1.勇者編-4
時間は経過し、次の日の早朝。
アインは、件の冒険者パーティーがやってくると予想される学校の正門付近の茂みで張り込んでいた。
ビリーが言葉を尽くした説得は無駄だったと言える。
(ビリーにはああいったが、喧嘩をふっかけるような真似はしない。退学になったら困る)
が、アインにも常識というものはあった。
唯一の救いである。
(ユニークタイプというものは持っている者と持っていない者で視認できる違いがあるのか。『有名になるほど強くなる』というのはどういった強さになるのか、段階はあるのか。講演でお会いする講堂内では遠い、間近で観察したい)
その救いという名の常識は、アイン本人が独自に作り出しているというあまりにも頼りないものだったが。
あわやビリーが待望する未来の勇者が、入学半年もしない内に迷惑行為で退学、という危機。
その可能性がなくなったのは、アインの耳に異音が飛び込んできてからであった。
「……なんだ?」
学校からほど近い街の喧騒とはまた違う騒がしさ。
太い眉を上げ、様子を伺うべく茂みから顔を出したアインの視界に、すぐに映る異変があった。
学校と街を囲む外壁、その向こう側。
衛兵達が慌ただしく向かうその先に、不自然な土煙が上がっていたのだった。
「これは……!」
学生は許可なく外壁の外へ出てはならない。
にも関わらず、アインが外の状況を知ることができた理由は簡単だった。
外壁として積み上げられていた石が崩れ、大きな穴が空いていたのだ。
「がゃあぁおあがぁ!」
穴の向こう、聞くに堪えない鳴き声を上げる存在があった。
悪魔と同じ皮と骨の翼、岩盤すら容易く噛み砕く強靭な牙。
蜥蜴をむりやり大きく引き伸ばしたような醜悪なその姿は、元傭兵であるがゆえに同級生よりも多少の魔物討伐経験を持つアインでさえ、絵本でしか見たことのないものであった。
それは、多くの者にとって勇者と同じくおとぎ話でしか存在しない魔物。
魔王を除いた魔の頂点、ドラゴン。
「なんで、……なんだって、こんな奴が街に……?!」
唖然と呟くアインだったが、我に変えるのは早かった。
悲鳴が耳に飛び込んできたのだ。
ピントを合わせれば、ドラゴンが大きく開けた口に呑まれようとしている人間が、泣き叫びながら逃げ惑っているところであった。
「あれは!」
咄嗟に駆け寄ろうとし、
「ぐかごゃえあああ!」
汚らしい吠え声と共に、放たれた威嚇が質量を伴った重圧となって襲いかかる。
一拍遅れて、冷や汗が滝のように溢れ出した。
喉に含んだ空気が引きつって声が出ない。
ガンガンと警鐘を鳴らす本能が、足を止めさせる。
痛いほどに告げている。
進めば、死ぬと。
「おい、きみ! 早く逃げるんだ!」
そんなアインを見かねてか、声を掛ける者がいた。
壁を崩して侵入を試みるドラゴンを押し返すべく、攻防戦を繰り広げている内の一人だ。
装備が特徴的だ。
均一化された防具を纏う衛兵ではない。
冒険者だ。
アインは剣を構えるその顔に、見覚えがあった。
「輝けるチャーリー……」
「おや、僕のファンかい? ありがたいね、こんな時でなければハグの一つでも送らせてもらうところだ」
こんな窮地にも関わらず、軽快にウインクを投げるその顔立ちは整っている。
本人が有名になるべく活動していなくとも、女子が放っておかない美貌だ。
しかし今のアインにとって輝ける顔立ちはどうでも良い。
「だが、非常事態だ。加勢に行かなければ……」
「やめておきなさい」
いまだ動こうとしない脚の腿を叩き、無理矢理動こうとするアインの意思を、チャーリーが再び声を掛けて止めた。
先程とはうってかわって、静かに投げかけられるのは真剣な眼差しだ。
「きみ、格好を見るに学生だね? 教官から外出許可はもらっているのかい?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないだろう!」
「言うとも。指示を無視した奴から死んでいくのだから」
アインの脚が止まる。
今度は別の理由で。
「冒険者はパーティーだ。仲間との連携が命綱となる場合も少なくない。リーダーの指示を聞けず、己の力量を過信してレベル違いの敵に突っ込むような奴は、仲間ごと巻き添えにして惨たらしく死ぬ。見てきた僕が断言しよう」
「……」
「パーティーのいないきみにとって、リーダーとは教官だろう。彼はきみに、ドラゴンを見つけ次第突っ込めと指示を出したかい?」
「……いいえ」
心境は氷柱をねじ込まれたようだった。
チャーリーの言っていることは全て正しい。
これまでの学校生活、周りに馴染めず浮いていた己が思い出された。
評価や育ちにかこつけた悪口のせいにして、結局のところは自分が誰とも連携をとれなかっただけなのだ。
『勇者になるのはあなただ』
自分にキラキラとした瞳を向けてくれる、子供の声がかき消されていく。
後に残るのは、冒険者にふさわしくないアイン、という現実のみ。
厳しい指摘が、今なお動けずにいる己の状態が、意志にヒビを入れ、真っ二つに割り砕こうとした。
その時だった。




