プロローグ⑫
それから真奈とウサコは一旦荷物を取りに校舎へ戻り、寮へ帰った。
初めての『ただいま』だ。ウサコは「ちょっと待って下さい」と真奈を玄関の前に待たせて先に寮の中に入って行った。寮の名前は『鳩笛寮』だった。小さな表札が玄関の扉に掛かっていた。普通の一軒家よりも横に広い扉はチョコレート色で、ドアノブはなく、ここも掌形認証付の自動ドアだった。真奈は何も考えずにきょろきょろと寮の外観を見ていた。寮は横浜の赤レンガ倉庫みたいにずっと左右遠くまで続いていた。入口が等間隔に作られていて、それぞれに違う名前の表札がかかっている。つまり内部は繋がっていないということらしい。狭いお風呂と狭いキッチンはそれぞれの居住スペースにあるようで、わざわざ銭湯に行ったり食堂に出向いたりしなくて済むようである。
「入って下さぁい」
扉越しにウサコの声が聞こえる。掌を装置にあてると扉が開いた。
『お帰りなさぁい!』
声と同時に盛大なクラッカーの炸裂音。火薬の匂いが鼻をつく。鳩笛寮の皆が真奈を盛大に歓迎してくれた。なんとなく予想していたこととは言え、嬉しくないわけがない。ちょっと放心状態だったけれど、ええっと、こういうときはどうしたらいいんだろう。
真奈は自分の顔に思いっきり今の気持ちを注ぎ込んで叫んだ。
「ただいま!」
勢いでウサコに抱き付いて押し倒す。そのままパーティが始まった。明日も学校なのに深夜まで騒いだ。そしてウサコと一緒に同じベッドに寝転んだ。真奈はタオル地のパジャマを着ていた。ウサコのプレゼントだった。
「ごめん、私、おそばとか何も用意してない」真奈はつまらない冗談を言った。
するとウサコは恥ずかしいことを言った。「真奈さんが私にとっては最高のギフトです」
疲れていたからだろうか、荷物の整理も明日の準備も転校初日の夜はウサコの柔らかさを詳細に確認することもなくすぐに眠ってしまった。そういえば、アリスは一体にどこに消えてしまったんだろう、でも明日になったらまた会えるよね、そんなことをうつらうつらと考えながら。




