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(私を苦悩させるさまざまな女の子たちの)ミソラ  作者: 枕木悠
第一章 赤城中毒(アカギ・ジャンキィ)
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第一章③

 広い大理石の浴槽には真奈とかなえと梨香子が浸かっていた。誰しも目を閉じている。安心して天国を味わっているようだ。真奈は大理石の質感を背中に感じながら、反対の壁際に浸かる、かなえと梨香子を眺めた。この二人の真意を知りたい。

すなわち、味方なのか、敵か。

かなえは真奈と仲良くしたいと手を握った。梨香子も興味の度合いは低そうだったが真奈の手を握った。けれど、二人は真奈をミソラのコレクションルームから帰してくれる気はないようだ。あくまで謹慎中の身、ミソラのコレクションであれ、である。二人はミソラに従順に見える。そこには理由があると真奈は思った。だって、男に拳を振り上げる女の子と男を殺すために呪いに走る女の子だ。十三か十四の小娘のコレクションに簡単に収まるほど、物分かりがいいはずはないからだ。同じようなことをミソラが言っていたような気がする。

「……そろそろ上がろうか」お湯を梳くって顔をマッサージしながら梨香子は言った。頬が朱に染まっていてソファで雑誌を読んでいるときよりも子供っぽい。自然と警戒心が薄れる。一緒のお湯に浸かって心の距離が縮まったのだと錯覚したのかもしれない。ともかく、真奈はまだ風呂から上がりたくなかった。

「あっ、待って」

「何、真奈さん?」かなえが先に立ち上がっていた。おさげは解かれて、濡れた黒髪が裸体に張り付いている。ドキリ、とするほどかなえは綺麗で人形みたいだった。黄金比が形成されている。よく分かんないけれど。

「かなえはどうしてミソラのところにいるの?」真奈は肩をお湯から出さずに大理石の上をゆっくりとヒヨコみたいに移動する。

「どうしてって、」かなえは小さなタオルで大事な部分を隠しながら浴槽のふちに座って手の平で顔を仰いだ。「……謹慎中だから?」

 かなえは疑問形で梨香子に笑いかけた。言葉でうまく言い表せないから、多分、梨香子に説明を求めたのだ。梨香子は無表情で二秒考えてから、

「分かんないなぁ、」と首を大げさに傾けた。「……まぁ、ココに来てから喧嘩をしようとは思わなくなった、それはいいことだ、だから、私はずっと謹慎中でいい、まぁ、ずっと謹慎中だけど」

「リカちゃんがココにいる限り、私はずっとココにいるつもりだよ、」かなえはマジな視線を梨香子に向けた。大きい瞳は濡れてひときわ輝く。真奈はなぜかドキドキした。「私の理由はそれ、ソレだけでいい、それだけでいいけど、でも、居心地がいいよね、真奈さんもミソラのコレクションになったことだし、コレからもっと楽しくなりそう、……って真奈さん、どうしたの?」

「……へっ!? あ、えっーと、」真奈はまだドキドキしていた。かなえの梨香子に対する熱に当てられたようだ。かなえに呪われたら逃げられないなと思った。「なんでもない、あっ、もう一つ聞いていい?」

「どうぞ」

「なんで私のクラスにいたの?」

「一応真奈さんのクラスメイトだよ、私」

「いや、なんで謹慎中なのに更衣室にいたり、講義を受けたりできたのかなって」

「労働の対価」

「労働?」

「労働した分だけ、謹慎室から出られるの、ココにはそういう制度があるの、無論、制限があるけどね、寮に行っちゃいけないし、いちいち風紀委員に届け出なきゃいけないし、何時何分に部屋を出て、何をして、何時までに部屋に戻ってくるか、それまでに戻ってこれなかったら延長の申請をしなきゃいけない、そういう面倒くさい手続きを踏まなきゃいけない」

「なんで寮に行っちゃいけないの?」

「寮には監視カメラの数が少ないから、もしものことがあったとき大変でしょ、っていう理由だっけ? 一応謹慎をくらった危ないコは風紀委員の目の届かないところにはいかせられませんっていう理屈、それに、謹慎で一番辛いのは、私は例外だけど多くのコが上げるのが、寮に帰れないこと、なんだって、寮の仲間は家族みたいなものだからね、だから早く更正させるために寮に戻れないようにしているの、いくら労働してもね」

「労働って、具体的には?」真奈が聞く。

「沢山あるわ、比奈さんは洗濯、リカちゃんと私は図書館で図書委員の手伝いをしてるわ、主に返却期限を守らないコのところに行って本を回収してくる嫌な仕事だけど」

「へぇ、他には?」

「グランドのゴミ拾いとか、大学事務の雑用とか、いろいろあるわ、別に街に出てアルバイトをしてもいいのよ、お金も手に入るしね、少ないけどそういうコたちもいるわ」

「……もしかして、謹慎室って、ココ以外にもあるの?」

かなえは笑った。「ココは例外よ、真奈さん、こんなに広いお風呂があるのはココだけなんだから、ココ以外にも三十以上は謹慎室があるんじゃないかしら、詳しいことは分からないけど」

「正確には三十六、」梨香子が補足する。「で、来週にはまた一部屋出来る、どの部屋も定員超過だ」

「驚いた、そんなに多いんだ、皆お嬢様なのに、悪いことするんだ」

「お嬢様だから常識がない、」梨香子はかなえを一瞥。「かなえとか、比奈とかを見てれば、真奈ちゃんもすぐに分かるよ、あっ、ちょっと違うなって感じる」

「ちょっと、それ、」かなえはお湯を蹴って梨香子に浴びせる。「どういう意味?」

「かなえはお嬢様って意味」

「かなえは講義を受けるために、その、労働してるの?」真奈が聞く。

「いいえ、出欠簿はずっと斜線だったわ、私たちが労働しているのはもしものため、今日みたいに外に出る必要が出来た時のため、だから私たちは労働のために外に出て行くとき以外は引きこもってるわ、今日、わざわざクラスに出向いたのは、クラスメイトに久しぶりに会いたかったっていうのもあるけど、ミソラがぞっこんの真奈さんを、早く自分の目で拝みたかったからね」

「……私、ミソラにぞっこんされているの?」真奈は驚いた。

「たくさん可愛がられていたじゃない、それに真奈さんのために様々なことに悩んでいた」

「……そうかなぁ、……って、ミソラはなんで私のことを知っていたの? 私、転校生だよ」

「ミソラはなんでも知ってる、」梨香子が囁く。「博学だから」

「そういうもの?」

「真奈さんはミソラの愛に答えてあげるべきだよ」かなえは顔を仰いでいる。

「かなえは私の味方? 敵? どっち?」単刀直入に聞いた。真奈もそろそろ上せそうだったから。

「え?」かなえは真奈の真意が分からなかったらしい。「もちろん、味方でしょ、敵になる理由がどこにもないもの」

「違う、違う、言い方が悪かったかな、簡単に聞くけどさ、かなえは私をココから帰してくれる気があるの? ないの?」

かなえは火照った顔でじーっと真奈を見つめた。「真奈さん次第でしょ」

「どういうこと?」

「……真奈さんがにんじんを食べれば、謹慎は解けるんじゃないの?」かなえは足を組んだ。「そろそろ上がろうか?」

「そうなの? にんじんを食べなければなにも解決しないの?」

「それ以外に方法はないじゃない?」梨香子は囁く。「でも、分かりやすい」

「無理、」真奈は悩むこともなく言った。「……ねぇ、事後法は憲法とか法律とかに違反しないの?」

「真奈さん、そういう難しい話はなしにしようよ、私はミソラの無償の愛に答えてあげるべきだと思うよ、ミソラは真奈さんと一緒にいたいんだよ、にんじんを食べる努力をしたり、六法全書を持ち出すより、それはそれは簡単なこと」

「かなえはミソラの肩を持つんだ、私に自由はないの?」

「ココの生活は悪くないよ、真奈さんもすぐにミソラの魅力に気付く、ミソラの無償の愛に答えてあげるべき」

「一方的よ、私はミソラを祈っても拝んでもいない、正直言って、私、苦手だな、ミソラ、一緒にいると口の中が渇くっていうか」

「ああ、分かる分かる」梨香子が頷いた。

「そうね、ミソラって人見知りだから、私も初対面の時は真奈さんみたいに訳が分からなかったけれど、すぐに気付く、この人の心はエメラルドだって」

「何それ、冗談?」真奈は笑った。

「メタファ」かなえは短く言った。「ねぇ、私限界、そろそろ出ようか?」

「ねぇ、そのかなえはさっきから愛っていうけどさ、ミソラって、その、女の子が好きなの? 比奈さんみたいに?」

 もしそうだったら、真奈はそれに答える自信はない。女の子を可愛いと思って愛でるのと、女の子を欲しいと思って愛することは決定的に違うって真奈は思う。両者の間には明方女学園を取り囲むそり立つ壁よりも高い壁を感じる。簡単には向こう側に行けないし、壊せない。壊すにはダイナマイトに似た革命的な発明が生まれなければ。

「比奈さんとは、ちょっと違うんじゃないかなぁ?」かなえはまた疑問形で梨香子に上手い説明を求める。

「ミソラが考えていることは、未だにハッキリと分からないな、なんとなくは分かるけど、」梨香子は首を振った。そして面白いものを見つけたように急に笑った。真奈は梨香子も笑うんだと思った。「そういえば、かなえは私のこと、どう思っているわけ?」

「えっ!? 何っ!? いきなりっ!?」かなえの声がもわんもわんと浴室に反響する。

「今までかなえの気持ちを聞いたことはなかったなって思って、いい機会だから教えて、かなえが私を好いていることは分かっているよ、でもさ、どんな風に好きなのか、まだ聞いてなかった」

「いい機会って、何よぉ」恨めがましくかなえが口をすぼませる。いや、照れている。可愛いと思った。無論、レズとは関係ない意味で。

「今日は真奈ちゃんもいる、ね、真奈ちゃんも知りたいでしょ?」

「え?」気にならないこともない、というか、気になる。けれど、真奈はかなえを見る。怖い顔をしている。「……いや、私は別に」

「気を遣わなくてもいいよ、真奈ちゃん、今日から真奈ちゃんもココのファミリーなんだからね」

「はぁ」真奈は困る。

「ということだ、かなえ、」真奈の濁した返答を梨香子は肯定と受け取ったようだ。「話してくれ、かなえが私のことをどんな風に好きなのか、二人っきりになるとたまにキスをせがんでくるね、いろんな部分を触ってくるね、アレはどういうことなのか」

 かなえは大事な部分を隠していた小さなタオルを梨香子に投げた。「真奈さんっ!」

「は、はい!?」ジェット機のプロペラような鋭い声に真奈は驚いて立ちあがる。

「リカちゃんなんてほっといて先に上がりましょう」かなえは真奈のお湯の中の手首を強引に掴んで引っ張った。引っ張られるがまま真奈はかなえについていく。振り返って梨香子を見る。素敵な微笑みで真奈を見ていた。涼やかな瞳は真奈に『ごめんね』と言っている。真奈は小さく頷く。

脱衣所で体を拭きながら、かなえは真奈に念を押した。「リカちゃんが言ったの、全部ウソだから、私はキスなんてせがんでないしいろんな部分を触ってなんていない、リカちゃんはたまに私をからかうの、私をからかって楽しむの、でもそういうのが癖になると面倒臭いでしょ、だから私は怒ったふりをするの、あっ、またリカちゃんが私をからかって楽しもうとしてる、って分かったときは怒ったふりをするの、真奈さん、どうだった? 私の迫真の演技、ちょっと驚かせちゃったかな、ごめんね、でも、本気で怒ったわけじゃないから、私はあくまで冷静沈着の平常心、あっ、着替えはコレね、制服が濡れちゃったからパジャマ、真奈さんは赤城だから赤ね」

真奈はタオル地の赤いパジャマに袖を通しながら思った。ああ、コレからかなえの恋の相談相手になりそうだなぁ、弱ったなぁ、とか。でも、つよがるかなえを見ながら可愛いなぁとか思う。無論、レズとは関係ない意味で、だ。



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