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4.『神作画の暴走(オーバードライブ・レンダリング)』

「……原画を描くって、一体どういうことだよ!」


俺の叫びに応えるように、握りしめたスマホの筐体が熱を帯び、液晶の縁から眩いばかりの「黄金の線」が溢れ出してきた。それは単なる光の漏れではない。俺たちの内側にある「こうありたい」という切実な意志を、物理的な線へと変換する究極のスタイラスペン――この国の未来を決定づける「原画」を引くための、神の筆先だった。


見上げれば、空は絶望に染まりつつあった。

 旧政府の残党たちが放つどす黒いノイズが、まるで古いフィルムが焼けるような嫌な音を立てて、世界を侵食していく。ガタガタの解像度、ぶれる輪郭、色の抜けた灰色の空。そこに浮かび上がる「居眠り議員」たちの亡霊は、一様に醜悪な笑みを浮かべていた。


『無駄だ! お前たち名もなき素人に、何が描けるというのだ! この国の背景など、我々が用意した「使い回しの絶望」で十分。彩度など不要、ただ死んだように止まっていればいいのだ!』


ノイズが街に触れるたび、世界のディテールが削ぎ落とされていく。

 俺が毎日、仕事帰りに座って夕暮れを眺めていた公園のベンチ。木のささくれ、長年の使用で磨かれた座面の光沢、夕陽を浴びて温まったその質感が、ノイズに触れた瞬間に中抜きされ、ただの無機質な「灰色の立方体」へと退化してしまった。


「……ふざけんな。あそこは、俺が明日も頑張ろうって、そう思えた場所なんだよ!」


胸の奥で、何かが弾けた。

 俺はバグって消えかかっているベンチの残骸に向かって、手に宿った「黄金のペン」を全力で叩きつけた。

 描き方は知っている。京あに(仮)政権が発足してからのあの日々、俺たちは嫌というほど美しい映像せいじを、目に焼き付けてきた。

 どこに影を落とし、どこに透過光を反射させれば、無機質な物体に「命」が宿るのか。どの角度から線を引けば、そこに物語が生まれるのか。


「……ここだ、届けえええっ!!」


空中に一線を引いた瞬間、指先から爆発的な色彩が奔った。

 俺の引いた拙い線は、スマホに搭載された「京アニ・エンジン」によって瞬時に解析され、ミリ単位の誤差もない「神クオリティの線画」へとクリンナップ(清書)されていく。


ベンチに木の温もりが蘇り、座面には木漏れ日のレンズフレアがキラキラと宿る。

 俺の「想い」が、そのまま世界の「解像度」を物理的に塗り替えていく快感に、俺は震えた。


「……すげえ。俺だけじゃない……みんな、描いてる!」


顔を上げると、そこには奇跡のような光景が広がっていた。

 街中の国民たちが、スマホを空に、壁に、地面にかざし、自分の「大切な居場所」を必死に描き直していたのだ。

 ある者は「通学路のひび割れたアスファルト」に雨上がりの煌めきを。ある者は「ボロボロのバス停」に、切ないほどに透明な夕暮れの質感を。


それは、誰もが「視聴者」であることをやめ、自分の人生という名の物語を司る「メイン作画監督」に覚醒した瞬間だった。


『……バカな……! 納期も予算も無視して、これほどの描き込みを……!? お前たちにそんなリソースがどこにある!』


悲鳴を上げる旧政府のノイズ。国民たちの放つ圧倒的な線の密度、色の重厚さに押し返され、灰色の亡霊たちが霧散していく。

 だが、歓喜の瞬間は、予期せぬ「バグ」によって遮られた。

 全員が「最高の一枚」を追求し、あまりにも細部まで描き込みすぎたせいで、世界の処理速度が限界を迎えたのだ。


「……動きが、重い?」


一秒間に二十四枚。その動画枚数フレームレートの制約を超えた「こだわり」が、世界という名のプログラムを停止フリーズさせていく。

 美しすぎる一瞬に固定され、カクカクと止まり始める日本。


「……描き込みすぎだ! このままじゃ、完成オンエア前に日本が熱暴走でフリーズしちまう!」


俺たちは、自分たちの「熱意」という名の重圧に、飲み込まれようとしていた。

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