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1.勇者編-3

「振り回されるこっちの身にもなってみろよ。いくら占術も使っているとは言え、あんな占いじみた文言にする必要ないだろ……」


頭を抱えながら唸るアインだったが、しばらくしてはたと気づいた。

今、好き勝手に愚痴を吐いている相手は、自分の半分も生きていない幼子だったということに。


「悪い、こんなこと聞かせるつもりじゃ、」

「いいんですよ。アインさんが楽になれるならなによりです」


ゆっくりと首を振り、微笑む姿は幼子らしからぬ落ち着き。

こいつは将来大物になるな、とアインはその様に乾いた笑いを零した。


「つまり、入学当初から変わらない自分の鍛錬方法と、他の方を比べて焦っているということでしょうか」

「まあ、そうなる。難しい言葉を知っているな」

「気にする必要ないと思います」


湧き上がるのはかすかな怒り。

自分が直面している悩みを簡潔にまとめられた上にあっさりと否定に近い感想を述べられ、お前に何がわかると八つ当たりじみた苛立ちだった。

それを表に出すことを控えたのは、ひとえに相手が年端もいかぬ子供であったことが大きい。


「さっき、『他の人達がそんなことしてるの、見たことないですよ』って言ったでしょう」

「悪かったな他に誰もやってない初歩男で」

「ちがいますよ、悪い方にばっかりとらえないでください」


視線の高さが逆転したアインの顔を、ビリーが覗き込む。

上等な絹の服が、陽の光に照らされてきらきらと輝いた。


「基礎練習は、何度も見ました。だけど、それを毎日欠かさず、数万回も繰り返し続ける人は見たことがない」


あなたを除いて、ね。

手を差し伸べるビリーは、服に反射する光と本人の美貌も相まって、まるで人々を魅了する演者のようであった。

差し伸べられた本人であるアインは、自らも舞台に引き込まれたかと錯覚する。


「ここだけの話、僕は期待しているんですよ」


演者は止まらない。

舞台に引っ張り上げられたアインの混乱を強引に押し留め、中途半端に出された手を恭しく受け取った。


「勇者になるのはあなただ、アイン」


息を呑む音すらかき消す青い眼差しが、目の前の子供から注がれる。


「魔王を倒した者に与えられる称号。それにふさわしいのは、この学校の誰でもない。あなただ」


観客はいない。

派手な衣装はなく、汗塗れの練習着に身を包むのは、武骨な落ちこぼれ。

だが、今この瞬間。

ビリーがアインの手を取った半径一メートル、そこは確かに二人だけの舞台であった。


「……直接助けられたから、買いかぶってるだけさ。演習でも勝てたことはないんだ、俺は同級生の誰よりも弱い」

「ふんだ。今のうちにそう言っておけばいいですよ、僕以外にアインさんの強さが知れ渡るまでね」


震える声で言い返せば、拍子抜けなほどあっさりと、取られた手は返される。

すねたように地面を軽く蹴るビリーの、子供らしい仕草を見て、アインはようやく息を吸えた。


「戦闘訓練の内容に困っている、ということであれば、明日の講演に参加してみては?」


話題に出てきた講演、と聞いて、学生用掲示板にて得た情報がアインの記憶から掘り起こされる。

現在も魔物は進軍の勢いを止めていない。

その最前線で戦っている冒険者パーティーの一つが、翌日学校に訪れて話をしてくれるのだという。

プロの経験、それもこの冒険者学校の卒業生だという彼らの話は相応にためになるだろう。


しかし、ここでアインは小さく肩を落とした。


「『現状維持』なんて評価を下されたのは俺だけだろうから参考になるかはわからないし、直接質問するのもちょっと……」


自分に下された評価を、他の生徒も聞いているだろう講堂内で喋るのが恥ずかしい、ということらしい。

なんだその変なプライド、とビリーが呆れた目で見つめてくるのを尻目に、アインは頭をひねる。


「早朝に校門で張って、訪問直後を捕まえたら相談できるだろうか」

「講演しに来てくださる方々の迷惑になりかねないことはお止めくださいね」


下手したら講演中止になって二度と来てくれなくなりますよ。

寄付者の息子として看過できなかったらしい。

さしものビリーも、きゅっと眉間に皺を寄せて苦言を呈した。


「怪しい動きで不審者と判断されたら、今のアインさんなんか一撃でぐしゃ、ですよ!」

「そりゃあ、プロの彼らには敵いっこないだろうが」


勇者になるのはあなただなどと豪語したその口でぐしゃ、などと述べるビリーに複雑な顔をするアインだったが、そうではない、とビリーは言う。


「たぶん、まだアインさんは習ってないのだと思います。『ユニークタイプ』というものがこの世には存在するのですよ」


言われた通り、授業では聞いたことのない単語に、アインは首を傾げる。


「簡単に言ってしまえば、生物学的に定義された人間には備わっていない体質のことです。それも百万人に一人、あるいはそれよりもっと少ない確率で持っている体質のことを言います!」

「アレルギーとかは大勢いるから違うってことか」

「アレルゲンがなにかにもよるかもしれませんけれど。哺乳類アレルギーの人間、とかならユニークタイプといえるかも」


説明を続けるビリーは、ふんすと鼻を鳴らしてどこか得意げだ。

年上のアインに教えることができて嬉しいらしい。


「今回講演にいらっしゃるチャーリーさんは、まさしくそのユニークタイプをお持ちなんですよ。内容はずばり、『有名になるほど強くなる』!」


輝けるチャーリーズアドベンチャラー。

流行にはさほど詳しくないアインも、入学する前からそのパーティー名は聞いたことがあった。

前線で活躍しているだけでなく、積極的に人々の前に顔を見せては己の活躍を声高に主張している、と。

その噂を聞いて、報復とか変なことに巻き込まれるのは怖くないのだろうか、とか、前線で活躍しているからにはさぞや実力者揃いなのだろう、とか、様々な感情がよぎったことを覚えている。

アインの心の大部分を占めたのは、『名前言いづらいし他のメンバーはその名前で良かったのか』というどうでもいいことだったのも覚えている。


しかし、その奇妙にも思える行動も、ユニークタイプによる体質が理由であるならば納得がいく。


「強くなるためにわざわざ目立つようなことをしているのか」

「もちろんこれはチャーリーさんの場合です。他の方はユニークタイプを持っていても切り札として秘匿していることが多いですね」


そして件のパーティーメンバーは、なんと全員がユニークタイプ持ちなのだという。


「誰がどんな体質なのかはさすがに教えてもらえませんでしたけれど」

「なるほど」


あのチャーリーズアドベンチャラーの。

と、言いかけて、アインは止めた。

話題の渦中にいる名前なのに、口に出すと雰囲気が面白くなってしまいそうだったので。


「とにかく、そんなユニークタイプを持ったお強い方たちに怪しまれるような行動は控えてくださいね?」

「…………つまり、彼らと戦ったら必然的にユニークタイプの真髄を体験できる、と」

「絶対に止めてくださいね?!」


アインさんが同級生に敬遠されてるの、そういうところですよ!

叫ぶ幼子へ反論する内、いつの間にやら同級生に敬遠されている原因と思われる『アインは汗臭いか否か』などという話題に転がっていく。

演習をサボった昼下がりは、こうして不毛な終わり方を遂げたのだった。



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