永遠に泊まらぬ船影
これは、一葉の船影の物語である。
船は停まる。影は停まらない。水杉は根を下ろす。人は根を下ろせない。故郷は二つある。けれど、そのどちらも、彼を完全には迎え入れなかった。
一人の老人が、一本の木のために他郷に残り、二つの家のために己を削り、それでも名を呼ばれることなく、碑の下に眠る。書記の一時の手違いが、彼の一生を決めた。故郷の人々は彼をよそ者と呼び、異郷の人々は彼を名もなき先生と呼ぶ。彼の名を知る者は彼を嫌悪し、彼の名を知らぬ者は彼を記念する。
それでも、彼は帰る。
子どもが小川のほとりで遊び、木陰と碑が一葉の小舟のように澄んだ水に映るとき、彼は帰る。声もなく、名もなく、ただ影となって、永遠に泊まらぬ船のように、それでも確かに、家に帰る。
これは、そんな物語である。
誰かのために生きた者が、誰にも知られずに死に、それでも最後には、自然と童と清水の中に、そっと抱かれる。そういう物語である。
読む者よ。あなたがもし、どこかで、名を呼ばれないまま漂っているなら、この船影を、あなたのものとして読んでほしい。
一葉の孤舟が、一本のメタセコイアの前に停まっている。老人は、いつしか雪を帯びた髭を撫で、枯れ枝ばかりの木に一笑し、また振り返りて柳を折る。彼は来年には帰ると信じていた……
翌年、そこにはまた一層の緑が生じ、雨の糸も再び降りそそぎ、頑なな灰葉を打ち捨てた。されど今回は草むらに落ちず、ぽつんと立つ一つの碑を覆えり。何も語らず、葉はただ、数年前の彼のように、彼が遺せし悱惻をそっと撫でたり。
数十年前の薄明の朝、彼は家族の反対を押し切りて幻想郷へ来た。数年で帰途に就くつもりだったが、世の栄枯は定まらず。彼はよく独り机に向かいて声を潜めて泣き、川辺をさまよえり。みんなのために、彼は来年には帰ると信じていた……
韶華は煙のごとく、須臾にして散ず。
彼は己が斗室を売り、思えらく、他郷に客として暮らす身、惜しむものなど何もなし……近隣の人々は、彼が一本の木のためにこうなっているのを見、また日頃いつも自分たちを助けてくれているのだから、互いに助け合わねばなるまいと考えたり……左右の隣近所が数十元を出し合い、一艘の小舟を与えてそこに定住させ、魚を捕りて生計を立てしめたり。彼はすぐにその数軒の家の子どもたちを訪ね、その金を目上の者からの小遣いとして彼らに返せり。
一通の手紙が二つの場所へ送られた。一つは家、もう一つもまた家。一方の家の人々は彼を蔑み、よそ者と言えり。もう一方の家では、そこに住む人々が、あの還暦の老人がここで数十年近く働き、ただ一本の木と村の収入のために尽くせしことを、ようやく知れり。
書記のいわゆる一時の手違いが、彼を外地に数十年留めたり。
而して彼は給料の半分を故郷へ送り、己が半分をここに残して公共施設の修繕に充てたり。
夜更けぬ。
人々はまた祖廟へ行き、彼が青年の旅立ちの時に書せし扁額を外し、この勤勉実直なる書記の、村のコンクールの受賞作品に掛け替えたり。
メタセコイアのそばに一軒の家が建てられたり。この名もなき先生を記念するためであり、道行く人の涼むためでもありき。彼の船は人々によりて、村の門前の道標とせられたり。しかし彼の名諱を知る者たちは、彼をこの上なく嫌悪し、記憶より抹消したくてたまらざりき。
長夜、明けんとす。メタセコイアの影は水辺の石碑まで引き伸ばされ、木陰は彼を暑さより守れり。小さな子どもが小川のほとりに来て水遊びをし、木陰と碑が一葉の小舟のように、この上なく澄みわたる小川の中に留まっているを見つけたり。彼はもう家に帰りたればなり。
この物語を書き終えたとき、私はしばらく何も書けなかった。
一本の木を守り続けた老人の話を書いた。だが、書いているうちに、それは木の話ではなくなった。船の話でもなくなった。帰れない人の話になった。帰る場所を二つ持ちながら、どちらからも完全には迎え入れられない人の話になった。
書記は悪意で彼を棄てた。「一時の手違い」という言葉で、人の一生を潰した。悪意は、ときとして最も平たい顔をして人を殺す。私はその冷たさを、静かに書きたかった。
故郷の人々は彼を嫌悪した。彼の存在が、自分たちの負い目を照らすからだ。人は、自分を責める鏡を、記憶から消したがる。祖廟の扁額が掛け替えられる場面は、その象徴である。権力は記憶を書き換える。だが、消されるのは名前だけではない。彼が生きた時間そのものである。
異郷の人々は彼を記念した。しかし「名もなき先生」として。船は道標にされた。善意はあった。だが、善意だけでは、人の名を呼ぶことはできない。
それでも、私は彼を救いたかった。
だから、子どもを登場させた。子どもだけが、樹影と碑を小舟に見た。澄んだ水の中に、彼が留まっているのを見た。子どもは、権力も、戸籍も、宗族も知らない。ただ、見る。そのまなざしだけが、彼を家に帰すことができた。
「彼はもう家に帰ったからだ。」
この一文を書いたとき、私は少し泣いた。解脱と、悔恨と、その両方だった。彼は生きて家に帰れなかった。だが、影になって帰った。それでいいのか、と今でも思う。よくはない。だが、それしかなかった。この世界は、彼にそれしか与えなかった。だからせめて、物語の中でだけは、帰る場所を与えたかった。
これは耽美ではない。恋愛の物語ではない。だが、私がいつも書いているのは、結局同じことかもしれない。——世界に棄てられても、最後にはどこかへ帰る。誰かに見つけられる。名を呼ばれなくても、影として抱かれる。
これは、私が初めて恋愛の外側に置いた物語ではない。これまでも、恋愛の枠の外に立つ物語を、いくつか書いてきた。ただ、この作品は、その中でも最も静かで、最も冷たく、それでいて最も強く「帰ること」に執着した物語かもしれない。
読んでくれて、ありがとう。
もしあなたが、どこかで名を呼ばれずに漂っているなら、この船影を、あなたのものとして読んでほしい。この老人は、あなたかもしれない。この水杉は、あなたの守ってきた何かかもしれない。この子どもは、いつかあなたを見つける誰かかもしれない。
永遠に泊まらぬ船影は、それでも、いつか必ず、どこかに泊まる。
そう信じて、私はこの物語を置いておく。




