる必要がある。ウサコは点滴のように、真奈を取り巻く女の子たちをコントロールしないといけないと思った。ウサコは真奈の隣で気付かれないように調節した。自分が常に真奈にとっても一番であるように。バランスを崩したまま平均台の上に立っているようなものだった。ドキドキしてハラハラした。けれど、真奈は近くにいてくれたから、ドキドキやハラハラは、むしろ心地の良いものだった。
ああ、真奈、あなたはどこへ行ってしまったの?
暗闇の中で目を開ける。暗い部屋の静けさがよく分かった。
真奈はいないのだ。
過去の寂しかった一人の日々の記憶よりも寂しさは深い。
一度、真奈を知ってしまったから、知らなかった夜よりも今が辛い。
一度真奈を知ってしまったから求めずにはいられないのだ。
中毒患者でしょうか?
ああ、私は酷い赤城ジャンキーです。
――眠った記憶はないけれど、朝になった。
カーテンから零れる明かりを無視できなくて、観念して、ウサコは起きた。欠伸も出ないほど目は冴えている。目を擦る。時計を見る。六時半。早くもなく、遅くもない時間。顔を洗おうと思い、ベッドから出る。遅い動作で洗面所に向かう。誰ともすれ違うことなく鏡の前に立つことが出来た。ウサコは鏡の中の自分を見る。とても不細工だ。目の下にうっすらとくまが出来ていて顔全体はむくんでいる。頬にニキビが出来ている。昨日洗顔をサボったのを後悔する。蛇口をひねって水を出した。両手ですくって顔に押し付ける。鏡を見る。水も滴るいい女になった。でも表情がいけない。疲れている。中毒者の初期の顔だ。ウサコは無理やり可愛い顔を作った。それから怒った顔、悲しそうな顔、キス顔、……誰かに見られなくてよかった、とにかく気持ちを立て直さないといけないと思った。髪をブラシで梳く。ヘアスプレーで、よくお姫様みたいと形容される(もちろんウサコ自身は冗談でもそんなこと思っていない)髪形を整えた。チョンチョンと毛先を弄りながら様々な角度から自分の髪型を確認する。
「うん、よし」とウサコが短く呟いた時だった。
「あ、ウサコ、いた、よかったぁ」燦石先輩が鏡の中に現れた。否、ウサコの後ろに現れた。ウサコはきょとんとして振り返る。
「どうしたんですか? 燦石先輩、よかったぁってなんです?」
「ウサコも謹慎になったんじゃないかって思って、いつもより早く起きたんなら、そう手紙に書いて枕元に置いておいてよ、心配したじゃんかぁ」
「謹慎? どうして私が?」ウサコは燦石先輩が何を言っているのか分からなかった。寝起きのせいじゃないことは確かだ。
「コレ、」燦石先輩は一枚のA4サイズの紙をウサコに見せる。「さっき新聞を取りにポストを開けたら、これも一緒に入ってたの、だからウサコを探したの、ねぇ、ウサコ、赤城ちゃんは一体何をしたの?」
「……無期、謹慎?」ウサコは文面に何回も目を走らせた。「無期謹慎? 無期謹慎って、どういうことですかっ!」
ウサコは燦石先輩に詰め寄って叫んだ。洗面所から出て廊下の壁際まで追い詰められた燦石先輩は冷や汗を掻きながら宥める。「ウサコ、ひーひーふーだよ、ひーひーふー」
燦石先輩のつまらない冗談はウサコの耳には届かないようだ。
「一体全体、何なんですか!? どうして真奈さんが謹慎中なんですか!? 無期謹慎って無期懲役と一緒ですか!? 執行猶予はあるんですか!? 保釈金はいくら払えばいいんですか!? 真奈さんはどんな悪いことをしたんですか!?」
「そうそう、」燦石先輩はわざと余裕な表情を作って人差し指を立てる。「私もそれが知りたかった」
「真奈さんが悪いことするはずないじゃないですか!?」ウサコは吼えた。気が動転してリミッターが機能を停止したのだ。
「君はトラか?」燦石先輩はまたつまらない冗談を言う。「トラコか? それともドラコか?」
「ウサコです!」ウサコは鋭く叫ぶ。普段の口調が大人しい分、迫力はある。
「ウサコ、とにかく落ち着こうよ」
「落ち着くなんて!」
「出来ない? それは駄目、絶対駄目、」燦石先輩は左右を見た。「あーあ、ほら、皆が起きてきちゃったじゃない」
寮の女の子たちが左右の廊下の曲がり角から野次馬の様に顔を覗かせていた。ウサコが落ち着いていない血走った目でソレを確認すると女の子たちは首を引っ込めた。二秒後、ウサコは俯き真っ赤な顔を両手で隠した。「……私の部屋で話しませんか?」
「うん、私もそれがベターだと思う」




