3.『魂のクリンナップ(スピリット・トレース)』
新政権発足から一週間。日本は、かつてない「高解像度」な日常に包まれていた。
道端のガードレールの錆ひとつにまで、職人の執念が宿るテクスチャが貼られ、風が吹くたびに街路樹の葉が、計算され尽くした物理演算で美しく舞う。
「……信じられないな。これが、同じ国か?」
俺はコンビニで買ったおにぎりのパッケージを開け、その**「海苔の絶妙な反射」**に思わず息を呑んだ。一口食べれば、脳内で繊細なピアノの劇伴(BGM)が流れ出す。米粒が口の中でほどけるアニメーションが、味覚を超えた感動を網膜に叩きつけてくる。
だが、真の変革は、やはりあの「かつての地獄」で起きていた。
俺は震える手で、スマホの国会中継アプリをタップする。画面に映し出されたのは、殺風景な議場ではなかった。
高い窓からは「午後の柔らかな斜光」が差し込み、空気中を舞う埃がレンズフレアを伴ってキラキラと輝いている。
「……少子化対策。それは、この国の『未来のカット数』を増やす作業です」
壇上に立つ若き女性大臣。彼女の瞳には、希望を象徴するような複雑なハイライトが幾重にも重なっている。彼女がゆっくりと資料をめくる指先の動きには、1コマの妥協もない。
「私たちは、子供たちが歩く通学路の『夕暮れの解像度』を20%引き上げる予算を計上しました。帰り道にふと見上げる空が美しければ、彼らはこの世界を愛し、次の物語を紡ぎたいと願うはずですから」
「……異議なし。だが、背景(環境)だけを整えても意味がない」
対面に座る野党の若手議員が、スッと眼鏡を押し上げる。レンズに一瞬だけ白い光が走り、彼の知性を強調した。
「必要なのは、親たちの『心の透過率(透明度)』を上げることだ。残業という名の『塗りつぶし』を減らし、家族で過ごす時間の彩度を保証せねば、この物語(日本)は完結を迎えられん」
罵声や怒号は、もう聞こえない。
そこにあるのは、この世界という作品を、いかに「神回」にするかという、職人たちの真剣な対話だった。
一秒間に24フレーム。一フレームごとに、国民一人ひとりの幸福を丁寧に「着色」していくような、緻密な政策論議。
だが、俺は気づいてしまった。あまりにも世界が「神回」になりすぎて、誰もがメインキャラとして振る舞い始めた結果――。「ただのゴミ出し」に5分以上のアバンタイトル(導入部)が必要になるという、とんでもなく燃費の悪い、でも最高に美しいカオスが始まろうとしていることに。
「……やりすぎだろ、これじゃ生活が進まねえよ」
苦笑いした俺の視界の端で、不吉なノイズが走った。
美しすぎる空の端から、ドロリとした「黒いインク」のような影が滲み出している。
それは、解像度の低すぎる、ガタガタの線で描かれた……かつての「旧政権の残党」たちの影だった。
「……させない。俺たちの日常(神回)は、もう誰にも汚させない」
俺は、無意識に手元のペンを握りしめていた。
この物語の第4話は、視聴者である俺たちが「原画」を描く番なのかもしれない。




