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手に職

今更ですが大変なことに気づきました。

戦国DQNとか題しておきながら、舞台背景が安土桃山です。。。。。

そんでもって地味な侍と、親不孝に後悔する現代DQNが融合したので

ちょっとマザコン気味なだけで普通の孝行息子が出来上がってしまいました。。。。。


 田辺寺の一行になんらかの目的があったとしても、今の状況を他力本願的に解決するという見通しは変わらず、俺はスカンピンのまま、赤もろこしを食って腹を壊し続けることになる。可能ならば、なんぞ目立たぬ形で内職などして、現金収入があれば良いのだが。

 そう考えていた夏の盛り。寺の草むしりの日々を送っていた頃のこと。

 これまで田辺寺で見たことのない侍が、米だの酒だのを山と持参して、義昭叔父を訪ねてきたのであった。

 その侍の名は、内藤如安。


「如安とは、キリシタンの洗礼名でございまして、わたくしは半年ほど前まで公方様のご家来としてこちらのごやっかいになっていたのでございます」


 三十代半ばという男はにこやかで、殺伐としたこの時代に生きているとは思えないほど柔らかい表情の持ち主である。聞けば、今では羽柴に連なる小西家へ奉公しているという。

 なんでも、困窮した田辺寺一行を経済的に支えるため、一番若かった内藤如安が他家へと移り、新たな主の許す範囲で旧主を支援したいという義理堅い男らしい。受け入れる側の小西家は、ほんの数年前まで堺で商売を営んでいた家であり、亡き備前領主、宇喜多直家が織田家に臣従を申し出た際に、交渉ルートとして羽柴秀吉を紹介したことから取り立てられた異色の背景があり、武家としての故事に明るく、畿内での辛酸を知る如安は喉から手が出るほど欲しい人材であったようだ。移籍話が浮上した当初、如安の穢れなき義理堅さは、義昭叔父から離れることに精神的な抵抗を抱かせたと話すが、新たな主君の小西行長が如安と同じキリシタンであった縁も手伝って、今では布教を兼ねて、日々の役目に精を出しているという。

 話す如安の表情は、仏様かと見紛うほどに穏やかである。

 それらも見方を変えれば人材派遣業か、人身売買ではないかとも思われたが、俺の状況よりもはるかにマシといえる。小西家は秀吉によって取り立てられた新参ではあるが、子飼いである。他のおもねってくる有象無象より信頼され、出世も約束されたようなものだ。ここにいて腐っている俺は、草むしりの達人にしかなれない。


「それがしも、如安どののように他家へと送り出していただいて、公方様を陰ながらお支えする、というわけにはまいらぬものでしょうか?」


 華麗なる転身を羨ましく思った俺は、周囲の幕臣には聞こえないよう、声を潜めて如安に訊いてみたが、返答は芳しいものではなかった。


「正頭様は、足利のご一門でもあり、引付頭人は関東管領に次ぐ権威ある役職でございますから、公方様も正頭様をお手元に置かれる考えではありませぬか?もし、他家へと移るとしても、正頭様を従えるとなれば、どれほどの大身か、わたくしのいる小西家では釣合いますまい」


 ならば大身のもとへ移ればよいではないか、と安易に考えたいところであるが、現代の感覚で言えばフリーターが唐突に「明日から大企業の重役になる」というようなもので、頭がおかしくなったかと疑われるレベルである。小西家は期待できる勢力ではあったが、大身というほどではなく、平成風にいえば売り出し中のベンチャー企業というところだ。

 加えて、能力のある如安が義昭叔父のもとに埋もれていたことこそ大変珍しいことで、生まればかり立派で、故事にうとく、槍働きの実績もない俺には小西家でも高嶺の花である。

 ひとたびは現実を知り、がっくりと肩を落とす俺だったが、なんの、母上様をおまたせしているではないかと、力を込めて言い募った。


「しかし、このままここにおっても、幕臣としてのお役目もなく、体をなまらせるばかりでござる。他家への奉公はないにしても、なにか外聞の悪くない働き口などご存知では?」


 せめてスカンピンの状況を改善すべく、義昭叔父の名を汚さないような場所で日銭を稼ぎたい旨を伝えると、如安は腕組みをしてひとしきり唸った。


「なくはないのでございますが…」


 口が重く、逡巡する如安に、拝み倒す勢いで、


「お頼み申す。それがしが銭を得れば、公方様のお暮らしも幾らか楽になりましょうぞ。旧臣として公方様をお思いならば、なにとぞお力添えを」


 そこまで言ってようやく、如安は決心してくれたのである。





「先年より、わたくしの従姪にあたる縁者が、津之郷よりさほど離れぬところに越してきまして、窯を作って器を焼いておりまする。夫は若いながらもなかなか腕の良い茶碗焼きで、堺に卸すまでになって喜んでおりましたが、どうにも病気がちになり、窯を続けるにも人手が欲しいと申しております。近いうちに人を探さねばと思うておりましたゆえ、正頭様が手慰みついでにお力添えいただければ、助かりましょう」


 さほど離れぬといいながらもそこは片道だけで半日がかり距離にあった。毎日通うには不便であり、義昭叔父らに無断で行き来できるわけもないので、些少ではあるが軍資金を調達してまいると許しを得て、月の半分ほどをそちらで過ごし、住み込むような形で備後百谷村と二重生活を送ることになった。

 すると、堺と取引のある陶工の家では当然のように米を食っていたので、赤もろこしに苦労していた俺は助かった。これには、如安どのにはただただ感謝せざるを得ない。また陶工という職種も良かった。茶道がもてはやされている昨今、茶碗焼きは武士の嗜みとして珍しくはあるが、落ちぶれた武士が手に職をつけ、新しい生業を得る方法としては、まずまずの部類に入る。取引先も武士や大店の商家が多く、美的なセンスを問われる仕事は技能職と知識階級のちょうど中間だ。百姓の手伝いをするよりは武士としての体面も保たれるのであった。

 俺は自分自身で意外に思ったのだが、竜次の頃に学校の成績一般が壊滅的であったところ、美術と保健体育ばかりは毎度5を頂く特別な才能に恵まれており、働き始めてすぐにスジの良さを認められて、絵付けまで任されるほどとなった。


「まこと、尾池様の描かれる文様は斬新にございますな。ネズミとアヒルや、青狸の柄もひょげていて良いが、筆の方も、夜露死苦、仏恥義理など傾いたものがお武家様に喜ばれておるそうで」


 津之郷から七、八里ほど離れた百谷村の窯元で、俺は師匠に褒められていた。師匠はまだ若く、俺と十も違わないと思うのだが、以前は畿内のさる大名から懇意にされ、援助のもとで腕を磨いてきたという。

 だが諸行無常の通り、援助してくれていた家が没落してからは妻の親類にあたる内藤如安を頼って備後へと移り住み、今に至っている。師匠はいつものように不自然なほど風格のある平蜘蛛釜で湯を沸かし、俺に茶を一服馳走してくれた。

 俺が口をつけたところで、師匠がしみじみと言う。


「このところ、手前は体力がめっきり落ちて、窯の番などとても務まらぬところでございました。尾池様に来ていただけなければどうなったことか。そればかりか、尾池様のお手による絵付け皿がよく売れて、手前どもの窯も勢いを増しておりまする」


「なに、それがしはお師匠様のお指図に従っただけでござる。おだてて下さいまするな」


 若い師匠夫婦と俺の三人は、それから半年ほども穏やかながら忙しい日々を送った。師匠の体調ばかりは、いまだ本復ならずといったところだが、仕事に充実し、若い夫婦が笑顔で日々を暮らす様子は、俺にも嫁がいたら、などと妄想させてくれるほど幸せな光景であった。





 明けて天正十四年の三月。

 まだ寒さの残るこの頃、師匠の病のお加減が急に悪くなり、ろくろを回すこともできなくなってしまった。その頃には俺もひと通りの仕事を覚えていたので、竜次の器用さを生かして急場しのぎに色々と手を出してみるが、形になったとしても慣れていないため手間が余計にかかり、一人では窯を運営することが難しくなってしまった。

 師匠は、病の床についたまま詫びた。


「申し訳ございません。如安さまにご紹介いただいてここまでしていただいたというのに、わたしが不甲斐ないばかりに、大変なご苦労を強いてしまいました…」


 半年働いたことで、俺は茶碗焼きというものを臨時の日銭稼ぎとは思えなくなっていた。

 茶碗焼きに力を入れることになったのは、単に俺の熱意が盛り上がったという話ではなく、諸々の事情が、俺をそうさせていたのである。特に、田辺寺の一行には大きな問題が持ち上がっていた。

 昨年の秋には実質的な天下人となり、豊臣を名乗るようになった関白秀吉は、九州諸国に対していくさをしないよう、惣無事令を発布したのである。これによって義昭叔父による策謀は実現がいっそう危ぶまれてしまったのだ。

 義昭叔父の策では、島津への九州太守を餌とした九州統一と、帰洛の計画は表裏一体であり、島津が惣無事令に従ってしまっては露と消える運命にある。今のところ、まだ島津は意気衰えずにいるようだが、将軍、幕府というものは、朝廷からの支持があってこそ権威を備えるのである。将軍職よりも上位にある関白秀吉による惣無事令を、将軍である義昭叔父の命によって破られたのなら、朝敵となるのは義昭叔父である。

 島津が秀吉に折れても、折れなくても、幕府の再興は難しくなったと見るべきだろう。

 田辺寺は、一連の報が流れてから葬式のような雰囲気となってしまった。俺もここにいたり、もはや幕臣として武士としての命脈は尽き果てたと覚悟した。こうなったら、茶碗焼きとして生計を立て、母上様に少しでも良い生活を送っていただけるようにと、日々の務めに精を出していたところなのである。

 そこにきて師匠が危ういというのは、薄情な言い方だが、いかにも生憎な巡り合わせだった。

 さしあたり、少しずつでも窯に火を入れながら、堺への卸ルートを絶やさない方法を考えていたのだが、解決策はまったく予想していなかった形で現れたのである。




 

「いや、まったくお恥ずかしいかぎりで!」


 百谷村でろくろを引いていた俺の前には、昨年の横井出発の日に出会った水野忠則がいた。彼はこの付近で行き倒れていたところを老婆に救われて、食うや食わずの状況から抜け出すために、人手の足りないという窯元を紹介されて訪れたとのこと。


「なぜ、水野どのがそのような」

「実家から奉公構が出ておるのは以前に話したじゃろう?そのせいで、仙石秀久のところに落ち着くこともできず、関白殿下に禄を勧められたが、それも潰え、とうとう路頭に迷いましてな」


 水野家といえば、小牧長久手の戦いでは秀吉の誘いを蹴って家康に味方し、鬼武蔵と謳われる森長可を討ち果たす武のほまれ高い家柄だ。家康とは濃い縁戚関係でもあり、水野家当主、水野忠重の嫡男を名乗るこの男がどこに仕えるかは、秀吉と家康の間で緊張関係が続く現状では、かなりデリケートな問題になっていたのだろう。

 天下人ならば世のあらゆることを意のままに操れそうなものだが、いまだ秀吉は家康を臣従させるに至らず、小牧長久手が終わったあと、あの手この手を打っていて、水野家の奉公構も無闇矢鱈と無視することができなかったに違いない。


「まあ、そのようなわけで、武士として生きていくことも難しく、手前を人夫として雇っていただけませぬか?」


 人手は必要であったし、体力に関しては全幅の信頼が置ける相手なのだが、陶工の師匠が寝込んだ状況で、素人の武士二人が窯を経営することなど可能だろうか。さんざん迷ったあげく、師匠の内君にして、内藤如安の従姪という女人に相談してみると、仕事は万事任せるゆえ、夫が復帰するまでなんとしても窯を守って欲しいという。

 それなら決まったと、水野忠則を雇うことになったが、問題の人物は俺に水野どのなどと呼ばれることを嫌い、


「手前のようなロクデナシは、六左衛門とでも呼んでくだされ」


 と、断固として言い張った。自称六左衛門がこの一年弱に何を見て、何を思ったのかはわからないが、なにがしかの決意のようなものがあるのだろう。こちらとしても、呼び名など本人の希望に沿うばかりである。六左衛門と呼び、遠慮無くこき使うこととして、もはや武士の務めではないが、これもいくさと考え、しんがりをうけもつつもりで力を尽くした。不幸中の幸いであったのが、この六左衛門が武辺一辺倒の人物ではなく、書画骨董を始め、芸事一般に詳しい遊び人、数寄者であったことだ。



お付き合い頂きまして、ありがとうございます。

水野忠則、すでにご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、

のちの水野勝成その人です。


仙石配下時代の讃岐攻め、出奔、行き倒れてから姫谷焼を習うなど、

伝承を下敷きとしつつ、多少時系列はアレなのですが、

ここで主人公と合流させたいと思いました。

本作は、歴史的事実と伝承と作者によるご都合主義で作られております。

フィクションで歴史改変物ですから虚々実々入り混じりますがご了承くださいませ。


っていうか、登場人物の整理とか、読みがなを紹介するための項目が必要でしょうか?

本作を呼んで下さっている方は、歴史ネタを自分で調べたいとか、

もう知っている人ではないかと思い込んでいるため

不親切丸出しなんですけども、あったほうが良いという声があれば作りたいと思います。

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