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10.幕開け


 男は、すでにボロボロになっているベンチの上に腰かけ、つまらなさそうに自らの手の内にある物を眺めていた。


「こんなもんの、どこがいいんだよ…」


 男の手に握られているピンクの物は、ウサギの形をしていた。そう、それは、森林豪理羅が大切にしていた例のストラップだった。


 男の名は、藤沢。藤沢拓也。

 髪を金色に染め、いかにも『不良代表』といったような感じだ。



 倉庫には藤沢のほかに、あと2人いる。

 舎弟、という奴だ。


 その内の1人が藤沢に話しかけた。


「でも、本当に来るんスかね?」


「来るさ……ちゃんと置いてきたんだろう?」


「はいッ!森林の机の上にちゃんと置いてきました」



 何を、かというと、まぁ一種の脅しである。


 『てめぇの大切な物を返してほしくば、旧・卓球部部室庫まで来い』などと書かれた紙を机に置いてきたのである。

 今どきこんな古風な手を使うなんて、少しめずらしい気もするが……



 ともあれ、その森林が美術部の部室で何時間も抜け出せずにいて、バンダゲというケガ人に付き添っている……などということは知る由もないだろう。そして、脅し文句の書かれた紙が風に吹かれて、奇跡的にもゴミ箱の中に入ってしまったという衝撃的な事実も……

















 ばん、という音が鳴り響いた。


 卓球部の部室庫に光がさし、扉が開いたことを知らせる。


 藤沢が、口角をつり上げた。



「やっと来たか……ん?」



 真っ暗な廃倉庫とは対照的に、夕方とはいえ扉の向こう側はまだ明るい。

 そのため逆光になっていたので、藤沢には扉を開けた者の顔がよく見えていなかった。ただ、ここに来るならば森林しかいないと、そう思い込んでいたからだ。


 だが、彼は人影が1つではないことに気がついた。


 仲間を連れてきたのか……

 なるほど、おもしれぇ……!


「何人で来たって無駄だぜ。俺は強いからな」



 言うと同時に立ち上がる。藤沢は喧嘩を売るような目つきで、不敵な笑みをこぼしていた。


 一方、相手の方もそれを合図として部室庫内に踏みこんでくる。


 先頭に立っていた人間を見て、藤沢は顔をしかめた。



「あ……?」



 なんたってその者は、あろうことかりんごジュースをのんびりと飲んでいたのだから。

 その右隣にはきゃしゃな体つきをした女子と、いちばん左には不釣り合いなほどごつごつした体の、女のマネをした男がいた。


 森林は、いない。



「どういうことだよ……?」



 ずずず……と、ジュースが底をついたところで、部長が紙パックを投げ捨てた。


「私らじゃ、文句ある?」





「ぷっ……くく、お前ら、ばっかじゃねぇーの?」


 笑ったのは藤沢ではなく、横についてた舎弟。ばかにしたような軽い感じの声だったが、次の瞬間、急に雰囲気を変えて言い放った。


「そんなか弱い体で、俺たちに勝てるとでも?……なめんじゃねーよ」




「か弱い?あたしのどこが?」


「てめぇに言ってんじゃねぇよ」


 オカマの、ジョークとも取れる言葉にも凄みのある声音で返す舎弟。それなりにケンカはやってきたのだろうと分かる。



 緊迫した空気の中――……


「あのさぁ」


 間延びしたような声が、響き渡る。それは、オカマの背後から聞こえているようだった。たった一言だったが、イントネーションの違いから、それが東京人ではなく関西の人のものだと分かる。きょう子だ。

 彼女はオカマの肩に手を置き、のぞきこむようにして言った。



「カマ子、あんた計画担当ちゃうかったっけ?ウチの仕事、取らんとってくれる?」


「えー?いいじゃないの、仲良くやりましょうよ。あたしだって暇なんだから」



 きょう子は少し不満そうにしていたが、「はいはい」とつぶやいていた。





 部長はまた新しいりんごジュースを飲んでおり、背中に仲間の意思を感じながら幕開けの合図を口にした。




「……じゃ、始めとしますか」



 ただ、『幕開け』というにはいささか短時間で面白くない劇だということが、1つ問題ではあったのだが。


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