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(私を苦悩させるさまざまな女の子たちの)ミソラ  作者: 枕木悠
(私を苦悩させるさまざまな女の子たちの)イントロダクション
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イントロダクション①

 ナチュラルメイクの施された端正な顔立ち。

 太陽に反射する、健康的な白いうなじ、首筋。

 いわゆる絶対領域を演出するミニスカートからこぼれる太もも、それからワンポイントのマークが可愛い黒いハイニーソックス。

 丁度衣替えの季節だからか、パンフレットで見た深緑色のブレザー姿の女の子はあまり見当たらなくて、涼やかなブラウス、胸元にチェリーレッドのリボンを咲かせた、肌の露出度の高い女の子たちが赤煉瓦の敷き詰められた道を歩いていく。

 色とりどりの花々が咲き乱れているようだった。威圧感を感じるほど美しい景色。見慣れない景色にクラクラする。酔ってしまいそうなほど。

 彼女たちの足元のローファは綺麗に手入れが行き届いていて、必然的に自分の足元と比較してしまう。

 赤城マナの足元は薄汚れたナイキのエアマックスの白赤。

 この場所でただ一人、過去の遺物のようなセーラ服に身を包んだマナは、明方女学園の正門の前から動けずにいた。キョロキョロと周囲を見回しながら、自分の場違いさ加減になんだか泣きそうだった。

 傍から見ると挙動不審という言葉がピッタリ当てはまる。

 肩にかけたこれまたナイキのロゴが目立つ巨大なドラムバックのせいで、マナはバランスが上手くとれなくてヨロヨロしてしまう。バックにはタオルと下着と靴下が一杯に詰まっていた。

「あっ、……ご、ごめんなさいっ!」

 キョロキョロとヨロヨロとしていたらすれ違った女の子にぶつかってしまった。

 ピンク色の小さな花を踏んづけてしまったような気分。

 都会に慣れない田舎娘は精一杯頭を下げる。膝が目の近くに来るくらいに。

「こちらこそ、ごめんなさいね」

 どこの誰か存じ上げないけれど、紳士、いや、淑女な態度で都会の少女は軽く微笑み、小さな手のひらを田舎娘に向けての小さな会釈をくれた。少しいい匂いがした。悔恨も何も残さない麗しい去り際。田舎娘はその寛大な女生徒の後姿をじーっと見つめた。

「ああ、こんなことなら、」とセーラ服の田舎娘は下唇を噛んだ。「中途半端に髪の毛を茶色に染めてくるんじゃなかった」

 自分の髪を触りながら少し後悔。せっかく都会に出るからと、張り切って染めたのだった。さっきぶつかった女生徒のスラリと伸びた髪の毛は色素の濃い黒髪で、紫式部の時代から女の子ならば誰しもが憧れるところのもの。

 見渡せば髪の毛を染めている女の子は見当たらなかった。品行方正という形容がピッタリ当てはまる少女たちの中に、マナのように髪の毛を中途半端に明るくしているような少女はいなかった。

 ここにいていいのかな?

 マナは途端にどこまでもどこまでも恥ずかしくなってくる。田舎娘の濃い眉がへの字になる。明らかに場違いだ。浮いている。敵意のない、好奇の視線はずっと背中で感じていた。田舎者で、セーラー服だからしょうがないけど、しょうがないでは割り切れない、嫌な気持ちが大きくなっていく。溜息。自意識過剰かしら?

「えーっと、赤城、……マナさん、ですか?」

「ふぇ!?」

 唐突に声をかけられてビックリしてしまった。声を裏返しながら、振り向き頷く。「……は、はいっ」

 振り向くと、お姫様みたいな女の子が立っていた。

 黒く澄んだ大きな瞳。唇はピンク色をしていて柔らかそうだった。軽くパーマがかかったようなとても柔らかそうな髪の毛はふわふわで思わず触ってしまいそうになる。どこかの異世界の、どこかのキングダムのお姫様と言われたら疑うことなく信じてしまうだろう。

 時折唇の隙間から覗く、八重歯が可愛い。

「少しお待たせしてしまったでしょうか?」

「……ああ、いや、全然っ、」マナは大きく首を振る。実は約束していた時間の三十分も前から校門の前で立ち尽くしていたとは言えない。それはともかく、マナは確かにこの女の子と約束していた。「全然、今来たばっかり、です」

「赤城さん、」と少女は軽く、気品高く微笑み、胸元に手を当てている。「電話ではご挨拶しましたけれどもあらためまして、初めまして宇佐美ユイコです、これからよろしくお願いします」

「あ、こちらこそ、初めましてっ、」マナは慌てて頭を下げる。「えっと、そのっ、えーっと、宇佐美さん、よろしく、ねっ」

 マナは持ち前の明るさを表情に込めて思いっきりの笑顔を作った。何事も第一印象が肝心。ユイコに嫌われてしまっては、マナの学園生活は最初からハードモードになってしまう。

 ユイコはマナがこれからお世話になる寮のルームメイトであり、転入試験に受かり寮に入ることが決まった段階で「初日は私がお迎えに参ります」と連絡をくれていたのだ。

 ユイコはマナの明るさに心を許してくれたのだろうか、手のひらを合わせて嬉しそうにしゃべり始めた。

「こちらこそ、これからルームメイトとして末永くよろしくお願いします、私のことは親しみを込めてウサコとお呼びください、友人も皆そう呼びます、もちろん今から私とマナさんはお友達です、仲良くいたしましょう、実を言いますと、私、ずーっとルームメイトがいなくて寂しかったんです、お恥ずかしい話、夜、一人で眠れないものですから、毎日毎日同級生や先輩方のお布団に無理言ってお邪魔させていただいてたんです、でも、もう安心です、マナさんが一緒に寝てくだされば、あっ、提案なんですけれど、二段ベッドの二段目は荷物置き場に致しませんか? それで二人で一緒のお布団で寝るというのはどうですか? 私、きっと考えてしまうと思うんです、もしマナさんが二段ベッドの上にいなかったらどうしよう、そんなことを考えて怖くなって眠れなくなってしまうと思うんです、だから、もしマナさんさえよろしかったら一緒のお布団にーっと思いまして、あ、私、寝相は悪くありませんよ、いびきも歯ぎしりもしませんし、抱き枕にしていただいても構いません、私、自慢じゃないですけれど、結構柔らかいんですよ、ウサコは柔らかいって評判なんです、マナさん、どうぞ、試しに抱き付いてみますか? ……って、マナさん、どうかしました?」

 おっとりとした催眠術みたいな口調と彼女の幻想的な美貌が原因だった。田舎暮らしでつまらない風景ばかり眺めていたマナの目はウサコという少女にくらんでいた。「……可愛いなぁ、と思って」

「はい?」

 ウサコの訝しげな表情が網膜に届いてからやっと、マナは慌てて酔いを冷ますように首を振る。「……えっ、あっ、えっと、私ってば、何言ってんだろ」

「何が可愛いんですか?」

 目の前のウサコはまるで自分のことなんて全然可愛くないという風に小首を傾げ、吸い込まれそうなほどに純な瞳でこちらを見てくる。ウサコはどこからどう見ても美しく可憐であり、否定しようのない美少女だった。わざわざ聞かなくても可愛いのは自分のことだって分かるだろうに。もしかしたらわざと聞いているのかもしれない。自分のことを可愛いって分かっているけど敢えて聞いているのかもしれない。小首を傾げたナチュラルな仕草も実は全て演技かもしれない。ウサコが自分のことを可愛いと認識してないわけがない。マナはさまざまなことを考えてしまった。まだは明方女学園に慣れてないから。苦悩したと言い換えても大げさではないくらい、真奈はさまざまなことを考えてしまう。

「………………………制服」

「制服?」

「そっ、明方の制服、可愛い」

 真奈がマレーシアからの留学生みたいな片言でツンとウサコから目を逸らしたのは、ウサコがまだ疑っているような目を止めないからだった。『制服? 私のことじゃなくて、制服? 私が可愛いって言ってくださらない?』という酷なことを要求する目に見えないこともなかったからだ。いや、きっと、真奈の思い過ごしなのだけれど。

「うーん、わたくしはぁ、」小悪魔は人差し指を唇に当てて天使のような微笑みで言う。「私は真奈さんのセーラー服の方が可愛いと思いますよ、まぁ、隣の芝はよく見えると言いますし、どっちも可愛いのでしょうね、あっ、そうですわ、今度制服を交換してみませんか?」

 真奈がぎこちなく頷くと、ウサコは喜んで両手を広げた。「やったぁ、私だけの、ルームメイトの特権ですねっ、……あっ、でもぉ」

 と、なにやら急に悲しそうな顔をしてウサコは自分の胸元と真奈の胸元を見比べ始めた。真奈も見比べた。真奈のは大きくて、ウサコのは小さかった。ウサコはコンプレックスを抱いているようだった。「私が着ても真奈さんみたいにセーラー服を着こなせないでしょうね、ううぅ……」

 心底しゅんとしていた。フォローしないわけにはいけない空気だった。「べ、別に気にすることないんじゃない? 私は、その、ウサコがセーラー服を着ているの、見たいな、私も着たいし、明方の制服、これから買う予定もないから、うん、今度交換してみよう」

 真奈がそう提案すると、ウサコは大きい目で見つめてきた。目のやり場に非常に困る。

「真奈さんは優しいのですね」

そんなことを真顔で言われるとは思っていなかった。そんなことを田舎で言われたことなんて一度もない。ああ、世界が変わったんだな、と真奈は考えてしまう。

 とにかく、明方女子の校則には制服の着用義務はない。他の学校の制服でも着物でもメイド服でもどんな格好でも登校してもいいことになっていた。だから真奈はセーラー服のままだったし、別に制服を購入しなくてもいいだろうと考えていた。理由は主にお金がないからだ。けれど御覧のように大半の生徒は明方女子の制服を上品に身に纏っていた。だから真奈も少し揺らいでいた。正式に仲間入りするための許可証じゃないけれど、制服の力を借りたいと思ったのだ。でも、ウサコが『可愛い』ってセーラー服を認めてくれるんだったら、

「まぁ、セーラー服も悪くないよねぇ」と舌を出して真奈は『うーん』と伸びをしてそういう些細な問題を考えるのを止める。

 明方女学園には幼稚舎と初等部と中等部と高等部と大学が連なっていて、その施設を全て合わせると一つの町と思えるほどに敷地は広い。都会の中にあって緑が多く、空気が綺麗だから、休日の大学のグラウンドには学生だけでなく一般の老若男女も訪れる。付属図書館も一般に開放されているし、二年前の最新技術を結集したプラネタリウムもあるから、明方女学園は一種の生涯学習センターと化している。

そんな風に開放的な面がある一方、女学園ゆえに敷地を取り囲むそり立つ壁は見上げるほど高く、頂点にはもれなく電気の流れる有刺鉄線もついていて、スズメ、シラサギはおろかカラスさえも寄り付かない。その壁は幼稚舎と初等部と中等部と高等部と大学の境にも続いていて、それぞれを行き来するためにはわざわざ中央の講堂兼体育館のアリーナを通って行かなければならない。また、これも女学園ゆえ、いたるところに監視カメラが設置されているから、変態、不審者、テロリストが学園内に紛れ込んでもすぐに学園内に駐在する多くの警備員が一斉に動き殲滅に当たる。警備員は全員女性であり、万が一がないよう、その辺も抜かりなく徹底されている。

というようなことを昇降口前の学園の案内板を見ながらウサコは簡単に説明してくれた。

「私たちの寮はココです、」ウサコは学園の長方形の見取り図の左下の角を指差した。アリーナから一番西南の場所、高等部の校門はアリーナの真南、高等部の校舎から音楽室や美術室や家庭科室なども含まれる部室塔を挟んで反対側にある。「かなり距離がありますから寮へ行くのは講義が終わってからにしましょう」

 ウサコが言うようにこの学園では授業のことを講義と呼び、生徒は講師の待つ講義室にいちいち出向かねばならないようだ。真奈には新鮮だが、幼稚舎からずっと明方女学園に通うウサコにしたら当然それが普通らしく、真奈が前の高校のことを話すと新鮮に驚いていた。自分の教室、というのはないから便宜上クラスで分けられた更衣室で講義の準備をするらしい。真奈はウサコと同じ一年I組になるらしい。分かってはいたことだが、生徒多すぎ。

 一年I組の更衣室はエスカレーターで二階に上がり、廊下を左に進んで二〇五号室の向かいにあった。木目調の扉の横には掌形認証の装置がある。ウサコがぴとっと右手で触れるとライトグリーンの直線が瞬時に掌を読み、OKと表示し、鍵が開いた。

 真奈は少し緊張していた。中にはクラスメイトがいるのだ。ウサコの後ろに隠れるようにしていたが、「どうぞ」と促されて更衣室の扉を開いた。

 更衣室の中で談笑したり、おさげに髪を結んでいたり、物理学雑誌を読んでいたりと各々様々なことをしている少女たちはざっと三十人いた。更衣室は思っていたよりも広く、部屋の中央に大きな楕円形の机と丸椅子があり、三十人のうちのほとんどはそこに座っていた。机の向こう側にはホワイトボードがあって黒マジックでなにやら描いている女子もいる。それは都会らしく前衛的で、とどのつまり真奈にはよく分からなかった。

 それはともかく真奈もウサコも何も言わずとも更衣室は自然に静になった。視線が見慣れないセーラー服に集まる。真奈はカッチカチに固まり、怯んでしまった。決して緊張しいではないのだが転校の挨拶は人生で初めてのことだったので頭が真っ白になってしまう。見かねたウサコは真奈の手を取りホワイトボードの前に連れて行って真奈のことをクラスメイトに紹介する。「本日からこの明方女学園に転校なさってきました、赤城真奈さんです、さ、真奈さん」

 ウサコは真奈の背中をそっと触った。

「え、えっーと、」昨晩、色々と考えていた文句は全然思い浮かばない。とりあえず、真奈は極上の引きつったスマイルで思いつくことをしゃべった。「皆さん、おはようございます、赤城真奈です、最近、暑いと思ったら途端に寒くなったり、梅雨にも入ったみたいで余計冷えちゃったり、おまけに湿気のせいで髪もまとまらないし、気温の変化が激しかったりするので体調など崩されないようにお気を付け下さい、って何言ってんだ、私、えっーと、以前は田舎の高校に通っておりました、ココみたいに都会じゃなくて、それはそれは国宝級もののド田舎でした、皆さんのような上品なお嬢様なんてどこにもいませんでした、裸足で川に飛び込んでセーラー服を濡らしてケラケラと下品に笑う田舎ものばかりでした、もちろん私もその一人、いや、筆頭、だから都会の常識とかマナーとかよく分からないので皆さんに何か粗相をするかもしれません、そのときは寛大な心で許してやってください、コノヤローと殴ってもらっても構いません、一日も早くココになれるように努力します、どうかよろしくしてやってください、仲良くしてください」

 みたいな取り留めのない自己紹介をして真奈が深々と頭を下げるとどこからともなく拍手が始まり、歓迎のムードが起こった。真奈はほっとしてクラスメイトを見まわした。と、そのとき悪戯っぽいノリで、

「はいっ、チーズ」と聞こえて、ぬっと目の前に手のひらサイズのビデオカメラを持った女の子が出現した。途端にピコっというシャッター音がして、つまり真奈はウサコとのツーショット写真を撮られたようだった。「うん、いいね、いいね、都会の穢れを何も知らない田舎娘の純粋な驚き」

 そのビデオカメラの女子は顔の三分の一を隠す巨大な黒縁メガネをかけていた。おまけにキノコみたいなボブカットの髪の毛が顔を包むように白い肌を隠しているから、素の顔はよく分からない。印象的なのはメガネのレンズの奥でギラギラと輝き、ギョロギョロと動く大きな目。真奈は瞬間的にこの女子は変わり者で親しみやすいと思った。「ちょっと勝手に撮らないでよ、あんた何様?」

 と、真奈は自然に出たスマイルでビデオカメラに手を伸ばす。ビデオカメラの女の子はレンズを真奈に向けたまま、ひょいと身を躱す。「撮られていることを意識したら、ありのままじゃなくなるでしょ?」

「今も録画してるの?」

「赤城真奈が更衣室に入る前からね、転校生なんて撮影したことないからね、私は赤城真奈が許可をしてくれなくても撮るよ、イリオモテヤマネコより私は赤城真奈を撮るよ」

「なんでフルネームなの?」真奈はおかしかった。緊張はすっかり解けていた。「別にいいよ、撮っても、えーっと、」

「宮藤アリスさんです、」ウサコが答えてくれた。「映像学部の部長さんです」

「宮藤アリス、部長なんだ、すごい」

「高等部の部員は私だけ、だから部長、すごくもなんともないよ、赤城真奈は映像学に興味はある?」

「映画は好きだよ、でも趣味だとは言えないなぁ」

「そう、残念」

「ねぇ、いい加減、カメラをおろしたら?」

「気にしないで」

「私が気にするのっ」

「気にしているのも転校生赤城真奈の生態だろうか?」

「下手なナレーション」

「明方の女子で私のビデオカメラに気を使うものなど誰もいないのに、ますます転校生赤城真奈に密着したくなる」

「本当?」ウサコに聞く。

「アリスさんがカメラを持っていない方が不自然ですからね、」確かにウサコも他の皆もビデオカメラに遠慮してすましたり可愛い子ぶったりはしていない。「むしろアリスさんがカメラを持っていなかったら何かあったんじゃないかって、逆に気を使ってしまいます」

 と、ウサコが言ったところでチャイムが鳴った。とても落ち着いた音色。アリスはソコでやっとカメラをおろした。授業開始十分前の予冷。皆、英語の教科書とノートと筆記用具を持って更衣室からぞろぞろと出ていく。「さぁ、私たちも参りましょうか」

「うん」

真奈は荷物をロッカーにしまう。カバンから筆記用具とノートを出して、そこではっと気付いた。教科書とか、その他諸々の教材は寮の方に届いているとのことだったから。「教科書、寮に届いてるんだった、どうしよう?」

「そうだったんですか? あっ、そういえば何やら小包が真奈さん宛に届いていました、きっとソレだったんですね、私もうっかりしていました」

「取りに走ろうかな」

「そんなことをしては遅刻してしまいますよ、大丈夫です、講義室の席は決まっていませんし、私が真奈さんの隣に座れば万事解決です」

「ウサコ、ありがとう、」真奈はウサコに抱き付いた。別に他意はない。田舎の女の子は嬉しさを表現するときに誰彼かまわず抱き締めることがある。「ウサコはええ子やなぁ、なんでそんなに優しいの?」

ウサコは田舎者のスキンシップに恥ずかしそうだった。顔を赤らめて言う。「……お友達として当然のことです」

「うんうん、なるほどなるほど、お友達として当然かぁ、なるほどなるほど、」真奈は無条件に喜ぶ一方、機械的な視線にジト目をやった。「……で、あんたはさっきから何をしているのかな?」

 アリスは片方の腕で教科書とノートと筆記用具を抱いて、じーっとビデオカメラを回していた。気配は黒猫みたいになかった。もう更衣室から講義室に向かったと思ったのに。本当にカメラを止めないようだ。アリスに慣れない真奈にとっては薄気味悪い。

「赤城真奈とウサコの友情を撮っているんだぁ、」アリスは生真面目に答えて、また生真面目に何やら考えて、「……いや、友情かな、私の目には友情よりももっとすごいものに見える、端的に言うと、それは、愛、かな?」

「なぁーに、言ってんだか」

真奈はカメラに手を伸ばしながらニコニコと言う。一方、

「そ、そんなつまらない冗談は言わないでくださいっ!」真奈がポカンとするほど鋭い口調でウサコは怒鳴った。

「…………」アリスは何も言わずにカメラを回す。真奈にはこの空気がよく分からない。

「……真奈さん、アリスさんなんかほっといて先に行きましょうっ」

「う、うん」

 ウサコは真奈の手を握ろうとして、ちょっと躊躇って、結局真奈の手を握って強い力で引っ張っていく。アリスはやっぱりじーっとカメラを向けていた。アリスは何を考えてカメラを回しているんだろう、と真奈は思った。

「あっ、ウサコちょっと待って、アリスっ、」真奈はアリスに駆け寄る。例によってアリスはレンズを真奈に向けた。「さっき撮った写真、アレ、頂戴」

「いいよ、データで送ろうか?」

「プリントアウトしてよ」

「いいよ」

「二枚ね、私とウサコの分、友情の証」

「りょーかい」

「真奈さん、遅れちゃいますよ」ウサコがいらだたしげに離れた場所から叫ぶ。真奈は駆け足でウサコに並ぶ。アリスは三歩遅れて駆け足だった。英語の講義室は五階だからエスカレーターも走った。予鈴と一緒に講義室に駆け込んだ。一番後ろの三人掛けの机が開いていたから真奈を真ん中に三人で座った。


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